ポジティブスパイラルはネガティブスパイラルを凌駕する
週末に川上未映子さんの『黄色い家』を読み終え、他の方の感想をXで眺めていた時に、川上さんが哲学者の永井均さんと対談されていることを知りました。
直ぐにその『道徳は復讐である』を某オンラインショッピングサイトで調べましたが、残念ながら絶版のようでした。
加えて、定価「590円(税抜)」のところ、在庫のある2冊は「3,980円」と「9,658円」とプレミア化しており、別の某フリマサイトでは出品中のものはありませんでした。ですので、県内の図書館サービスで検索しましたら、名古屋市瑞穂区の「瑞穂図書館」に所蔵されていることが分かりました。
私は過去のnoteで記したように、2015年から2023年まで名古屋グランパスで業務に従事しておりまして、5年半近くパロマ瑞穂スタジアム(2026年アジア競技大会まで改修中)に何百回と足を運んでいたのですが、すぐそばにある瑞穂図書館へは訪れたことは一度もありませんでした。
昨日の月曜日は休館日だったため、お目当ての本を借りようと初めて本日(2024/9/3)訪れたところ、瑞穂区が毎月刊行している『瑞穂通商店街 GRANPUS 通信』の閲覧コーナーが直ぐに目に飛び込んで来ました。
この『瑞穂通商店街 GRANPUS 通信』は丁寧な編集方針が故に、昨今のご時世には珍しい時の流れの中に在る新聞(そして、刊行前にクラブへご丁寧に校正を送ってくださっていました)で、そのクラブへの優しい眼差しも相まって、長年私の心の支えになっているメディアです。
パラパラ眺めていると、館内の奥にも名古屋グランパスのエンブレムが掲げられているので歩を進めると、そこはグランパス関連の書籍がまとめられているコーナーでした。そして、その陳列されている書籍の中に、数年ぶりに目にする表紙があるのに気付きました。
その本を久しぶりに手に取ってみると、112ページのムックとは思えない程ずっしりとしていて、それはこの本の主人公が重ねて来た人生の重みであるように感じられ、またこの本に携わらせていただいた私のかけがえのない記憶の重みであるようにも感じられました。
その本が生まれた経緯を、今少し頂いているお酒と下記ポストの力を借りて、ここ数日感じていること併せ、こちらで綴らせていただければと思います。
そのような徒然なる文章ではございますが、最後までお読みくださいますと嬉しく思います。
楢﨑 正剛、現役引退 - どこか避けていた決断の報と、想定外の申し出。
苦しかった2018シーズンが終わり、そのまま慌ただしくオフシーズンを過ごし、翌2019シーズンを迎える間の2019年1月8日に、名古屋グランパスは一つの大きなプレスリリースを配信しました。
リリース前後の時間軸が分かってしまうので、この時期の具体的な業務は記せませんが、リリース前から多岐に渡る準備と、リリース後は多くの取材要請、年間予定の策定、ホーム開幕時のイベント立案等を、オフシーズン業務と並行して行なっていました。
特にリリース直後は、個人的な楢さんへの想いを脇に置き、前述の業務を滞りなく遂行するために、そして冷静な精神状態と立場を維持するために、無機質的に業務へ向き合っていました。それでも零れ落ちてしまう想いは、一度ファン・サポーターの皆さんの想いが込められたデジタル上の言葉と攪拌し、発信の中に紛れ込ませていただいておりました。
先ずはクラブで立案し、楢さんサイド(所属事務所)から了承を受けた企画や業務を全うしようと考え動いていた2019年1月中頃、当時『月刊グラン』編集部に所属されていた佐藤芳雄さんから、「楢さんの引退へ餞(はなむけ)となる本を出したい」という申し出がありました。
しかしその後、気になる一語が加えられたのでした。
「クラウドファンディングという形で。」
楢さんプロジェクトの立案 - 想いを詰め込んだはずの初めての試み。
「クラウドファンディング」という言葉を聞いた時、「本を出したい」という言葉を佐藤さんから聞いた瞬間の、私の昂ぶりが一瞬萎えたことを覚えています。それくらい、私はクラウドファンディングに馴染みがなく、無知であり、その難しさだけが印象にあったのでした。
当時はコロナ禍前の2019年。今でこそ、クラウドファンディングという手法は、数々の素晴らしいプロジェクトの実行への手引きになることが世の中に浸透していると思いますが、その時は楢さんに関するイベントをファン・サポーターの皆さんにお伝えすることを未だ未だできておりませんでしたので、そんなに直ぐに皆さんのお財布の中から大事なお金を出資いただくイメージが全く湧きませんでした。
それでも、中日新聞社が2015年に始められていたクラウドファインディングプラットフォーム「夢チューブ」を活用することで諸々のコストを最小限に抑えられること、予算を含めた社内決裁のスケジュールを鑑みるとこの形式が一番早く中日新聞社内で企画を推し進められることをご教示いただき、この形での企画を佐藤さんと固めることになりました。
しかし、タイキャンプに入る頃、このクラウドファンディング企画を楢さんサイドへ打診したところ、思いもよらなかった「NG」との返答。
そして、
“クラウドファンディングが成り立たなかった場合、楢﨑が築き上げたものにどのように影響しますか?”
