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アビスパ福岡の監督人事報道に触れ感じたこと
アビスパ福岡の監督人事に関する最初の報道があった11月からの此の一ヶ月間、私はぼんやりとした不安を感じ続けていました。
一連の報道に関して、これまで私が誰かと話したのはただの一度。先週末、各々のクラブを応援するサポーター二人と私との三者三様の三人で、食事をした時でした。その席ではアビスパ福岡の件は話題に上がらず(三人とも上げず?)、帰り際の東京都内の某駅改札前で、少し酔った勢いもあったのでしょうか、誰からともなく口にし、ほんの数分間、意見を交わしたその時だけです。
その際に私たち三人が言葉にしたのは、監督人事そのものの是非やJリーグ全体に与える影響といった大それたものではなく、アビスパ福岡のファン・サポーターの方々とクラブで働くスタッフの方々が置かれている状況や心境について。届くわけはないのですが、アビスパ福岡に関わる方々のことを慮っただけで程なくその会話は終了し、三々五々それぞれ帰宅の途についたのでした。
その後にも先にも、私は本件について誰かとコミュニケーションを図ったことはありません。と言いますか、できたことがありません。グラサポ仲間との日々のチャットやDMにおいて本件が話題に上がったことはなく、深層心理において誰しもがこの話題を避けていたようにも感じます。(シンプルにそうした話をできる仲間が私には居ないとも言えますが…。)
そして、昨日(2024/12/13)に、アビスパ福岡の監督人事が正式にリリースされました。その報を目にした時、ぼんやりとした不安が現実として私の目の前に現れた時の、その衝撃といったら…。もちろん、アビスパ福岡に関わる方々と比べられるものではありませんが、上手く言葉に表現できません。
芥川龍之介が「ぼんやりとした不安」を抱えたまま1927年に自らの生涯を閉じた後、日本国が国際連盟を脱退し国際的に孤立していった際に、当時の日本人が抱えていた心情は、今正に私が抱えている心情と同じなのではないか、と感じてしまっています。恐らく、自分で処理できる範疇を超えるような、やるせなさに支配されてしまっていたのではないかと。
その昨日の衝撃が癒えないまま、少し気怠い起床となった今朝、Xのタイムラインにアビスパ福岡サポーターの方のポストが流れてきました。
Jリーグ界隈、他サポはうちの問題に口を出すなみたいな謎の聖域があるけど別にJリーグのファンとして他チームのことに見解を述べたりすることに全く問題はないと思うし、むしろ第三者の意見も聞いてみたいと思うからネガティブな意見だったとしても全然何も思わないけどな。この文化は何なんだろう
— 滋賀サポ ∞ (@shigaspa) December 13, 2024
ちなみに他サポがうちの問題に口を出すなと言う人のことは全く分からないが、他サポなので意見は控えとこうと思う人のことは分かる
— 滋賀サポ ∞ (@shigaspa) December 13, 2024
滋賀サポ ∞さんのこのポストの言葉が、心のヒダが重なるように感じたのは、私だけではないのではないでしょうか。
私は、誰かが辛い時、自分に何ができるか模索しながらも、それでも様々なことを鑑み何もしなかった、あるいはできなかった、ということがこれまで何度もあります。それで良かった時もありますし、後悔したこともあります。
今回、アビスパ福岡に関わる全ての方々の心情を察するには余りがあります。そして何より私は、他クラブの事象には口を出さないというJリーグ界隈の不文律に沿って、この一年間SNSやnoteで発信してきました。
しかし今、先述の芥川龍之介の時代の人たちが置かれた状況が私だけでなく、アビスパ福岡のファン・サポーターの皆さんが居られる状況とも重なるように感じてしまい仕方がありません。芥川の時代の人々は、何かを感じ、何かしたいと思っても、意見を言う、何かを起こすといった現代におけるSNSのような術を持たずに、「一種の超能力」(山本七平『「空気」の研究』)のような、得体のしれない空気感の中にいたのではないかと思います。そして、アビスパ福岡の皆さんも今正に、何も言うことができないまま何かがが進んでしまう得体のしれない “何か” に侵食されてしまっているのではないかと。
アビスパ福岡の皆さんに一介の他クラブのサポーターが何かをできるとは露ほどにも考えておりませんが、今の状況下において1秒でもザワつきを忘れられるような時間潰しになるのでしたらと思い、この文章を書きました。よろしければ、最後までお付き合いくださいますと嬉しく思います。
今回の監督人事について、昨晩(2024/12/13)一つの文章が公開されました。
事象の経緯やその是非、各ステークホルダーが置かれている状況について、“Jリーグについて一つのクラブに偏重せず全般を見る” ことを標榜されている中坊さんによるnoteです。中坊さんらしく、Jリーグ愛に満ち満ちた文章でした。
読んでいる中で、私の頭の中がどんどん整理されて行きましたが、その最中にどうしても思いを馳せずにいられなかったのが、やはりアビスパ福岡の業務に従事するクラブスタッフの皆さんについてでした。今、この状況をどのようにして過ごされているのだろうかと。
私事で恐縮ですが、2015年9月から2023年12月まで、名古屋グランパスでクラブスタッフとして業務に従事していました。その中で、翌シーズンからJ2降格が決まった2016シーズンオフのことは、今でも心身が支配されてしまうようなことが時々あるくらい、決して忘れられるものではありません。
