シケモク狩り 1話

 三千光年と輝く星の明かりだけを頼りに、僕はきっとそこら辺に落ちているであろうシケモクを探し求めていた。日本は公共衛生に優れた国だと評判だが、そんな美しい国でも普通にシケモクは落ちている。いいかい、目を凝らすんだ。さすれば、案外すぐに見つかる。
「あっ、みっけた。やっと一つ」
 かなり短くなったシケモクを拾い、ちぇっと舌打ちしたくなったが我慢した。きっとこのシケモクは毎日同じブルゾンを着ていて、髪の毛が随分寂しいことになっているおじさんのシケモクだ。おじさんに吸われていたシケモクは、コアなマニアがいるだけで、あまり高い値がつかない。拾うか拾わないか、暫くの逡巡のうち、ゴム手袋に包まれた指先で慎重につまみ、ジップロックの中に入れて空気を抜く。完璧だ。今日は、あの人に会えそうな気がする。ツーピースのベルベットのスーツを着こなした、痩身の男を思い浮かべる。きっと彼にこのシケモクを見せれば、その切長な目に朱をのぼらせ喜んでくれるに違いない。
 集会場に向かうと既にかなりの人が集まっていた。半分は僕と同じシケモク採取人、通称ハンターだ。そしてもう半分は愛好家、通称カスタマー。
 僕は端っこでソワソワと会場内を見渡し、お目当ての人が来ていないか探す。すると視線の先に銀縁眼鏡をかけたベルベットスーツの男を見つけた。
「ババラ・カス大佐殿」
 僕が声をかけると、ババラ・カス大佐はワイングラスをひらりと掲げ、ウィンクして挨拶してくれた。人並みを縫うようにしてバララ・カス大佐の元まで近寄ると、彼は僕の耳元に顔を寄せヒソヒソと声を落として話しかけてきた。
「いやはや、久しぶりだね。今日のような美しい星々が輝く夜に君に出会えて感激だよ。ところで君、今日、例のあれはあるかい? ハンターの方々は、みんな低俗なシケモクしか採取しないんだよ。君だけが実に頼りだ」
 僕はニンマリと笑い、懐からジップロックを取り出しババラ・カス大佐に手渡した。
「つい先ほど採取したばかりです。どうぞ」
 ババラ・カス大佐胸ポケットから白い手袋を取り出すと、細く繊細な指先を覆い隠すように手袋を嵌めた。ジップロックを開けると、シケモクを取り出し悦に浸りながら細かくシケモクを眺めている。
「流石だよ、やはり君の採取してくるシケモクは日本一、いや世界一かもしれない」
 いつもよりも饒舌なババラ・カス大佐の賞賛に僕は浮ついていた。だからすぐにその異変に気が付かなかった。
 急に無口になったババラ・カス大佐に違和感を感じ、顔を上げると、シケモクを凝視して眉を顰める姿を認めた。
「どうされたのですか」
 僕がそう尋ねると、ババラ・カス大佐は先ほどの高揚感はどこへ行ったのか。能面のような顔で、僕の眼前にシケモクを突き付ける。
「君、これを見た前」
夜の公園では気が付かなかったが、明るい場所でよく見ると口紙の部分にべったりと赤い口紅が付着していた。
 ーーしまった、おじさんのシケモクじゃなくて、女のシケモクだったのかっ!?
 僕は自分の失敗を悟った。

いいなと思ったら応援しよう!