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  7-(1) 地蔵まつり前日

夏休みもあと残り1週間ほど、という日。マリ子たちは俊雄の家の庭で、〈人質ごっこ〉にむちゅうになっていた。

その日はちょうど、俊雄のじいちゃんがのき下の1畳台にすわって、朝からカンピョウをむき続けていた。台の下には、大きなスイカほどもあるカンピョウが20個ばかり転がしてあった。

じいちゃんの足元のたらいの中には、長くつながった真っ白なカンピョウが、みるみる山になっていく。たまると、ばあちゃんが物干し場に運んで、切らないように気をつけながら、さおにかけて干していた。

こんな時、カンピョウの〈へた〉を、遊びに利用しない手はない。茎を足の親指と次の指ではさんで、げたのようにはいて、ペタペタ音入りの、よち よち歩きで敵を追いかけ、ほりょにするのだ。

途中で茎が足指からはずれたり、すべったり転んだり、くつよりやっかいな分、大騒ぎが楽しめる。

マリ子たちは、1畳台のすみに〈へた〉が捨てられるたび、うばいあって足にはいた。

「良ちゃん、つかめぇたっ」

マリ子が叫んで、良二にタッチしたとたん、ヘタの茎がプツッと切れた。 マリ子はつんのめって、良二にかぶさるように、2人でたおれてしまった。

「ひゃあ、ごめーん」
「いてぇ」
良二は土の上に、つぶれていた。マリ子ははねおきると、良二をひっぱり 起こした。

「おれ、帰る」
良二はいつになく弱々しい声で言うと、半ズボンの土もはらわず、背中を むけた。

「ずるいが、ほりょが逃げるん?」

マリ子がつかまえようとしたら、良二は腹をおさえて、はだしのまま家の方へかけて行った。わたしのせい? と、マリ子は気がとがめた。

「腹くだしとんじゃろか、良のやつ?」

マリ子につかまって、松の木につながれていたほりょの俊雄が、そう言って笑った。

「あした、地蔵さんのお接待の当番は、良二のばあちゃんだで。でぇじょうぶかのう」

しげるが納屋の柱の陣地から、そういいながら、ヘタに乗ってよちよちと 出てきた。すると、良二と同じ2年生の和也が、俊雄とつないでいた手を はなして、すっとんきょうな声を上げた。

「ああっ、チョコレートで腹いたになっとんじゃ! 良ちゃん、さっきそう言うとったで」
「チョコレート?」
「良二が食うた、て言うたんか?」

しげるが念を押すと、和也はうなずいた。

「うそばぁ言うてら!」

みんないっせいに叫んで、へたをぬぎちらして、和也をかこんだ。

「こげんでっけぇチョコレートを、いっぺんにぜんぶ食うた、て」

和也は両手でノートくらいの大きさをしてみせた。みんないっしゅん息を のんだ。つぎのしゅうかん、わっと笑い出した。

「あほう、うそに決まっとろうが」

しげるが和也の頭をはたいた。
「わしじゃって信じられんけん、今まで、だれにも言わなんだんじゃ」
和也は口をとがらせた。

「和ちゃんは、良ちゃんの夢をきかされたんじゃ」
そう言ったマリ子の頭には、良二の家の、土間にすわった良二のばあちゃんの姿が浮かんでいた。近所中の農家に頼まれて、わらでむしろを編み続け、暮らしを支えているばあちゃん。ひと間きりのうすぐらい家に住んでいる 良二とばあちゃんだ。大きなチョコレートはだれより似合わない品だった。

「じゃけど、おれもそげんでっけぇチョコレートを、いっぺんでええ、食うてみてぇ」
俊雄が体をよじるようにして、叫んだ。そのとたん、たらいを抱えた俊雄のばあちゃんにぶつかってしまった。

「なに寝ごと言うとんなら。ああ、じゃまじゃ、じゃまじゃ! 俊雄、みんなつれて川なと山なと、どっか行って遊んでけえ!」

俊雄のばあちゃんのかんしゃく玉が破裂した。こういう時は、逃げ出すしかない。

「泳ぎにいかんか」
しげるが汗びっしょりの頭をかきむしって叫んだ。

「行こう、行こう」

俊雄が腕をふると、みんなあっさりとはだしのまま、庭を飛び出そうと  した。ばあちゃんはすかさずどなった。
「へたをあっちゃこっちゃぬぎすてにすんな。牛に食わせるけん、そこへ 集めとけっ」

みんなあわてて、ぬぎちらしたどろつきのへたを、井戸の近くに山にした。それから、納屋のひさしの下に置いてあった、自分のはきものを抱えて、川へむかった。

ばあちゃんのかんしゃくのおそろしさは、みんなよく知っていた。井戸水をぶっかけられるか、さおをつきつけられるか、ろくなことはないに決まっている。

       (画像は、蘭紗理かざり作)  

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