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新卒有利? 新卒・中途の内定成立時期の違いを弁護士が解説

内定取り消しが社会問題となって久しいですが、内定取消しが許されるかどうかが裁判所で争われた場合、裁判所は、新卒の場合と中途の場合で、異なる基準を用いている(と思われる)ことはご存じですか?本記事では、新卒と中途の違いについて解説します。
 
1 採用内定の種類について
まず、一口に「採用内定」といっても、実は、(ア)労働契約が既に成立しており、取消には解雇類似の要件が必要になるものと、(イ)労働契約は成立しておらず、使用者による取消が想定されているものがあります。
 
2 両者の区別について
両者の区別は、最高裁判所の判例によると、使用者側が採用内定通知を出す際に、採用内定の後に、正式採用の連絡等の「特段の意思表示」を予定していないような場合は(ア)に当たるとされます。より具体的には、入社日の日付が入っている使用者からの採用内定通知、内定者からの入社承諾書、内定者による使用者開催の研修の参加といったような事象があれば、(ア)に当たると判断されることが多いという指摘があります(あくまで諸事情の総合考慮なので、上記事情があれば必ず(ア)に当たるというわけではありません)。
 
3 契約が成立したかどうかについての裁判所の思考方法
ここで、いったん内定取消しを離れて、裁判所が、当事者間で契約が成立したかどうかが争われる場面(典型例は、正式な契約書が作成されていない場合)で、どのように判断するかを見てみましょう。こうした場合、裁判所は、契約の重要部分・本質的な部分についての合意の成立を必要とします。契約の重要部分・本質的な部分について合意が成立したといえなければ、契約は不成立と判断される一方で、重要部分・本質的な部分について合意が成立していれば、細部にわたって完全に合致している必要はなく、若干のずれや補充を必要とする空白部分残されていても、契約は成立したと判断されるということです。
 
(なお、どういった事項が「重要部分」「本質的な部分」に当たるかについては、明確な基準があるわけではありません。この点は民法改正時にも議論されており、「契約の成立は、申込みとその申込みの内容どおりの契約を成立させる意思表示である承諾の合致のみによって実現すると考えられているのであるから、申込みにおいて契約の主要な内容が確定していることが必要であると考えられる。しかし、契約の内容のうちどのような事項が確定していれば申込みであるといえるかの具体的な基準については、特に非典型契約をも視野に入れてみると、必ずしも確立した考え方があるとは言えず、明確な規律を定立することが困難である。」とされています(民法(債権関係)部会資料67A 44頁)。この点は、契約の成否が問題となる場合のほか、投資詐欺事件などの解決に当たっても極めて重要なポイントです)
 
そうすると、労働契約の場合には、内定が成立したといえるためには、①どういった仕事をするのか、②どこで働くのか、③賃金はいくらなのか、④労働日・休日はいつなのか、⑤雇用期間はいつからいつまでなのか等の点が定まっていることが必要になりそうですね!
 
4 中途の場合について
では、労働契約に話を戻して、まずは中途の場合についてみてみましょう。
⑴ 東京地裁平成5年6月11日
東京地裁平成5年6月11日(平3(ワ)5344号 ・ 平元(ワ)14123号 ・ 平2(ワ)6490号)では、2つの団体の間で、ある従業員を移籍させることとなり、当該従業員も移籍承諾書に署名したものの、移籍先と当該従業員の間で移籍後の雇用条件等が折り合わない間に、移籍先から採用拒否の通知を受けたという事案です。
裁判所は、「原告及び被告■(※当事者名は伏せています)は、原告が被告■に雇用される意思を有し、被告■が原告を雇用する意思がある点で、相互に一致していたことは明らかであるが、被告■との雇用関係が成立したというためにはそれだけでは足りず、特段の事情のない限り、就労の場所、就労の態様、賃金等の雇用契約の重要な要素について確定的な合意がされることが不可欠であるというべきである。ところが、前記二で認定した事実によれば、原告は、平成元年八月二八日、被告■が移籍人事契約書及び給与辞令書でもって正式に提示した配属先、賃金、年次有給休暇等の雇用条件を受け入れず、移籍人事契約書への署名もしなかったところ、移籍後の雇用条件がほとんど何も決定されないうちに、平成元年九月一日、被告■から採用を拒否されたというのであるから、被告■との雇用関係が成立したと認めるのは困難というほかなく」と判示し、労働契約は成立していないと判断しました。
 