グランパスのファン・サポーターの皆さんから叱咤激励のお言葉を頂き、虚実が混じった報道が連日続く中で約2ヶ月間、2017シーズンへ向けた準備をしたオフシーズンでした。
お電話ではそれまでの人生で一度も言われたことのない言葉をファン・サポーターの方々から頂き、後にも先にも一度も取材を受けたことのない週刊誌に憶測の記事が掲載され、広報としてSNSや各種掲示板などあらゆるプラットフォームへの投稿をチェックすることで思考や意見が凝り固まらないように努め、20名以上の選手・チームスタッフが入れ替わる編成などの各種リリースを日々発信しながら、新体制発表会や春季キャンプなどの準備をする…、そんな2ヶ月間でした。
何も、自分がそれだけ大変だったと言いたいわけではありません。当時の同僚も同じような状況でしたし、あらゆる組織で勤められている方、お仕事をされている方が、似たようなご経験を往々としてされているものであるのだと思います。
Netflixで配信されている『今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる』という行き過ぎた現代のマーケティング手法を批評的に描いたドキュメンタリーに、元Apple社員と元Adidas役員の二人が、それぞれの組織を離れた後に発した悔恨の言葉が登場します。
“会社を守らなければ”という声が“これでいいのか?”という小さな声に勝つ(元Apple社員)
問題を見過ごせなくなった。でも葛藤の中で良心をごまかすしかなかった(元Adidas役員)
2016年当時、私は決して悪いことをしていたわけではないのですが、あの時の未曾有の状況にあった時の自分の姿を、どうしてもこの元Apple社員や元Adidas役員と重ねてしまい、同時にアビスパ福岡のクラブスタッフの皆さんへと思いを馳せてしまうのです。
実は今年の夏にも、似た経験をしました。同じくNetflixで配信された『地面師たち』を観た後に、この作品のオマージュとなった住宅メーカーによる事後レポートを読んだ時です。
何でこんなことが起きたのか、その時に誰も何も考えなかったのか、なぜ気付かなかったのか、なぜ見過ごしたのか、なぜ途中で止められなかったのか、なぜ進言しなかったのか、なぜ行動に移さなかったのか……。
もちろん、先ずはレポートに起きることとなる最初の原因が記載されているのですが、それ以降は、何故、何故、何故、何故、のオンパレードです。
私はこのレポートを読んでいる最中、冷や汗が止まりませんでした。書かれている事象のような渦中に巻き込まれたことが、幾度となくクラブでの8年半において有ったからです。
私の能力不足を棚に上げさせていただくと、組織において一人の人間ができることは限られたものであります。その場合、如何に周囲を巻き込めるかが、私のような人間には必要になってくるのです。
しかし、その頼るべき同僚や各関係会社や仲間も、逃れられない渦の中に巻き込まれ、そういった信頼できるパートナー全員が思考停止に陥ってしまったら…。
そのような前述の『空気の研究』に登場する “一種の超能力” のような得体のしれない空気の中にいた同僚や私にできたことは、どうにか止まり木に手をかけ、心を無にし、目の前の業務を一つひとつ、淡々と、片付けることだけでした。
ひょっとしたら今のアビスパ福岡のクラブスタッフの方も、同じような状況に在られるのではと、重ね重ねどうしても推察してしまうのです。
そして今年から名古屋グランパスのサポーターとなった私は、アビスパ福岡のファン・サポーターの皆さんのことを考えると、心が押し潰されそうになってしまうのです。
誰でもいいので何か言ってくれ。
先述の滋賀サポ∞さんのポストに、そのような心の叫びを読み取ってしまいました。
ですので、今回の事象に対し、何かフィジカルな貢献ができるわけでは1ミリも無いことは頭の中で理解をしつつ、このような文章を書いてしまいました。
試練のときは、日常が、当たり前にできていることがいかにありがたいことかを知らされるときでもあります。日常の悩みも、日常が当たり前にあるという前提の中で顕在化しているだけなのです。
第6章「試練のとき」をなんとかする、P161
当たり前の日常という有り難さが突然消えて無くなってしまう悲しみについては、ここで記すまでもないかと思います。
昨日は、ぼんやりとした不安に、監督人事リリースという一応の結果が出た一日となりました。と同時に、Jリーグの2025シーズン年間スケジュールが発表された日でもあるのです。
そういった中で、アビスパ福岡も、Jリーグも、それを支えるファン・サポーターである私たちも、有難いことに今日という日常を迎えられていることに、Jリーグのサポーターとして喜びを感じています。
この文章が、他クラブにこんなことを感じている人間もいるんだと少しでも暇つぶしになったのでしたら、願わくば新たな日常へ向けて1ミリでも前に進むきっかけになるのでしたら、それに勝る喜びはありません。
そして、冒頭に登場する三者三様の三人ように、SNSや各種掲示板、リアルの場での言葉や直接的なコミュニケーションはなくとも、アビスパ福岡の皆さんのことを想っている、たくさんの他クラブのサポーターやJリーグファンといったサイレントマジョリティがいることが、何とか伝われば良いなと思います。
私もJリーグが過去にリリースしてくれた動画を見返しながら、2025シーズンの開幕へ向けて、ぼんやりとした不安を少しずつ解消していこうと思います。
Jリーグが在るという日常に感謝しながら、この文章を終わらせていただければと思います。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。