アレクサンダー・テクニークとニーバーの祈りと禅とー変えられないことを認める。
#アレクサンダーテクニーク #ニーバーの祈り #変えられること変えられないこと
自分では解決できないことはよく起こるし、解決できない自分を他人だけじゃなく自分も一緒に責めて辛いことは多々ありました。過去形なのは、今は「自分の力でどうこうできることではない」と、あきらめても受け入れてもないですが、事実としてみておくことができるからです。
大人になったから人格が成熟したわけでなく、「自分で解決できないこと・変えられないことを認める」という考え方に変えられたからです。
目次
1.変えることのできることと変えることのできないもの
2.あきらめる・投げやりになることとは違う
3.できないことを認める賢さ
4.自分で解決できないこと・変えられないことを認めてから新しいことが始まる
1.変えることのできることと変えることのできないもの
1)ニーバーの祈り
諸事情で自分の好きな仕事を諦め、信じていた人からの裏切りがあり、悪いことが重なった時に思い出したのがニーバーの祈りです。ニーバーの祈りは、精神科の講義で依存症の回復プログラムで使う「小さな祈り」とも呼ばれています。
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
依存症は自分が依存症であることを認めないと、治療が始まりません。
「薬・アルコール・ギャンブルを二度とやらない」と言い切る人は、まだ回復する過程に入っていません。自分が依存症であることを認めていないからです。
「変えることのできないものを受け入れる」事は、本当に難しい事です。
「自分が依存症である」事実は変えることができませんが、それを受け入れないと次の治療の段階に進めません。
悪いことが重なって起こった時、わたしは受け入れることができませんでした。自分のやりたいことが閉ざされることを、絶対に認めたくなかったのです。だからニーバーの祈りが心にしみたのでしょう。「悪いことが重なった」事実は変えられません。
それを認めなければ自分の人生は恨みつらみをいうことで終わっていたでしょう。「悪いことが重なった」事実を認めないと、自分の新しい人生を歩めなかったのは確かです。
2)禅
ずっと宗教には興味があり、特に禅はどういうものか体験したかったのです。
3年前に思い立って座禅会に参加して、今でも都合がつくときは座禅会に参加しています。
地域の人たちが禅寺に集まって、1時間読経してと座禅の後お茶を飲んで話をします。ただそれだけです。次から次へと考えが浮かんできますが、その考えについて深追いせず、余計なことを考えていると自分を責めることもなく、ただ座禅を組んで時間を過ごします。
この時間は判断や善悪を決めることはしません。
住職が誰かを導くこともしません。
静かに自分を見つめるだけの時間です。
3)アレクサンダー・テクニーク
アレクサンダー・テクニークは、「余分な心身の習慣を減らして動きを楽にする」シンキングワークです。新しい動きや心の持ちようを得るためには、今までの習慣を認めなければなりません。そして善悪・正誤で判断しないこと。自分の心身の状態を認めることから始まります。自分自身であることは変えられないけど、習慣は変えられるのです。
2.あきらめる・投げやりになることとは違う
「変えることのできないものを受けいれる」ことは、諦めることでも投げやりになることでもありません。ただ変えられないことを認めるだけです。変えられないことがあると「できない・無理」と「変えられない自分はダメな人間だ」と悲観的になり、自分を乱暴に取り扱う心になります。
受け入れられないから自暴自棄になる時期は、あっても仕方がないと思います。でもそこで終わりでなく、受け入れたら次の段階に進めることができるのです。
3.できないことを認める賢さ
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ
AAの12ステップも有名です。
「私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた」という項目が最初にあります。アルコールは他の依存対象に言い換えることができます。依存対象に対して自分が支配されていることを認めるのです。
なぜ全てのことができると勘違いしてしまうのでしょうか。子どもの頃から「できないことはない」と教わってきましたが、大人になると「どうしようもないことがある」と無力感に近い感情を持つ出来事に遭遇することが多くなります。できなければおかしい・できて当然という考えは、他人を追い詰め・自分を追い詰めることになります。
依存症回復プログラムでは、「もうアルコール・薬物・ギャンブルを『楽しむ』ことはできない」ことを認める作業があります。依存対象に関わると、全てを失ってものめり込むから、依存対象と断ち切らなければなりません。それは一日単位で乗り越えること、何年先のことまで考えません。
依存症でなくても、変えられない事実はたくさんあります。それを「自分の力で変えられない」と認めることは、随分と自分を楽にします。自分の力で事実は変えられないのに、「自分は無力だ」と責めることは、ただ自分を痛めつけるだけです。逃げでも責任転嫁でもありません。自分でどうしようもないことは、たくさんあるのです。
4.自分で解決できないこと・変えられないことを認めて、新しいことが始まる
アレクサンダー・テクニークのワークでは、他人や状況を変えようとするワークは全くしません。何か困難を感じている時、身体と心に何が起こっているのかを考えます。そして自分のとる行動に少し変化をつけます。起こった困難を解決しようとはしませんし、自分の行動が特別変化するわけでもありません。
自分ではどうしようもないことに気づき、別の方法を考えるヒントをもらうだけです。ですが、それで随分と身体も心も楽になるのです。心身ともに楽にならないと、困難を解決するための行動に移れません。アレクサンダー・テクニークのワークは、困難を解決するために事実を認める効果もあると感じています。
日々の暮らしで、変えられないことを変えようとすると、心身ともに余計に力んでしまいます。心身が力むことで固まると、何も考えられなくなります。この状態を受け入れるのではなく、認めるだけで随分と余裕が出てきます。
自分で変えられないことを絶望するのではなく認めることで、自分を苦しめなくなるのはものすごい進歩だと思うのです。
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