
私の人生はいつだって音楽に救われてきた
中学生の頃くらいまで、母による宗教上のしつけにより、世の中のエンタメ全般禁止されて育てられた。
唯一OKだったのは、ジブリと、教育テレビ(現Eテレ)と、日曜の夜のハウス食品・世界名作劇場。懐かしい~。
それ以外の、大体のエンタメは悪とされていたため、接することは固く禁じられていた。
漫画も、教育系以外のものはダメで、当時、りぼんやなかよしなどの付録が、喉から手が出るほど欲しかったのを覚えてる。
でも、母が怖くて、言えなかった。
物心ついた時から、母の言うことは絶対だったし、言うことを聞かない子は悪い子として罰を与えられ、同じ宗教ではない子とお友達になることも良くないこととされた。興味を持ったことを、うっかり口にしてしまった時には、それはもうピリッと空気が凍り付いていた。
私は、狭い狭い世界で生かされていた。
中学生になり、自分の置かれている状況がおかしいのかもしれないと、気づき始めた。今まで、考えないようにしてきた、自分の気持ちというものを考えることを覚えた。
どうして悪いことなんだろう?世の中には良い人も良いものもたくさん存在するじゃないか!そう思う気持ちが、心にムクムク沸いてきて、もうそうなると誰にも止められない。
小さな反抗が始まった。
仲良くなった友達が好きだったチェッカーズに、興奮した。
借りた漫画を、布団にくるまって寝る前に読んだ。
夕方再放送のドラマを母が出かけていない隙に、ちょっとだけ見た。
じいちゃんのポケットカセットレコーダーにイヤホンをつないで、友達に録音してもらった流行りの音楽をこっそり聴いた。
すごく悪いことをしている気持ちになったけど、楽しくてたまらなかった。
世の中は、素晴らしいエンターテイメントで溢れていた。
それから大人になる今まで、ジャンル問わず、色んな音楽を聞いてきた。基本的にミーハーなので、流行りものにもしっかり流されてきた。
某アイドルグループ
洋楽
バンド
ダンスグループ
などなどなど
メロディ先行で好きになる曲も多かったけれど、その時々で悩んでいることに寄り添ってくれるような歌詞の音楽に、私はいつも心動かされた。
人は何かしらに救いを求めてしまう生き物だけど、私の場合、それは音楽だったんだと思う。
18か19くらいの頃、何気なく見ていたテレビから流れてきたのは、ミスチルの終わりなき旅。
薄暗いリビングでテレビを見ていたあの日の自分の姿が、なぜだか今でも目に焼き付いて忘れられない。
気付いたら号泣していた。
何度、カラオケで歌い、自分に言い聞かせたか分からない。
歌詞付のポストカードを買って、枕元に飾った。
閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
きっときっとって 君を動かしてる
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう
もっと素晴らしいはずの自分を探して
胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように
いつも今日だって僕らは動いてる
嫌な事ばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅
もう、歌詞のすべてが良すぎて、泣きの一部抜粋。
現状に絶望したくなっても、その向こうにはまだまだ希望があるはずと、何度も背中を押してくれた。
きっと私だけじゃない。
そう思う。
永遠のファイトソングだ。
私が、”音楽好き”特に”バンド好き”なのは、あまり口外していない。
普段の自分の雰囲気から、話すとおそらく意外がられるのは目に見えてるし、なんかこう、自分の中で大切にしたい聖域みたいなものなんだと思う。
ガチすぎて、軽々しく分かったふりされるのも嫌、かと言って、へぇと気のないリアクションはもっと嫌、というめんどくさい考えが自分にあるのが分かってるから。
バンドミュージックは熱い。
邦楽ロックを聞くと、心が揺さぶられる。
作り手の熱い想いが伝わってきて、よし、頑張って生きてやろうという気になるから。
もともと、楽器を弾ける人や歌が上手い人をかっこいいと思ってしまう癖はあるのだが、さらに心に訴えかけられたら、もう、心酔するしかない。
中でもSUPER BEAVERというバンドが大好きなんだけど、この想いをちょっと語らせてほしい。
数年前。
長年の積み重ねに積む、積み重ねで、心が本当に疲弊し、しんどさのピークが来てしまった時期があった。
夫と一緒にいる自分が嫌いになってしまい、私は本来の自分がどんな人間だったかも忘れてしまっていた。
私は、何を大事にしたい人だっただろう?そんなのも、もう分からなくなってしまったのだ。
それでも、毎日は待ってくれない。
だから、夫から逃げるように、私はイヤホンの中の世界に入り込んだ。
脳内と心は音楽で満たされる。そうすると、不思議と、ロボットのように体が動き、家事をこなすことができるのだ。
そうやって日々をやり過ごす私のイヤホンの世界に飛び込んできたのが、SUPER BEAVERだった。
やなぎ(Gt.)の書く詩と、魂を込めてそれを歌うぶーやん(Vo.)の声に、心をぶち抜かれて、あっという間に虜になった。
SUPER BEAVERの音楽は、どんな自分も自分なんだ、というメッセージに溢れている。一人ひとりに人生があって、その人生の主人公は自分なんだよってことを思い出させてくれるのだ。
救われた曲は数えきれないくらいあって、本当はもっともっと語りたいけど、自分を取り戻さなくちゃとしみじみと思ったフレーズを最後にご紹介。
好きな人を好きと言えたとき
嫌なものを嫌と言えたとき
僕は僕でいられると思う
好きなものは好き。
嫌いなものは嫌い。
素直に感じたその気持ちを隠したりせず、言葉にするということを、私はいつからかやらなくなり、いつの間にか忘れてしまったのかもしれない。
少しずつ思い出して、少しずつ自分を取り戻そう。
逃げるのを止めて、もう一度向き合おう。
そうしたら、そのときは、少しは私らしくいられるだろうか。
幼い頃、母に悪だと教えられた、音楽に私はいつの時も救われてきた。
音楽がなかったら、私はまともに生きてこれなかっただろうとさえ思う。
これは、大げさでもなく本当の話。
皆さんにも、救われた音楽はありますか?