なにもかもがいやになったのだ。
いや、なにもかもではなかった。
犬だけはいやにならない。
犬は、犬であるだけでとうとい。
犬のすべてがすきだ。
犬のきれいなめ。
犬のうすくてやわらかいみみ。
犬のぬれているはな。
こちらをなめてくるつるつるしたべろ。
ぜんしんがけでおおわれているのもよい。
そしてそれがちょっとにおうところも。
犬よ、おれといっしょににげてくれ。
このせかいから。
犬はさんぽとおもってよろこんでついてきた。
あてもなく、ただひたすらまえにすすんだ。
犬のほかにはなにもいらない。
犬のすがたしかみたくない。
犬のだすおとしかききたくない。
犬のにおいしかかぎたくない。
たべるものもいらない。
むしろ犬がおれをたべてくれ。
そうしたらおれも犬になれるから。
いや、犬のうんちになるだけでもいい。
犬のためにしかおれのそんざいいぎはないのだから。
どの位歩き続けただろう。
ふと足元の感触に気づく。
もふもふしている。これは犬の背中だ。
深く息を吸い込む。ぺっとりした犬の臭い。
耳を澄ます。犬のいびきや息づかいが聞こえる。
上を見上げる。犬の濡れた瞳がこちらを見つめている。
なーんだ。世界から逃げ出す必要などなかったのだ。
世界はとっくに犬なのだ。
そして全てが犬なのだ。
ここにいる俺もまた犬なのだ。
喜びの声をあげ、俺は四つ脚でかけ出した。
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