アクティブラーニングの実践2
-地方再生-
「地方再生」が将来に向けた重要課題とされて久しい。国や地方自治体など行政主導により様々な取り組みが行われているが,十分な成果は上がっていないのが実情であろう。少子高齢化の波は地方に顕著に現れ,若者の都市への流出に歯止めが効かない中,地方の過疎化は加速度的に進み,地方経済は疲弊し,衰退の一途を辿っている。
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本校の海洋学習を通して実感したことは,生徒の地元に対する再認識であった。学校生活の中だけでは気づくことのなかった地元の現状や課題,地元を支える人々の姿を知ることができた。そして,生徒たちは生まれ育った街の復興と再生に自分は何ができるかを真剣に考えるようになった。それは,地元の漁師たちが30数年の歳月を費やして取り組んできた「アマモ場の再生活動」を実際に体験することで,その漁師本人から自分たちの故郷が海よって育まれ,海によって生かされてきたこと,かけがえのない海の大切さを学んだからである。
これからの教育あるいは「地方再生」を考えるとき,学校と地域の有機的連携の重要性を痛感する。地域の「教育資源」を積極的に学校教育に生かすことは,生徒に「人との関わり」や「社会的視野の広がり」などの深まりをもたらすと同時に,地域の人々から学習活動やその成果に対する評価をもらうことが生徒の意欲となり、社会の一員としての自覚を促すことが期待できる。また,この学習効果が地域社会へと還元されるとき,生徒の社会参加や地域貢献への意欲が培われることにつながり,地方再生の大きな原動力となる。
従来の「地方再生」の取り組みは,<空間軸>で展開されてきた。地域おこし・村おこし,工業団地の造設による工場の誘致,労働環境や住環境を整備してIターンやUターンを募る,それらは,横のつながりを重視することで活性化をめざすものだ。そこには大切なものが見落とされてきたように思う。地元に生まれ育った「子どもたち」であり,市町村に必ずある「小中学校」である。なぜ子どもたちに地元を語らないのか,なぜ学校は地元と関わらないのか,なぜ学校教育に「地方再生」(地元再生)をカリキュラム(プログラム)化しないのか。
今までの学校はあまりに閉鎖的であった。各自治体ごとに創立され,地元の学校として地元の子どもたちを受け入れながら,そこで働く教師のほとんどが地元以外から通勤し,教科授業に専念する。地元との関係は希薄である。子どもたちも校門を一歩入れば,まるで別世界に入ったかのように閉鎖的空間で生活する。校門を一歩出れば,地元に暮らす子どもたちに還る。
江戸時代の寺子屋のように地元と深く関わりながら地元の子どもを守り育てる,そんな学校がこれからは必要なのではないだろうか。地元を支えることの大切さを子どもたちに伝えていく教育が求められるべきだと思う。
「地方再生」には,<空間軸>だけでなく,学校教育という<時間軸>を加えることで,立体的な展望を見いだすことができる。「地方再生」のバトンをつないでいくことができる。
部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。