控訴審である東京高裁平成6年3月16日(平5(ネ)2495号 ・ 平5(ネ)2511号)も、「控訴人は、参加●(※当事者名は伏せています)から被控訴人■への移籍を基本的に受け入れ、被控訴人■と雇用契約を締結する方向で話し合いを進めていたものの、それはあくまで、控訴人の考えていたとおりの雇用条件が満たされるということが前提となっていたものであり、そのことは被控訴人■側にも示されていたこと、しかし、本件では、それらの条件が結局折り合うに至らず、控訴人は、被控訴人■が提示した移籍人事契約書への署名押印もしないまま、同年九月一日、被控訴人■から採用を拒否する旨の通知を受けたのであるから、控訴人と被控訴人■との間に雇用契約が成立したと認めることができないことは明らかである。」と判示し、雇用条件が定まっていない以上、契約は成立していないと判断しました。
 
控訴審では一般論が書かれていませんが、一審の東京地裁では、上記3記載のとおり、重要なポイントが定まっていない限り、契約は成立しないとの考え方が明示されていますね! 
 
⑵ 最高裁昭和61年11月6日
最高裁昭和61年11月6日判決(労判491号104頁)は、労働組合とバス会社の間で、労働条件が折り合えば原告を嘱託雇用することと、賃金体系までは決まっていたものの、その他の条件が決まらなかったという事案です。
控訴審である東京高裁昭和61年4月24日は、「バス労組と被控訴会社との間において、労働条件さえ折り合えば○○を嘱託雇用すること、本件協定でいう賃金体系のうち勤続7年の乗務員給とすることがひとまず合意されたものの、その余の賃金体系である時間保障給、一時金、及び重要な労働条件となる担当車輌,行き先についてはいまだ合意に達していなかったから、結局○○の嘱託雇用契約はその要素の合意を欠き形式的にも実質的にも成立していなかった」と判示し、労働契約においては、賃金体系のみならず、時間保障給・一時金・担当車両・行先などの点も「重要部分」「本質的な部分」に当たるという理解を前提に、これらの点について定まっていない以上、契約は成立していないと判断しました。最高裁も、この判断を是認し、労働契約の成立を否定しました。
 
控訴審では、⑴の東京地裁のような一般論は書かれていませんが、本件で問題となった労働契約における重要なポイントはどこなのかを探求し、それらの点について合意が成立していなかったことを理由に契約の成立を否定していますので、やはり、上記3記載の考え方を前提に判断しているといえそうです!
 
⑶ 大阪地裁平成17年9月9日
大阪地裁平成17年9月9日(平16(ワ)7553号)は、原告が当時の原告の勤務先と取引関係にあった会社の社長と懇意になり、社長から会社再建への協力を頼まれたため、同社へ転職することを決め、当時の勤務先に対して退職する旨を伝えたものの、転職後の待遇について決まらない状態が続き、その後、双方が希望賃金額を明らかにしたところ、大きな差があったことから、採用されなかったという事案です。

裁判所は、
「企業が新卒者を採用する場合と異なり(新卒者の採用の場合は,就業規則等で給与などの条件が定められていることが通常である。),被告が,原告を採用する場合において,給与の額をいくらにするかは,雇用契約におけるもっとも重要な要素ということができ,本件において,給与についての合意がなされずにいた時点では,原告の雇用契約について合意が成立したとはいえない。」として、労働契約は成立していないと判断しました。
 
この判決は、労働契約においては、賃金額が「重要部分」「本質的な部分」に当たるという理解を前提に、この点について定まっていない以上、契約は成立していないと判断していますので、上記3記載の考え方を前提に判断しているといえそうです。
また、この判決は、中途の場合には新卒者の場合と基準が異なることを判示している点でも注目すべきと考えます。
 
⑷ 東京高裁令和4年7月14日
東京高裁令和4年7月14日(令4(ラ)1212号)は、原告が企業の求人募集に応募して採用内定通知書の交付を受けたものの、給与額については定まっておらず、その後、原告が、労働契約上の地位確認と給与の支払いを求めた事案です。

裁判所は、「抗告人と相手方の間では、労働契約の締結に向けた交渉の過程で、賃金の額について合意できず、結局抗告人が就労するに至らなかったのであって、本件全資料によっても、『労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと』(労働契約法6条)に ついての合意があったとは認められない」として、労働契約の成立を否定しました。

この判決も、労働契約においては、賃金額が「重要部分」「本質的な部分」に当たるという理解を前提に、この点について定まっていない以上、契約は成立していないと判断していますので、上記3記載の考え方を前提に判断しているといえそうです。
 
5 新卒の場合について
お待たせしました、それでは、新卒の場合を見てみましょう!
 
