時空を超えて迷子になったはなし(ピコピコハンマー物語)
「どこだ、ここは!」
常日頃迷いグセのある俺ではあるが、そこはなんとかする男。いつもなんだかんだいってなんとかなってきた。だが、今回ばかりは何とかならんかもしれん。行けども行けども、全く見覚えのない光景。もう歩き疲れた。少し休もう。小川のある所へ出たところで一息つくことにした。
水を汲もうと伸ばした華奢な手が、ついぞ見慣れぬものであることに、ここでようやく気付く。慌てて川の中の己の顔を覗き込む。
「誰 だ こ れ は !!?」
俺の叫びと連動して動くその顔は、見慣れた己の猫面とは程遠い、全く見覚えのない顔だった。その装備からすると、こいつはどうやらヒューマンの冒険者のようだ。頭部以外に全然毛が生えていないので、服を着ていてもなんだか裸でいるようで心もとない。呆然として、そのまま仰向けに倒れこむ。一体俺はどうなってしまったのか。
途方に暮れていると、かすかにすすり泣く声が聞こえてきた。まだ幼い子どもの声。こんな状況で他人に世話を焼いている暇などないのだが…しかし「なんとかする男」の性分が、俺を声の方へと向かわせるのだった。
声の主は、まだ年端もいかない子どもだった。こんな人っ子一人いないような場所にそぐわない、やたらと豪奢な身なりをしている。どっかの貴族か豪商の子どもが迷子にでもなったか。
「おい、大丈夫か」
俺が声をかけると、そいつはビクッと体を震わせてこちらを見た。俺がそばに来ているのに気づいていなかったようだ。
「な…なんだ、ぼくに何か用か」
自分はべそべそ泣いてなんかいませんでしたが?という態度を取り繕おうと、そいつはいじらしく、精一杯虚勢と胸を張っている。顔を上げたそいつを見て俺は思う。あれ?こいつどっかで見たことあるような…
「いやあ、迷子にでもなったのかと思ってな」そういう俺が迷子なんだけどな。
「ぼくは迷子なんかじゃない。道中で休んでいただけだ」
「ほう?こんな身分の高そうな坊ちゃんがお供もつけずにか」
「供がいてはだめなんだ。わけはいえない」
それだけ言うとまた顔を伏せてしまった。
ま、子どもでもワケありっていうことはあるよな。これ以上詮索するのは野暮ってもんだ。
「そうかい。邪魔して悪かったな。くれぐれも気を付けてな」
俺はそいつの前から立ち去ることに
す る わ け が な い だ ろ う が 。
「・・・って、なんでついてくるんだよ!」
振り返って子どもが俺に怒鳴る。
「いやあ、実は俺が迷子なんだよな。だからとりあえず道がわかってるやつについてかせてもらおうかと思って」俺はへらへらと笑いながら言った。「大人のくせに」
「うん、大人でも迷子になるときはなるもんなんだよ」
「しかたがないな。目的地に着くまでの間だけ、一緒についてきてもいいぞ」
「へへ、ありがとうございます」
警戒しつつも受け入れてしまうあたり、まだまだお子様だな。だからこそ放っておくことはできなかった。どう考えたって、こんな子どもが一人で郊外をうろついてたらロクなことにならない。危険すぎる。それに、現状俺も行く当てないしな。これでとりあえず目下の目的はできた。
というわけで、俺はこいつの行先に同行させてもらうことになった。それにしても、こいつ誰かに似てるんだよなあ・・・ま、いいや。
しかし、こいつずっとふさぎ込んでいるというか、張り詰めた感じだな。まったく、子どもがなんてツラしてやがる。そこで俺は、自分からガンガン話しかけることにした。
「おい、毒チワワって知ってるか?」
「・・・しらないし、そんなのいるわけないだろう」
「それがいるんだな。世界は広いんだぜ。毒チワワっていうのはな、全身が毒々しい紫色で、チクワが好物の猛獣だ…」
俺は毒チワワをチクワで手懐けた冒険譚を語って聞かせた。それを聞いている子どもの目の奥が、少しずつ光を帯びてきた。そこで俺はつい興が乗って、雷と共に落ちてくる幻獣サンダーポメラニアンとの死闘をくりひろげた話までしてしまった。こんなテーマ曲まで歌って。
