卒制も課題もできなかったけど、「編集・ライター養成講座」を受講してよかったと思う理由
今回は、宣伝会議が主催する「編集・ライター養成講座」に関するお話。名前の通り、編集者やライターを養成する講座である。詳細は、マガジン内の他メンバーの記事や公式ホームページをご覧いただきたい。
私は、これといって思い出らしい思い出がない。しいて言えば、「ちゃんとやれなかったなぁ」だ。思い出というより、反省。あまりにできなさすぎて、意図的に言語化することを避けていたほどだ。
でも今ならたぶん言語化できる気がする。というわけで今回は、「まじめに取り組めなかった理由」を掘り下げさせてほしい。
私は、当時在籍していた会社の社長に言われて、なかば無理やり受講した。受講料は約16万円(当時)。「半分は会社で負担するから」と勧められ、「社命なのに半分も自分で負担するんですか?」と喉元まで出かかったのをギリギリでこらえた覚えがある。
受講に前向きでなかった理由は、ひとえに余裕がなかったから。私のいた会社は、まだ社員10名ほどのベンチャー。給料に見合わない仕事量をこなすため、毎日がむしゃらに働いていた。終電帰りは当たり前、土日も持ち帰って仕事三昧。そのわりに飲み会が多く(だから仕事が終わらない)、会社で寝て朝帰り、もしくはそのまま仕事するなんてこともあった。
そんな日々の中、毎週土曜日を勉強に費やすだなんてとんでもない。受講を勧める社長の正気を疑った。勉強する時間的な余裕もなければ、受講料を払う金銭的な余裕もない。それでも最終的に受講を決めたのは、未熟さを自覚していたからだ。
いや、未熟どころではない。私はまったくの未経験からライター・編集のキャリアをスタートさせたので、素人同然で右も左もわからないままコンテンツ制作に携わっていた。加えて環境も良くなかった。社内に、編集者という肩書きの人間は私だけ。ノウハウを先達から教わることは望めず、時間をかければ上手くなる保証もない。冷静に考えれば、受講した方がいいのは明らかだ。そんなわけで、一応は納得して受講を決めたのだった。
ところが、いざ受講してみるとどうもしっくりこない。はじめは自分のモチベーションが低いせいだと思っていたが、数回目の講義で、どうも内容が期待していたものと違うことに気づいた。
全体的に「紙媒体」を前提とした講義や課題が多いのだ。つまり、本・雑誌・新聞などに掲載される内容やレイアウトを念頭に置いている。それも当然といえば当然。いくらウェブが一般的になったとはいえ、根底に紙面の意識があるライターとないライターとでは、仕事のクオリティがまったく違う。それくらい紙媒体の経験や知識は重要なのだ。だから講座のカリキュラムに問題はない。それに、紙媒体を前提とした講義が多いといっても、ウェブメディアの基本を押さえる講義もしっかり含まれていた。
問題は、私のいた会社がバリバリのウェブメディアだったこと。そのため、「基本」ではなくその先の「応用」を求めていたのだ。さらに、私の仕事が広範にわたっていたのもややこしかった。記事の執筆や編集もするけれど、どちらかというとメディアのグロースハック(成長戦略の立案・実行)が主で、稼ぎ頭の記事の閲覧数をさらに伸ばす方法とか、どこにどう広告を配置すれば効果が出やすいとか、そういう具体的な手法を求めていた。しかしそれは、一般的な編集・ライターの仕事ではない。当時は、その差異に気付けないくらい何も分かっていなかった。
そんなわけで、ただでさえモチベーションが乏しいのに加え、ミスマッチにより講座内容が期待したものと違うという地獄のような状況が出来上がってしまったのだった。
この状態でまじめに講義を受けられるはずもなく、どうせ行っても頭に入らないなら、と頻繁に休んだ。休む以前に、連日の残業と飲み会により、通える体調ではない日も多かった。前半はガス欠寸前のモチベーションでそこそこ頑張ったが、後半はもうまったくダメだった。課題はほぼ未提出で、卒業制作の取材記事にいたっては、取材先の検討すらしていない。
それでもせっかくお金を払ったのだから、と貧乏性を発揮して修了式にはちゃっかり出席した。修了式の日に行われた卒業制作の講評を、「みんなこんなことやってたんだ……」と他人事のように聞く時間は空しかったが、こんなことなら自分もしっかりやればよかった、なんて考える余裕はやっぱりなかった。
何も成さずに修了証書だけもらったものの、「証書だけあっても経験が伴ってなきゃなんの意味もないなぁ」と今更ながら気づき、とっても複雑な気持ちを抱えていたところ、このマガジンの発起人である真央さんに、一緒にマガジンをやらないかと誘われた。
なんでろくに出席していなかった自分を?と今でも不思議に思うが、あのとき誘いに乗って本当によかった。終わりよければすべてよし。講座にまじめに取り組めなかった自分が、それでも受講してよかったと思えているのは、間違いなくこの共同マガジンのおかげだ。
当時は、なんて無駄なことをしたんだろうと悔やんでいた。しかしいざ振り返ってみると、すべて仕方なかったように思える。それくらい大変な状況だった。とはいえ、せっかくの講義や課題に取り組めなかったことはやはり心残りだ。余裕ができたら、また受講してみてもおもしろいかもしれない。
文章:市川円
編集:べみん
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