返す言葉に窮してしまいました。
実のところ、未達の可能性に備え、刊行予定の本に掲載いただける広告の営業をクラウドファンディングと同時進行で進めて補填する、という案を佐藤さんと準備していましたが、その場で披露できるはずはありませんでした。
言葉を返せなかったということに、どこか慢心の気持ちがあったことは否定できませんでした。
想いが通じてのプロジェクト決定 - 絶対に失敗できない企画の始まり。
一度持ち帰り、楢さんサイドが懸念する「未達」とならないよう、また「未達」であった場合の、プロジェクトの練り直しを行いました。
先ずは、「未達」にしないための施策として、プロジェクトメンバーに「名古屋グランパス」が加われるよう調整しました。それまでは中日新聞社の企画への協賛の形を想定していましたが、もう一段上げることで、各SNSでのリツイート等だけでなく、クラブからも主体的にプレスリリースを配信できるよう、また『INSIDE GRAMPUS』などのクラブプロパティを活用できるようにしました。
そして「未達」の場合に備え考えていた広告営業も、中日新聞社広告局と連携できることが正式に固まりました。
今思うと、「補完」には程遠い、心許ない施策のようにも感じられます。しかし、最終提案を行った佐藤さんと広告局の方による想いと熱意が通じたのでしょう、楢さんサイドと大枠の合意に至ることができた、という連絡を頂きました。2019シーズン開幕を迎える週の水曜日でした。
そして、楢さんが固定番号制になってからJリーグの試合で唯一背負い続けた背番号「1」へのリスペクトを込め、本のタイトルを『楢﨑の1冊』、プロジェクト名を「ナラ1プロジェクト」、そしてリリース日を「2019年3月“1”日」とすることも正式に決まったのでした。
楢さんのために全力を尽くせる!と、嬉しく感じたと同時に、絶対に広告によって補填する形となる「Bプラン」に頼るものか、と心に誓いました。
「ナラ1プロジェクト」完遂 - 想像以上の立ち上がり、そしてポジティブスパイラルによる幸せな結末。
2019年3月1日、名古屋グランパスから下記リリースを配信しました。
今確認できる範囲では、SNS上の反応数も多い印象はそれ程ないのではないかと思います。しかし、実際のクラウドファンディングサイトへの申込数と中日新聞社とクラブへの電話問い合わせなどを合わせると、私たちの想定以上のリアクションを頂いたのでした。
楢さんへの皆さんの想いを感じ取ることができて、現役引退リリースから気張っていた精神状態が緩みました。そして、楢さんの引退の決断を受けて押し留めていた私情を、この企画へだけは全開放してしまおうと決めました。絶対に企画を成功させるために。
しかし、そんな私の力みを必要とするまでもなく、プロジェクトは早々に目標金額「2,000,000円」に到達しました。その成功の要因が、楢さんが歩まれたサッカー人生そのものであり、その生き様であり、楢さんをサポートし続けてこられたファン・サポーターの皆さんの想いであることは、記すまでもありません。
そのような起点からポジティブスパイラルが生まれ、その上昇気流のままに、当時中国のクラブを指揮していたピクシー(ドラガン・ストイコビッチ)への海外取材など実施したいと考えていた企画の全て実現できる目処が立ち、最終的に1,794名の方々に「7,363,00円」ものご賛同を頂き、プロジェクトは無事に締め切りを迎えたのでした。
そして、思い描いていた以上の内容で無事に上梓することのできた『楢﨑の1冊』の巻頭と見開きには、愛知トヨタ様の楢さんへの想いが込められた素敵な広告が掲載されました。
プロジェクトの最後に実施したファンミーティングの、支援者の皆さんと過ごした空間と時間は、今も私の心を穏やかにしてくれます。1,794名の賛同者の皆さま、改めてありがとうございました。
サポーターになっても変わらぬ想い - ポジティブスパイラルは、ネガティブスパイラルを凌駕する。ネガティブスパイラルもまた、ポジティブスパイラルを凌駕してしまう。
ナラ1プロジェクトのような「ポジティブスパイラル」は、それ以前にも経験したことがありました。2016シーズンの「想いが、チカラになる。」プロジェクトと、2017シーズンの「J1へ名古屋の風を起そう」プロジェクトです。
両プロジェクト共に、ファン・サポーターの皆さんとクラブは互いに顔も知らぬままに、リアルなコミュニケーションや接触はスタジアムでしかないにも関わらず、想いを分かち合い、肩を組み合うような感覚で、一つの目標へ向かって手を取り合う、そんな時間を過ごすことができたような気がしました。