(幻獣サンダーポメラニアンのテーマ曲)
ゲン♪ゲン♪幻獣サンダーポメラニアン♪
雷鳴と共にワオーン(ワオーン)♪
山の谷間にワオーン(ワオーン)♪
触るとビリビリ刺激的♪あっという間に感電死♪
危険 危険 かわいいけれど危険なポメちゃん
幻獣サンダーポメラニアン♪
即興で作った割に、我ながらいい出来だと思う。
もちろん毒チワワも、サンダーポメラニアンなんてのもいない。口から出まかせの作り話だ。なんでもいいからこいつに別の表情をさせたかった。俺の思いが通じたのか、変わらず口数はすくないものの、子どもの表情は少し柔らかくなった。
日が暮れてきた。そろそろここらで休むべきだろう。俺は子どもに声をかける。
「湯を沸かすから、枯れ枝を集めるのを手伝ってくれ」
「なんのために、湯を沸かすのだ?」
「持ち歩いていた生水をそのまま飲むと、腹を下すからな。沸かしてから飲むのが安全なんだ」
俺たちは薪を集めた。この身体の持ち主は火打石を持っていたので、それを使って火をつける。その手元を、子どもは興味深そうに見つめていた。
「やってみるか?」
子どもは頷いて俺から石を受け取ると、器用に火をつけることに成功した。「おお、なかなか筋がいいな」
「うん、器用だってみなによく言われるぞ」答える声が少し得意そうで、弾んでいる。子どもらしくなってきたじゃないか。
「ふーん、そうか。みんなって?」
「”城”のみんなが・・・」はっとした顔をして、子どもは口をつぐんだ。
城、か・・・俺が思ってた以上にかなーり訳ありのニオイがしてきたなあ。気まずい空気が流れる。どうやら聞いちゃいけんことを聞いちまったらしい。それから眠るまで、子どもは一言も口をきかなかった。
翌朝。
「ほらよ」
寝起きの顔にピタリと冷たいものをつけてやると、悲鳴を挙げて子どもは跳ね起きた。
「昨日ろくに食ってないだろう?食べやすそうな果物があったから、川の水で冷やしといた。それ食ったら出発するぞ」
ゆうべの味のない干し肉は、お坊ちゃんの口には合わなかったらしいからな。まったくもって気遣いの出来る男だろ、俺ってやつは。
「・・・ありがとう」
子どもは小さい声で礼を言うと、果物にかぶりついた。よしよし、ちゃんと礼が言えて偉い。
「旅をするときは、自生していて食べられるものを覚えておくといいぞ。荷物が少なくて済む」「うん、わかった」
お、ちゃんと返事してくれた。おいちゃん、涙が出そうだぜ。昨夜のわだかまり、このままとけてくれよ。首尾よくいったので、俺は元気に歩き出した。この後大変なことになるとも知らず。
・・・マジかよ。ホントにいたのかよ、毒チワワ。
毒々しい紫色の小柄な獣に囲まれながら、俺は心の中で毒づいた。毒チワワなだけに。ここでチクワがあれば、昨日語ったホラ武勇伝の通りになるんだが、そこはおあいにくさま。
「チクワなんか持ってねえ!」
俺は子どもを担いで一目散に逃げだした。・・・が、逃げた先は袋小路で、後ろは洞穴。完全に追い詰められてしまった。毒チワワに囲まれて、じりじりと洞穴に後退していく。
わあ、紫まだら模様に目がチカチカする。いや、毒で目がシパシパしてるのか、これ。うーん、どうすっかな。チクワがあれば、ってホントにチクワ好きなのかな、こいつら。
「みて!チクワが!」小脇に抱えた子どもが叫ぶ。いや、こんなとこにそう都合よくチクワなんかあるわけないだろ。
「ほら、洞穴のカベのところ!チクワが生えてる!」かわいそうに、チワワの毒が回ってこいつおかしくなっちまったらしい。植物じゃないんだからチクワが自生しているなんてことが・・・
「あ ん の か よ !」
振り返って思わず全力でツッコんだ。子どもの言った通り、岸壁からチクワが生えている。なんだよこれ。てかホントにこれチクワか?と気になりつつも、試してみるしか生き延びる道はない。俺は壁のチクワを引っこ抜き、毒チワワどもに投げつけた!
