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③
落ち着いてますね、ってよく言われる。
見た目だけはね。
でも全然そんなんじゃない。
アメコミ映画は映画館で3回は観るし、半月に一回はケーキとシュークリームを一つずつ買って、帰ってその日のうちに食べる。
学生の頃からちっとも変わっていない私の好きなこと。
大人になってからは正直やりにくくなったけど。
落ち着いてるんじゃなくて、臆病になっただけなんじゃないだろうか。
そんな今でも好きなことができるのは、この子のおかげ。
キツネの男の子(私が勝手にそう呼んでるブローチ)は、私の相棒だ。
私が悩むと、くりくりとした目とふくふくとした顔で「好きなんでしょう?」って訊ねてくる。
その純粋さに背中を押されている、だなんて笑われるだろうか。
歩くのに合わせて立ち並ぶ店それぞれの香りが次々に流れてくる。
ちかちかと信号が点滅し始めたので立ち止まると、こてん、と首を傾げるようにブローチが左胸で揺れた。
あ、私また心配されてる。
大丈夫。ちゃんと行ってちゃんと食べたいもの買うよ。
苦笑いしながら、つるりとして少しひんやりしたビーズのおでこを撫でてやる。
自分の後ろにどんどん人が集まる気配がする。
イルミネーションにも気合いの入る季節になってきたのか、と視線だけで辺りを見やると、ショーウィンドウに向かって嬉しそうに微笑む人がいた。
何か良いことがあったんだろうな。
いいね。おめでとう。
この信号を渡ったらお目当ての場所はすぐそこ。
青になったらほんのちょっとだけ駆け足で渡ろう。
ずっしりしたガラス戸を開けたら思いっきりにっこりしよう。
これ、じゃなくて、ちゃんとケーキの名前を言って注文しよう。
コートに落ち着く小さな二つの三角を指でつついた。
赤が青に変わるまで、あともうすぐ。
YONABEYA 『キツネのブローチ』