3つの企画の時期はそれぞれ、「J1残留争いの真っ只中」、「J1復帰の瀬戸際」、「悲しい引退の報に触れたばかり」という、ネガティブに闇落ちしかねないオン ザ エッヂな状況に在ったとも言えますが、クラブから先ずポジティブな投げかけを行って良かったなと感じています。そして、ポジティブで返してくださったファン・サポーターの皆さんが在ってこそのプロジェクトであったと、今も感じています。
私が今年になって個人SNSを再開し、口煩いくらいに「SNSでのネガティブな言説は、対象者へ1ミリも役立たない」とポストし続けてしまうのは、この3つのプロジェクトの体験が忘れられないからだと思います。ネガティブスパイラルに陥ってもおかしくなかった状況において、皆さんのポジティブスパイラルに助けていただいたからだと思います。
負の感情は一瞬にして伝播し、多くの人の共感を生み出してしまうことは、生理学的にもコミュニケーション学的にも理解しています。そして、そういった動きを昨今のSNSプラットフォームが増強してしまう構造に対して、私のような存在がどうにかできるとも思っていません。
ただ、昨年までサッカークラブで業務させていただき、クラブの運営主体者の一員として約8年過ごさせていただいた立場として、お伝えさせてください。
先ず、ファン・サポーターが、選手やクラブへ抱く感情、届けたいと思われる考えや意見は、なんびとにも侵すことはできません。そうしたものの中に、選手やクラブがより前進するに必要なものが含まれているものも有るのだと思います。
しかしながら、ファン・サポーターの皆さんの言葉は辛い時に本当に本当にチカラになりると共に、誹謗中傷や罵詈雑言は、選手やクラブにとって耳の痛いこと(そのほとんどは選手やクラブ自身にとって自明なことです) がたとえ含意されていようと、1ミリたりとも力になりませんし、選手やクラブのことを思い伝えてくださるのであれば、その言葉は選んで欲しいですし、伝えるタイミングと場を考慮して欲しいですし、もう一つ可能であれば言葉を発する前に、選手とクラブが “その時に在るであろう状況” へと思いを馳せていただきたいと思います。
脊髄反射的に打ち込んだそのSNS上の言葉を発信する前に、敗戦後にゴール裏に挨拶へ来た選手とスタッフへ言葉を発する前に、そういった受け手の心理的、身体的コンディションへと一度思いを馳せていただきたいです。
通常では耐えられる言葉でも、辛い状況にある時には堪えられないものであったりするのです。
上述が選手やクラブの総意だとお話しするつもりはございません。私が軟(やわ)なだけだったのかもしれません。
それでも、脊髄反射で発せられたSNS上の言葉や試合直後に投げかけられた言葉が、視界外から飛んでくるレンガにも、日常の生活に居座り続ける辛さにも、心を抉る刃物にも、頭から決して消えてはくれない悲しみにも、私には感じられました。
現在、私はクラブスタッフではなく、一人のサポーターです。ただ、私がクラブに居た時に感じていたようなことは誰にも経験して欲しくないですし、サポーターの私としては、選手とクラブの力になる言葉をこれからも発して行きたいと思います。
最後に - もう一度、ポジティブスパイラルを起こしませんか。
少し強い筆跡になってしまいました。
クラブスタッフとして従事した8年間において、前章で記したような辛いこともあったことは事実です。
ただ、同時に先の3つのようなプロジェクトをファン・サポーターの皆さんと分かち合えたことに、本当に感謝しかありませんし、ラッキーだったと思いますし、あの時の多幸感は一生忘れることはないのだろうと思います。
もう一つ最後に。
私は名古屋グランパスで業務に従事している間、楢さんとタイトルを分かち合うことができませんでした。今シーズンはサポーターとして、自分なりにできる範囲でクラブを後押ししています。
その中で本日久々に『楢﨑の一冊』の表紙を目にし、手に取り、楢﨑正剛トップチームアシスタントGKコーチと継承者であるランゲラック選手が一緒にカップリフトする姿を見たい、と改めて強く感じました。
お酒の影響とは言え、駄文を重ねてしまいました。それでも最後までお読みくださった皆さん、ありがとうございました。
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