「わあ、目がチカチカする・・・」
「ほんとだ。目が痛くなりそう」
泡を吹きながら虹色に輝き始めた毒チワワを目の前に、俺たちは目を覆った。色が凄まじい勢いで変わっていく。さながらゲーミング毒チワワ。目をとろんとさせ、なんとも気持ちよさそうに地面に伸びていく。
「もしかして、このチクワには毒があるのだろうか?」
「毒チクワってことか?まあ、岩壁に自生している時点で普通のチクワじゃねえからな・・・」
「毒チワワも、他の毒には弱いのだな・・・」
まあ、とりあえずチクワのおかげで助かった。
俺たちは足早にその場を立ち去った。
「いやっふぅーーー!」
俺が突然歓声をあげて踊り出したので、子どもはドン引きして俺のことを白い目で見ている。が、それでも俺には踊らねばならぬ理由があった。
「仕方がないだろ、このキノコを見つけたら踊らなければならない。それがマナーだ」
そう、これはこの世にも美味なキノコに出会えたことに感謝を捧げる踊りなのだ。
その名も「ウキウキノコ」。見つけたものは嬉しさにウキウキして踊り出すことからその名がついた。
「ぼくは、キノコは食べない」
子どもは仏頂面でそっぽを向いた。ものすごく耳慣れたフレーズ。
「その言い方、キノコ嫌いな俺の相棒にそっくりだぜ」
俺が急にいなくなって、相棒どうしてるかな。もしかすると俺の身体はそのままあっちにあって、中にこの身体の持ち主が入ってるなんてこともありえる。・・・なんてことに思いを馳せていると、子どもが口を尖らせて反論してきた。
「ぼくは、嫌いだから食べないんじゃないぞ。熟練した者でも時々間違えて毒キノコを食べてしまうという。リスクが高いものは初めから口にしないのが安全だ。それに」
毒キノコが混ざっていたと偽って、毒を盛るのも簡単だから。
その一言で、俺はピンときてしまった。
「お前さん、やっぱし王族の子どもだな」
荒野に似つかわしくない服装。尊大な口調。端々に感じる教養。城の人間と交流がある。今までの状況から薄々予想してはいたが、今の言葉でそれは確信に変わった。
「まあ、ワケありのようだから俺からは詮索はしねえよ。言いたくなければ、何も言わなくていい。ただ、無理に隠そうともしなくていい。俺はお前さんが誰だろうと、今まで通りに付き合うだけさ」
再び黙りこくってしまった子どもに、俺はそう言った。なんだか、こいつのことが他人に思えない。そもそもお節介を焼きたくなったのも、そのせいだった。今気づいた。
「お前さん、俺の相棒にそっくりなんだよな。だからなんか放っておけなくて」
喋りながら、小刀で木の幹からウキウキノコをそぎ落としていく。
「そいつも、お前と同じ犬の獣人で」
あっという間にキノコの山が積み上がる。
「元々はお前さんみたいに、とある国の王子様だった」
きれいに洗った木の枝にウキウキノコを串刺しにしていく。
「顔だちも、その顔の模様も、ほんと瓜二つなんだよな」
火をおこしながら、はたと思い至る。
「もしかしたらお前さん、あいつの親戚かなんかだったりしてな」
俺としては軽口のつもりだったが、子どもは真剣な眼差しで俺に問いかけてきた。
「そのひと、何ていう名前?」
俺は、相棒の名を口にした。そのとたん、子どもの顔色が変わった。
「なんで・・・」凍り付いた表情で、その声は震えていた。
「・・・なんで、ぼくの名前と同じ?」
「え?ホントに?」
「本当だ。同じ名前の王族なんてあり得ないはず」
「ありえないってことはないんじゃねえか?同じ名前がたまたまつくなんてこと、よくある話じゃ・・・」
「いや、我が血筋に限っては絶対にあり得ない。名前は唯一無二のものと考えられているゆえに、同じ名前が付けられることはない」
まあ、確かにこんな長ったらしい名前の一字一句同じってことはあり得ないか。
「てーことはつまり、お前さんは俺の相棒と同一人物ってことになるんだが・・・どういうこと?」
いや、確かに色々似てはいるよ。黒と茶で彩られた顔の模様もそっくりだ。けど、相棒は大人で、俺と同じくらいの年齢。こんな小さな子どもじゃない。何?何なの?俺もしかして時空を超えて過去に迷い込んじゃったの?
