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今受講している言語論の講義が面白いので講義ごとにまとめてみる。

オンライン講座を受講しています。

gaccoというサイトで無料です。

興味深く受けている講義があるのでまとめていこうと思います。

詳しい内容というよりは、私なりに切り取って解釈していきます。

教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる

立命館大学と連携した講義です。

講師は山中司氏。

本も書かれているようです。(私は未読)

この講座の目的は

柔軟性を持った見方を得ること

です。

言語学専門の方なので、言語の使い方や、より存在感を高める内容だと思いました。

実際には、むしろわざと言語という存在を貶めるように偏って発言しています。

それが、逆説的に氏の言語への愛情を浮き上がらせています。

可能性を信じているからこそ、現状を憂いてもいるのでしょう。

内容全4週の各週6講義からなります。

では1.1から始めていきます。

1.1ヘーゲルの気づきと嘆き

いきなりヘーゲルです。

小池都知事で一時期話題になったアウフヘーベンかと思いましたが違いました。

ミネルバのフクロウは黄昏がやってくるとはじめて飛び始める。

私はその言葉を知りませんでした。

ミネルバは知の女神。

フクロウは知の象徴とのことです。

知=学問・大学

黄昏=夕方、一日の後半

学問は一日の終わりが近づいてからようやく動き出す。

そこから学問は現実の後追いである、と解釈されています。

理屈とは後付けであり、実践ありきだ。

知を理屈と考えました。

私は頭でっかちになりがちです。

子育てでまさに感じています。

こうした成長曲線が良いらしい。

夜泣きする場合はこのように対応したらいいらしい。

自分でやってもいないのに、妻に偉そうに講釈を垂れることもあります。

時にはこうあるべきと学ぶとそれに現実をゆがめて合わせようとしてしまいます。

そしてうまくいかずに苦しみます。

もちろん経験や学びは尊く、助けてくれます。

問題の解決に役立ちます。

しかし必ずしも現実を表さない。

あくまで問題の対処法であって、問題を作り出すものではありません。

昼に飛んだフクロウは、食事にありつけないか、天敵に襲われるのかもしれません。

そんなことを考えました。

ご興味ある方はご覧ください。

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