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毎日が終活

駆け出しのライターとして出会ったメンバーたちが、毎回特定のテーマに沿って好きなように書いていく「日刊かきあつめ」です。

今回のテーマは「#終活」です。

「もし今日が最後の日だとしても、いまからやろうとしていたことをするだろうか?」

スティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチにおいて披露した問いかけだ。彼は17歳のときにこの言葉に出会ってから、毎朝鏡に向かってこの問いかけを繰り返したらしい。そして、ノーが続くようなら、つまり最後の日であればやらないはずのことをやる日々が続いているなら、それは生き方を見直すタイミングと捉えていたそうだ。

ジョブズに倣ったわけではないが、私も人生のある頃から同じ問いかけを自分にしている。記憶をたどる限り、どうやら高校を中退したあたりからだ。自分の中で前向きな進路変更ではなかったので、これ以上後悔したくないと強く思った結果、その問いかけにたどり着いたのだろう。

私が最後の日、つまり死を意識する理由はほかにもある。母は私を産んだとき脳卒中になり、その後遺症で半身不随になった。以来、病院や施設で長く過ごし、そのまま家に帰ることなく痴呆になった。この経験から「自分の命は彼女の犠牲の上に成り立っているんだなあ」との思いがぼんやりあって、終わりを意識せずにいられないのだ。

さて、問いかけの答えはイエスのときもあればノーのときもある。ノーが続くときは、最後の日ならやらないはずのことをやっている。最後の日にやらないはずのことを、なぜやるのか。あるいは、最後の日にやりたいはずのことを、なぜやらないのか。理由は状況によってさまざまだが、本当にやりたいことがあるのに不安や恐れが原因でやれていないときは、「もし今日が最後の日なら」を意識すると決断しやすくなる。

例えば仕事。他にもっとやりたい仕事があるのだけど、転職に失敗したらどうしよう、もっと悪い状況になったらどうしよう、と不安に思ってやれていない。こういう場合は、「もし今日が最後の日なら」と考えることで、不安や恐れが薄れて、チャレンジしやすくなる。目の前に死があると想定すると、不安や恐れ、あるいはプライドや見栄といった感情を御しやすくなるのだ。これがジョブズ流の問いかけのメリットである。一方で、生き続ける可能性も見過ごせない。

「もし今日が最後の日なら」を想像した結果、自暴自棄になって、なげやりな考えや行動に走りたくなるときもあるかもしれない。この場合、本当に最後の日のつもりでふるまってしまうと、それはそれで立ち行かなくなる。このケースには「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」という、インド独立の父、マハトマ・ガンジーの言葉が効く。出典により表現に違いがあったり、いろいろな解釈があったりする言葉だが、私自身は「いつ死んでもいいように生きる」という意味で受け取っている。

明日死ぬとしても、1年後死ぬとしても、100年後死ぬとしても、後悔しない選択をする。これはけっこう難しい。だからジョブズのように、毎日チューニングするのが効果的なのだろう。でも私はそこまでやると肩がこるので、たまにやるくらいにしている。

この仕事は続けるべきか、続けないべきか。失われる時間に対して、得られる報酬や経験は見合っているか。この仕事を続けた1年後の自分は、10年後の自分は、家族で過ごす時間がなかった、自分の時間がなかったと後悔しないか。1か月に1回くらいは、そんな問いを全ての案件にしてみる。なんか違うな、という案件は、なるべく早めに調整をする。時間か、報酬か。微調整が難しければ思い切ってお断りも視野に入れる。

仕事に限らない。家事や育児、生活習慣など、全ての物事に対して「1か月後、1年後、10年後の自分は後悔しないか?」と、やっぱり1か月に1回くらいは問う。時期を決めているわけではなく、そろそろなんとなく考えておくか、という気持ちになるので勝手にやっている。

ところで、先を見据えることに慣れると、後悔したくないから頑張るという気持ちが強まる。一見良さそうだが、私の場合、これは頑張りすぎに繋がってしまう。頑張りすぎるとまったく長続きしないので、その気配を察知するたび「もし今日が最後の日なら」を改めて考える。

明日死ぬのに、慣れない運動をして消耗したくないな。明日死ぬのに、健康を意識した飯ばっか食べたくないな。明日死ぬのに、早寝なんてしたくないな。「明日死ぬかもしれない」という可能性が、欲望に対する正直さを引き出してくれる。

終活と言うと、遺言を用意したり、葬儀やら墓地やらの手配をしたり、はたまた自分の請け負う仕事や所有する資産の整理をしたり、そういう具体的な準備をイメージする。しかし広義では、より良い最期を迎えるための準備全般のことを言うそうだ。だとすれば、私にとっては毎日が終活だ。

今日も、終わりに向けて生きている。

文章:市川円
編集:otaki

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