たしかに?この身体も俺のじゃないし?この時代の俺が今まさにこの世界のどっかにいるわけ?もしばったり出会ったらどうなっちゃうわけ?俺の頭上に「?」がコバエのようにうるさく飛び回る。うっとうしくてたまらん。
「やめだやめ!考えるの終わり!この話終わり!!」
俺は頭の上の「?」をひっつかむと、持っていた枝に全部串刺しにして火にくべた。
「とにかく、今は全部焼いて食う!お前も食え!」
「だから、ぼくはキノコは食べないって・・・」
「えー、いいのかあ?このかぐわしい香りを嗅いでも食べずにいられるのかあ?」
俺はいい塩梅に焼けたウキウキノコを子どもの鼻先に突き付けた。唾を飲み込む音が聞こえた。朝に果物を食べてから何も食ってないんだ、腹は減ってるだろう。
「腹が減ってるときに考えることなんざろくでもない。ごちゃごちゃ考えるのは食ってから。その後ゆっくり考えりゃいい」
やつは逡巡していたが、おそるおそるキノコを口に入れた。
「・・・おいしい・・・!」
「だろ?なんてったってウキウキノコだからな」
久々に食べたがやはりうまい。あまりのうまさに身体がウキウキ踊り出しそうだ。というか、俺とこいつは気が付いたら本当に踊り出していた。
「お?どうした?」
「わからない。身体が勝手に・・・」
「あっ、やべっ!!!」
俺はとんでもないことをしでかしていた。踊りながらしおしおと告げる。
「すまん。これ・・・ウキウキノコそっくりの『ウカレポンチキノコ』だった。食べると消化するまで踊り続ける毒キノコだ。毒っつってもそれだけしか作用はないんだが」
「もう、なにやってんだよお!」
子どもはウッキウキのステップを踏みながら、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。
「ぼくは・・・もう二度と キ ノ コ は 食 べ な い !!!!」俺たちは、夜が更けるまでノリノリで踊り続けた。
行きがかり上ついていった子どもが相棒の子ども時代の姿かもしれない…つまり俺はタイムスリップした可能性があるということか。そしてこの体の持ち主はこの時代にここにいた人物で、俺はその体に入っているという仮説も立てられる。そもそも今俺は現実の世界にいるのかどうかも疑わしく、夢を見ているだけの可能性もあるが。そんな思考を頭の中でぐるぐる回転させながら歩いていたら、目的地に着いてしまった。
そこは城ではなく、小さな村だった。王族が一体こんなところに何の用があるというのだろうか。俺たちの姿を認めて、1人の村人が走り寄ってきた。「まさか!あなたさまは…」
「そのまさかだ」王子は口の前に指を立て、大人のような仕草で相手に内密にするよう伝えると、真っ直ぐ相手を見つめて、静かに告げた。
「母上に、会いにきた」
俺たちは、村のはずれのこぢんまりとした建物に案内された。王族にはおよそ似つかわしくない素朴な佇まいの小屋。ここに本当に王子の母がいるのだろうか。
「すまない。ここからは、2人だけにしてほしい」
俺は黙ってうなずいた。王子は1人で小屋の中に入って行った。
空が、ぐずつきはじめていた。
王子が再び姿をあらわした頃には、ぽつり、ぽつりと辺りが湿り始めていた。無言で王子は俺の隣に座った。
「おふくろさんには、会えたのか」
俺の言葉に黙ってうなずく。
「話はできたのか」
これまた黙って首を振る。
「…そうか」
先ほど案内してくれた村人から、王子の母が病に伏せった途端、故郷であるこの村に返されてきたのだという話は聞いていた。暗殺を恐れて城から遠く、信用できる身内のいる場所へ避難させたといえば聞こえは良いが、この小さな小屋を見ると、単なる厄介払いにも思えた。俺が知ってる【あいつ】は妙に勘がよくて、色々なことをすぐに悟ってしまう。だから王子…こいつも全部わかってるんだろう。母の命がもう長くはないのだと。
俺たちはそのまましばらくの間、並んで雨が落ちるのを見つめていた。
俺は王子の頭を静かに撫でた。不躾だと怒るかと思ったが、王子は何も言わずに俺の胸に顔をうずめてきた。俺はその頭をぽんぽん、と撫でた。
胸の辺りが濡れているが、これは雨のせいだろう。今はそういうことにしておく。
先の村人が、食事を用意していてくれたので、ご相伴にあずかることにした。この人物はこの村の医師らしく、王子の母とも親しかったらしい。
「あの方をお救いする方法を手を尽くして探したのですが、力及ばず…申し訳ございません」
医師は必死で彼女を治療しようと奔走してくれていたようで、顔には深い疲労が刻まれていた。
「古文書に記されていた万能薬と呼ばれるものが手に入れば望みはあるやもしれませぬ。実在するかどうかもわからぬものではありますが」
あんたの気持ちはわかるが、不確かな情報を出して、母の死に目に会う覚悟をしてきたこいつに変な希望をもたせるんじゃねえよ。俺は苛立ちを覚えた。
「それは、どういうものなの?詳しく教えてほしい」
ほら、王子が食いついてしまった。余計なことを。
「このような形をしていると書かれておりました」
医師は古い紙を広げてみせた。円筒状のものが岩肌から突き出している。ちょっと待て。これに似たものを最近見た覚えがあるような。
「強い毒を持つ危険な獣がその万能薬を口にしたところ、体内の毒がすっかり解毒され禍々しい色の姿から、光り輝く姿へと変貌を遂げたという話が…」
「「絶 対 あ の チ ク ワ じ ゃ ね ー か !!!!」」
俺と王子の声がユニゾンした。
チ ク ワ と り に い く し か ね え っ!
