酒と涙と剣士とエクスカリバー(ピコピコハンマー物語)
我は待つ。我と心通わせる者が顕るを。その者だけが、我を此処から引き抜くことができるであろう。
自我が芽生えたのはいつのことであったか。降り積る落ち葉のような記憶の底の底。我は何者かの手にあった。血湧き肉躍る冒険。満たされていた時代。
しかし、かの者の手から我が離れる時がきた。岩に突き刺され、墓標となった我は最早剣としての役目を捨てた。剣としての我の力を求めて訪れる者の手を、我は悉く拒みつづけた。
そうして幾星霜。名声を轟かせたかの者の墓も忘れ去られる程の歳月が経った。
選ばれし者にしか抜けない剣。手にできる者はこの世を救う勇者その人である。
などという根も葉もない伝説が仕立て上げられ、我は信仰の対象にまでなっていた。
違うのだ。我は選ばれし勇者など待ち望んではいない。此処に在るのは単なる意志ある剣。友を失い、その顔を思い出すことさえ能わぬ程の歳月を、世を拗ねて無為に過ごしているだけのくだらぬもの。
…ああ、また我を連れ出そうとする者が訪れたようだ。無駄な事を。
我は永劫に此処から離れる気はない。過去の輝かしい記憶の夢を見続けることがしみったれた我には相応しい。我を此処から連れ出せるものなら連れ出してみるがいい。…否。本当は連れ出して欲しいのかも知れぬ。
新しい訪問者は我の柄を握り、引き抜こうと
…はしなかった。
その代わりに、あろうことか何か液体を振りかけてきたのだった!
不思議と、その液体は懐かしい匂いがした。
神官の声が聞こえる。
「神聖な剣に何をするのですか!」
訪問者の声も聞こえる。
「目の前に置いてるだけじゃ酒は呑めないだろう。捧げるってのはこうするんだよ」
そう、奴が我に振りかけてきたのは酒であった。なかなかの美酒である。我も酒の味くらいわかるのだ。そこでふと記憶の底からゆっくりと浮き上がってくるのは、戦いの後の平和な時間。かの者は、自分の呑む酒を我にも振舞ってくれたものであった。そして酒のあては・・・
かの者の他にも剣に酒を呑ませるなどという突飛な者がいるとは。我は訪問者に俄然興味が湧いた。長いこと閉ざしていた視界を、ゆっくりと開く。
我の視界に飛び込んできたのは、大皿を膝に抱えながら胡座を描いて酒瓶をラッパ呑みしている人物だった。鎧を着込んでいるところをみると、おそらく剣士であろう。
「おかしいな、こんなに盛るつもりじゃなかったのに」
ぶつぶつ呟きながら、剣士は大皿を我の方にずい、と突き出した。
「多すぎる。食べるの手伝ってくれ」
皿の中には、大量のコロッケの山が湯気を立ててそびえ立っていた。
行く末を見守っていた神官たちは、驚愕の声を挙げた。
これまで何人たりとも引き抜くことの出来なかった聖剣エクスカリバー。
その聖剣が、大盛のコロッケを前にして、小刻みに震え出したかに見えた。
そして。
聖剣は自ら岩から抜け落ち、地面に倒れ伏した。
剣の刃が濡れていたのは、先ほど破天荒な剣士が振りかけた酒であったか。
あるいは。
ー完ー
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