⑴ 最高裁昭和54年7月20日
最高裁昭和54年7月20日(昭52(オ)94号)(オワハラ記事のQ5で紹介した裁判例です)は、大学卒業予定者が、企業の求人募集に応募し、その入社試験に合格して採用内定の通知を受け、企業からの求めに応じて、大学卒業のうえは間違いなく入社する旨及び一定の取消事由があるときは採用内定を取り消されても異存がない旨を記載した誓約書を提出していたものの、企業から内定取り消し通知を受けたという事案です。
 
原審は、採用内定通知によって労働契約が成立するとしており、これに対して企業は上告理由で、「採用内定の段階においては、被上告人が上告人会社において有する地位、受ける給与、勤務時間、勤務場所等、労働契約の内容である労働条件は、なんら明らかにされておらず、労働条件について当事者間に合意が成立したと認めるべき事実はない。」と主張していました。これまで見たとおり、この上告理由は、契約成立の一般的な考え方に整合するものであるとともに、裁判所も、労働契約のうちで中途の場合にはこうした考え方をしていますので、理屈のうえでは、この上告理由は正当なものと思われます。
 
しかし、最高裁は、「本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたことを考慮するとき、上告人からの募集(申込みの誘引)に対し、被上告人が応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する上告人からの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であつて、被上告人の本件誓約書の提出とあいまつて、これにより、被上告人と上告人との間に、被上告人の就労の始期を昭和四四年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の五項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当」と判示し、原告と企業との間に労働契約が成立していると判断しました。
 
ここでは、「契約における重要部分・本質的な部分について合意が成立したか?」ということについては全く議論されず、「内定通知以降に何らかの手続が予定されていたか?」という新たな問題設定がされています。
 
⑵ 東京地裁平成17年1月28日
東京地裁平成17年1月28日(平15(ワ)21892号)は、当時、大学院生であった原告が、企業から、入社時期の記載された内定通知を受け、原告が企業に対して誓約書を交付していたものの、原告に対して就業規則等が示されたことはなく、その後、入社直前に内定取消しが行われた事案です。
 
この事案では、当事者双方とも、内定通知によって労働契約が成立していることは争わなかったため、裁判所も、上記の程度の事情で労働契約が成立していることを前提に、取り消すことが許されるかのみを判断しています(結論としては、取消しをみとめませんでした)。
 
判決文に記載された事情を前提とすると、この事案では、①どういった仕事をするのか、②どこで働くのか、③賃金はいくらなのか、④労働日・休日はいつなのか、⑤雇用期間はいつからいつまでなのか等の点が明らかにされていなかったと考えられますが、それにもかかわらず、労働契約が成立していることについては争われていない理由は、当事者双方とも、上記⑴の最高裁判決を受けて、新卒の場合には「重要部分・本質的な部分について合意が成立したか?」ではなく、「内定通知以降に何らかの手続が予定されていたか?」で判断される、ということについて共通の認識を形成していたからではないかと思われます。
 
6 まとめ
裁判所は、契約が成立するかどうかを判断する際、原則として、「重要部分」・「本質的な部分」について合意が成立したか?ということを基準にしてきました。そのため、労働契約についても、理屈のうえでは、最高裁昭和54年7月20日の上告理由が正当と思います。
 
それにもかかわらず、裁判所が新卒の場合に限って基準を変えている(ように見受けられる)理由は何でしょうか?
 
私は、①学生にとって、新卒ブランドが失われてしまうことによるダメージが非常に大きいことと、②新卒の場合には就業規則等によって契約内容を補充し得ることにあると考えています。
 
①については、現在でも日本の就職活動では新卒ブランドが重視されているようですので、企業の内定取り消しによってこれが失われてしまうことは、学生にとって深刻な問題になり得ることが考慮されているのではないかと思います。
 
②については、就業規則も契約内容となり得るところ、中途の場合と異なり、新卒の場合は、基本的には一括採用であり、給与等の条件について、個別に細かく決めるのではなく、就業規則等で決まることの方が多いということが考慮されているのではないかと思います。
 
上記の大阪地裁平成17年9月9日(平16(ワ)7553号)は、「企業が新卒者を採用する場合と異なり(新卒者の採用の場合は,就業規則等で給与などの条件が定められていることが通常である。),・・・」と判示しており、この点を明示しています。
 
これらの理由から、裁判所は、新卒の内定取り消しの場面に限っては、伝統的な契約成立理論を離れ、「それ以降の手続が予定されていたのか?」という新たな問題設定をすることによって、学生を保護しようとしているのではないかと考えています。
 
こうした裁判所の努力(?)もあって、採用内定が出された後については、一定の解決がなされたと言えますが、採用内定が出される前については、解決されていません。そこで新たに出てきたのが、「オワハラ」という問題だと考えています。これについては、「オワハラ」についての記事をご覧ください!

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