俺たちは村を飛び出し、大急ぎで来た道を引き返した。おふくろさんの体力があとどれくらいもつかわからねえ。事態は一刻を争うのだ。行きは毒チワワとウカレポンチキノコのせいで時間をくっちまったが、邪魔さえ入らなければチクワの生えていた洞窟まで日帰りで行って帰ってこられるはずだ。
はずなのにー。やっぱりそうは問屋は卸さないときたもんだ。
森に入った所で、覆面をした集団が俺たちを取り囲んだ。
「ここから先はとおs「こちとら急いでんだよっ!!」
みなまで言わせず、俺は一切移動速度を緩めずに目の前の相手を吹っ飛ばした。つもりだった。
だが俺は相手につき飛ばされ、無様に地面に転がっていた。今の俺がいつもの7割くらいの大きさしかなかったことを忘れていた。ちくしょう。これだからヒュ-マンの身体なんて嫌なんだ。あっという間に俺たちは取り囲まれる。
「やめろ!放せ!今はこんなことしている場合じゃないんだ!」
王子が覆面の一人に捕らわれ、必死に抵抗するが、しっかりと押さえこまれてしまう。くそ。最悪だ。俺はできる限り早く立ち上がった。予想外の転倒で若干頭がくらくらする。
「武器を捨てろ。王子の命が惜しければな」
覆面が王子の首筋にナイフを突きつける。
武器、か。ああ、そういや俺武器持ってたっけか。自分の腰にある長剣をちらりと見た。
「はいはい、こんなもんいらねえから別にいい」
俺がさっさと剣を外して投げ捨てたので、覆面どもは若干面食らった様子だった。
「ずいぶん諦めが早いのだな」
「いやあ、俺、剣あんまり得意じゃねえんだもん。振り回したってろくに戦えねえから」
何を隠そう、実は俺は斧使いなのだ。剣とはリーチも違うし、身体の動きも全然違う。とはいえ、唯一の武器を放棄した俺は今や丸腰。一方の相手は武装している。つまりこの状況、相当やばい。
だが俺は何とかする男。こんなところで諦めるわけにはいかんのだ。
「そいつが王子ってわかってるってことは、中央の誰かの差し金か。王子誘拐か暗殺目的ってとこか」
とりあえず喋って時間を稼ぐんだ。考えろ、何とかするんだ、俺!
「ふん、部外者の貴様が知る必要などない」
剣もそうだが、斧なんてそうそう都合よくそこいらに落ちているものではない。斧じゃなくてもいい、長い棒の先にぶん回せる何かついてるものでもあれば・・・あ。あれならいけるかも。まずは、隙を作らねばならない。俺は曇天を見上げて、不気味な笑みを浮かべてみせた。
「あんた達知ってるか?こんな天気の日は…あいつがくるかも知れないぜ」覆面どもが若干ざわつく。
「言わせておけ。どうせハッタリだ」
王子を捕らえている、リーダー格らしき覆面が言う。
そのとおり、ハッタリだ。だがこのハッタリに俺は全てを賭ける。
「稲妻あるところに現れる、近寄るだけでも危険なあの幻獣…そう、こんな歌と共にやってくる」
俺はおどろどろしい声で歌い出す。
「ゲン ゲン 幻獣サンダーポメラニアン」
珍妙な歌に覆面たちが失笑する。だが俺は怯まない。
「雷鳴と共にワオーン「ワオーン」
見ると王子が、一緒に歌い出していた。顔は真剣そのものだ。
「山の谷間にワオーン「ワオーン」
空がますます暗くなってきた。
「触るとビリビリ刺激的」
ドロドロドロドロ…雲から重低音が響いている。
俺たちのいる場所の頭上にだけ黒い雲が渦巻いているのだ。
「あっという間に感電死」
異変に気づいた覆面リーダーが、にわかに焦りだす。
「や…やめろ、その不気味な歌を今すぐやめるんだ!」
もう遅い。俺はニヤリと笑うと、最後のフレーズを歌い上げた。
「危険 危険 かわいいけれど危険なポメちゃん 幻獣サンダーポメラニアン!」
ビシャーーーン!
