みどりの海(原作:娘)前編
わたしは海のほとりにひとり立っていた。
海の色は反射するエメラルドグリーン。反射する光が強くて海の中は見通せない。ここは世にも珍しいみどりの海だそうだ。
「こんにちは。観光ですか?案内しますよ」
無心に海面を眺めるわたしに、どこからともなく現れた小柄な人物が声をかけてきた。
「ええまあ、そんなところです。ガイドの方ですか?」
「はい、まずはこの海について説明しますね」
曖昧にうなずくわたしにガイドは微笑むと、さっそくガイドをはじめるのだった。
その昔、とある魔法使いがみどりの鏡をこの海に沈めたときから、この海はこの色になったという言い伝えが残されているということだ。元々はもっと澄んだ色だったらしいが、様々な生き物が生息するようになり、今では少し濁っている。
そして特筆すべきは、サメやイルカ、大小様々な魚たちも、この海に生息する生き物は全てみどり色なのである。
「お客さん、今日はイベントを見にいらしたんですか?」
ガイドに尋ねられ、わたしは首をかしげた。
そもそも目的も何もないままあてもなくふらりと訪れただけで、この場所について何も知らないのだった。
そう答えると、ガイドは目を丸くして言った。
「お客さん、何も知らないのに今日来られたなんて運がいいですよ!今日は、年に一度しか見られない、みどりのイルカと花火のショーがあるんです」
ガイドに案内されるまま、ショーが行われるレストランへ向かった。
レストランは横に長いガラス張りの建物だったが、入り口が見当たらない。
「いらっしゃいませ。お客様ですか?」
またもや突然レストランの店員が現れる。
「ええまあ。ところで入り口はどこですか?」
わたしが尋ねると、店員は少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら、建物と地面の隙間に手を差し込む。
「実は、上下に開閉するドアなんです」
それはドアというよりシャッターのようだったが、とりあえず店の中に入ることはできた。
同行してきたガイドが言う。
「わたしのおすすめは、お茶漬けとミックスフルーツのスムージーです」
その取り合わせは合うのだろうか、といぶかりながらも、おすすめを注文して待つ。
「お待たせしました、スムージーです」
意外にも手間がかかりそうなスムージーの方が先に運ばれてきた。
飲んでみると、柑橘系をベースにした果実の味のあとに、ほのかに蜂蜜の風味が感じられた。
ところがお茶漬けが待てど暮らせどやってこない。お茶漬けなんて、いの一番に用意できそうなものなのに。
わたしの焦れた様子を感じ取ったのか、ガイドが窓の外を指さす。
「ここのお茶漬けはちょっと特別で、手間がかかってるんですよ」
器を持ったダイバーが、海の中から浮かび上がってくる。そしてその器は、なんとそのまま宙高く放り投げられた。
器の中から米が飛び出して、月の光を受けてキラキラと輝く。四方八方に飛び散ってしまうかと思われた米粒は宙を描き、再び器に吸い込まれるようにして戻っていった。
「ああして月の光をまとわせているんですよ」
ガイドが説明した。
ようやくお茶漬けが運ばれてきた。海と同じみどり色をした液体の中に、先ほどと同じ輝きを宿したままの米が入っている。それを空腹にまかせて勢いよくすすり込んだ。ほどよい塩味に、海の香りがした。
体が暖まり、力がみなぎってくるのを感じる。さっきまでのぼんやりした気分は吹き飛び、妙にさっぱりとした心持ちになった。
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