来たっ!!狙い通り、ウソから出たまこと!巨大な毛玉が、俺たちの前に姿を現した。俺たちは、幻獣サンダーポメラニアンの召喚に成功したのだ。
覆面たちが動揺している。この時を待っていた!俺は走り出すと先ほどから目をつけていた「頭上注意」と書かれた看板を思い切り引き抜いた。
長年の鍛錬で体に染みついた(いやこの身体には染みついてはいないんだが)斧術の構えをとり、王子を押さえている覆面リーダーの脳天に看板を渾身の力で振り下ろした。看板は覆面リーダーの脳天にクリーンヒットし、覆面リーダーは地面に倒れ伏した。
ま、このヒューマンの肉体では、獣人のこいつには大したダメージは与えられないだろう。それに一刻も早くチクワを村に持ち帰らなければならない。俺は解放された王子に向かって叫んだ。
「ここは俺が時間を稼ぐ、早く行け!」
王子は頷く暇も惜しんで駆け出した。
斧での攻撃は切り裂くだけじゃない、質量で叩き潰す戦い方だってある。刃物じゃないからってなめるなよ。俺は看板を構え直し、後を追おうとする他の覆面どもを牽制する。先ほどは不意をついたからうまくいったものの、形勢は未だ圧倒的に不利。だがやるしかない。俺はなんとかする男だ。なんとかしてやる。その時だった。
まばゆい光と共にピシャーッと轟音が響き渡り、俺の手元に衝撃が走った。
なんとか持ち堪えてから目を開けると、看板が光り輝いていた。さしずめ“ライトニングトマホーク”ってところか。まあ実際は看板なんだけど。
傍らの毛玉を見やる。
「力を貸してやるからぶちかませ」とそのつぶらな黒い瞳が語っていた。見た目静電気で膨張した毛玉みたいなのに、なかなか粋なことをする。
「やったろうじゃねえか」
斧、じゃなかった、看板を上段に大きく振りかぶり、大技の構えをとる。「疾風迅雷、舞え綿毛!サンダーポメラニアンスラッシュ!!!」
即興で技名を叫ぶ。即興ながらちゃんと提供元へのリスペクトを忘れないところが俺なりの気遣いだ。横一直線に薙ぎ払うと、無数の小さな稲妻の獣が奴らに襲いかかった。おお、かっこいい演出。覆面どもは煙を挙げて一斉に倒れた。息はあるようだが、身体が痺れて動けないらしい。おし、これで当面の足止めはできそうだ。
俺はサンダーポメラニアンと一緒に、王子の後を追った。
急げ俺!電光石火のスピードで!くらいのつもりで駆け出したら、予想を超えて速すぎて、危うくつんのめりそうになった。サンダーポメラニアンの電気を帯びたことでこの身体の活動能力が上がっているようだ。だが、身体のパフォーマンスは向上しても、脳の方までは強化されていなかったので、動体視力が置いてきぼりになっている。
「ちょっ…危ねえ!ぶつかるぶつかるぶつかる!!こええええぇぇぇぇ!!!」
自分で走っているのに暴れ馬から振り落とされそうになっているみたいな絶叫をあげながら、俺は王子の後を必死に追いかけて走った。急いだのには訳がある。追手は一組とは限らないからだ。
「ほらやっぱりまだいたあああああぁぁぁ!!!」
絶叫のままに俺は王子に肉薄していた覆面を轢いた。言い間違いでも書き間違いでもない、文字通り轢いたんだ。勢いづいて自分でももう足が止まらない今の俺は暴走機関車みたいなもんだから。俺に撥ねられた覆面は見事な弧を描いて跳んでいった…はずだ。そこまで見届ける余裕が俺にはなかった。止まらない俺はその勢いのまま王子を素早く抱え上げると、チクワの洞窟行き直通特急と化した。辿り着くまでに何回か覆面を撥ねた気がするが、あまり感知できていない。そもそも暴走特急の進路に立ち入ってくる方が無謀というものだ。チクワ洞窟に辿り着いた頃には、電気による肉体強化の効果は切れかかっていた。無茶苦茶な動かし方をしたせいで、俺の全身は軋んで悲鳴をあげていた。洞窟の入口でとうとう俺は動けなくなった。王子が俺に駆け寄った。
「俺のこたぁいいから…早いとこ、チクワを持って帰れよ」
「でも…賊がいる危険な場所に、こんな状態のあなたを置いてはいけない」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ。俺を誰だと思ってるんだ。何とかする男だぜ?ここまでだって、ちゃんと何とかしてきただろ?」
「そんなこと言ったって…ここまでしてくれたあなたにもしものことがあったら、ぼくは…」
王子が声を詰まらせる。もう、いい子なんだから。
「お前さんが間に合わなかったら、それこそ俺の頑張りが無駄になっちまう。頼むからここは行ってくれ」
俺はいつの間にか意思疎通ができるようになっていた幻獣と視線を交わした。
頼む、サンダーポメラニアン、王子を守ってやってくれ。
サンダーポメラニアンは、任せろというようにキャンとひと声あげると、その毛玉の中に王子を包み込み、あっという間に姿を消した。
よし、これでいい。ひと仕事終えた後はやっぱり心地よい感覚だ。最後まで見届けられないのが少々残念ではあるが。ま、あとは俺が何とかしなくても、何とかなるだろう。
俺の意識は、深い闇の中へと吸い込まれていった。
「おーい、そろそろ起きない?」
聞き慣れた相棒の声に引っ張られて、俺の意識は浮かび上がった。
「あー…すまん、ちっと寝過ぎたか」
俺が起き上がると、いつもの相棒の姿があった。相棒は近くでもいできたであろう木の実を齧りながら、俺にも同じものを手渡してきたので、ありがたく受け取った。
「なあ、俺の顔、いつもと同じか?」
夢にしては妙に生々しい感覚が残っていて、ちょっと不安になって訊ねる。
「ん?いつも通りおっかなくてむさ苦しい顔だけど。変な夢でも見た?」
そんな俺に相棒はいつも通りへらへらと笑って返す。
「ん…まあな。疲れる夢だった」
俺は身支度を整えて立ち上がると、相棒と連れ立って歩き出した。
「な…なあ、お前のおっかさんて、今どうしてるんだっけ」
唐突で変に思われようが、俺は気になって仕方ないことを訊かずにはいられなかった。相棒は一瞬きょとんとした後、呆れ声で言った。
「今から会いに行くところでしょ。昨日話してたのもう忘れたの?」
それを聞いた瞬間、俺の脳裏に突然記憶が蘇った。蘇ったというより、なかった所に書き加えられたような唐突さがあった。だがその違和感はその瞬間だけで、すぐに前からあったものとして俺の中に落ち着くのだった。
「ああ、そうだったな、すまねえ。まだちっと寝ぼけてるらしい」
ただの土の地面だった村への道は、きちんと舗装されていて時の流れを感じさせた。俺の感覚ではさっきまでそこを走ったり歩いたりしていたので、妙な感じだった。
「お久しぶりですね、坊ちゃん」
獣人の村のはずなのに俺たちを出迎えたのは、老年に差し掛かったヒューマンだった。その顔に俺は既視感があった。そう、川の中で覗き込んだ己の顔。
「なあ、この人って・・・」
ほぼほぼ確信めいた気持ちを抱きながら相棒に訊ねる。
「この人は僕の命の恩人だよ」
や っ ぱ り か !俺のガワの人、実在してたんだ。
「・・・よかった、元気そうで・・・かなり無茶させちまったから・・・」
「お!?猫さん、なに泣いてんの!?気持ち悪っ!」
だって・・・心配だったんだ。ま、気持ち悪いのは認める。
「ダンジョンのトラップか何かに引っかかったんでしょうね。記憶を失ってさまよっていたところ、坊ちゃんとお会いできたのは私にとっても幸運でした」
おかげでこの村でずっとご厄介になって、この歳まで無事に暮らせてますからね、と俺の(元)ガワの人は語った。もしかすると元々記憶喪失で自我が不安定だったから俺が中に入れたのかもしれないな。むしろ俺が乗り移ったせいで記憶喪失になったのでは、という一抹の不安もあるが。まあ、今幸せそうだからよかったということにしておこう。
「坊ちゃん。母上に会いにいらしたのでしょう?ご案内しますよ」
ガワの人(元)は俺たちの先に立って歩き出した。
「さあ、着きましたよ」
俺たちの目の前には、ポツンと建てられた小さな墓がひとつ。
―というビジョンが一瞬見えたが、それはすぐに消えた。
俺たちの目の前には、上品なたたずまいのご婦人が立っていた。目元が相棒によく似ている。
「立派になりましたね」
「はい。友人であり、師でもある彼のおかげです」
俺は相棒が見たことのないようなパリッとした態度でご婦人に答えているのを目の当たりにして、呆気にとられていた。考えてみれば元王子なんだからそれくらいの芸当できるはずなんだが、普段とのギャップがあまりにも、えと、その・・・。その時の俺は相当なマヌケ面をしていたのだろう、ご婦人から(・・・え、コイツが?)というような怪訝な目を一瞬向けられてしまった。しかしさすがは元王子の母、すぐに気を取り直して、俺の方に向き直った。
「王位継承権を捨てて冒険者になるといいだした時には、どうなることかと思っていましたが、どうやら杞憂だったようです。これからも息子をどうか、お願いいたします」
俺はその言葉に頷きながら強烈な違和感を覚えていた。俺の記憶では、相棒は王位を捨てたのではなく、計略にかかって命を狙われたのを利用して、王子としての自分を葬ったはずだ。これは間違いない。なぜならその時に俺たちは出会ったのだから。しかしその記憶の上に、別な形での新しい情報が重なってくる。どうやら、俺は過去を変えてしまったようだ。
この日はそのまま村で歓待を受けた。俺は賑やかな接待に少し疲れて、この村名物の七色に輝く毛玉たちのパレードを少し離れたところから一人で眺めていた。
現在が変わってよかったじゃないか。亡くなっていたはずの相棒のお袋さんは今も元気で、相棒ともこうして会うことができている。相棒も側近に裏切られて国を追われるなんて目に遭うこともなく、自らの意思で自由を手に入れた。今の方がいいに決まっている。
それなのに、こんな寂しい気持ちになるのはおかしいだろう。
俺は俺の覚えている過去を、相棒が覚えていないことを残念に思っている。俺はなんて身勝手なんだ。相棒に合わせる顔がない。
「どしたの、こんなとこで」
気が付くと、相棒が隣に座っていた。
「飲みすぎたみたいでな。少し酔いを醒ましてた」
俯いたまま答える。
「ふーん。酔ったにしては辛気臭いねえ。酔い覚ましにウカレポンチキノコでもたべる?」
思わず顔を上げると、俺と視線の合った相棒はニヤリと笑った。
「あのさ」
空に視線を移して、相棒は言葉を続ける。
「子どもの頃助けてくれたのってさ、実は猫さんでしょ」
素直に肯定するのが少し怖くて、俺は咄嗟に否定する。
「んなわけねえだろ。当時俺だってガキだったんだから。なんでそう思うんだ」
「いや、見た目はあの人だったけど、振る舞いはどう考えても猫さんだったよ。その後のあの人はなんとかする男、なんて一度も言わなかった」「・・・夢だと思ったんだがなあ」
俺は頭を抱えた。
「知らないうちに過去を変えるなんて、とんでもないことしちまった」
「僕ね、あの時の猫さんに憧れて冒険者になろうと思ったんだ。だから斧使いになったんだし」
「・・・まじか」
ええ・・・めっちゃ照れる。おもはゆい、ってこんな気分か。
相棒はいつになく穏やかで優しい口調で続ける。
「猫さん。いつもなんとかしてくれて、ありがとう。子どもの時のこともだし・・・あのとき、家臣に嵌められたあのときも、一緒に闘ってくれた」
「おい!それって・・・」
今の相棒には存在しないはずの記憶だ。
「忘れるわけないじゃない、僕の世界が一気に開けたあの時のことを」
こんなこと、あっていいのかよ、と俺はつぶやいた。
いろんなことが、なんとかなりすぎでこわいくらいだ。