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死者の婚礼
若い娘が男を知らないまま死ぬと悪霊になる。
そういう言い伝えがこの地方にはある。
ある未婚の娘が亡くなった。
あっという間のことだった。
「このままでは悪い霊になってしまう。死者の婚礼をしなくては」
若き当主である娘の兄は、死んだ妹の花婿を友人や知人たちから募ることにした。
かわいい妹のためである。
一夜限りの結婚のため、金銀財宝を山と積み、嫁入りの持参金とした。
「さあ、誰か。我が妹の花婿に」
しかし名乗りをあげる者はない。
いくら相手がうら若い令嬢とはいえ、死人を抱くのは気味悪い。
「では、もっと金品を与えよう。望みがあれば叶えよう。土地でも地位でも願いのままに」
気前よく、家来や召使いたちにも尋ねたが、皆はかぶりを振るばかり。
*
困惑した当主は寺へ相談に出かけた。
不浄である死も、清浄な仏僧であれば太刀打ちできると、ものの本にあったことを思い出したからである。
「どうかお願いいたします。清く正しい僧侶様。この寺のどなたか、妹の花婿になってくださる方はございませんか」
当主は頭を低くした。
「妹はなんの罪も犯していません。不遇にも夫を持たないうちに命を落としただけなのです。なのに、このままでは悪い霊になってしまうという。こんな不幸はありません。どうか妹を救って下さい。どうか、どうか、僧侶様」
「残念ですが、できません」
と、僧たちは口を揃えて言った。
しかし当主は引き下がれずに、
「清く正しい僧侶様。これは淫犯ではありません。可哀想な妹を救うためのことなのです。我が妹の花婿に。お慈悲でございます、僧侶様」
僧たちがこれに応えて言うのには、
「よく見てごらん、若者よ。ここにいるのは老僧ばかり。慈悲の心で励んでみても、ありていに言って、たたないものはたたないのだよ」
若き当主は文字通り天を仰いだ。
「ああ、哀れなる妹よ!」
*
こうしているうちにも死体はどんどん腐ってゆく。
良くないことに季節は夏だ。
腐敗も早い。
急き立てるように蝉が鳴く。
しかたなく、若き当主は山に分け入り、卑しい猟師のあばら屋の戸を叩くはめになった。
説明すると、猟師はふたつ返事である。
どうやらこういうことは初めてではないらしかった。
猟師は代価として革袋ひとつ分の銭を要求し、当主は黙ってそれを渡した。
*
妹の婚礼はその夜と決まった。
なにごとも急いで行われなくてはならない。
なにしろ少々匂いはじめている。
こればかりはすでに調えられていた宴席がさっそく設けられた。
いやな役目が自分たちに回ってこないと知って胸をなでおろした招待客たちは、ただ酒にありつこうと、あつかましくもいそいそと列をなしてやって来た。
今夜が婚礼の披露宴、明日はそのまま通夜へと移り、その翌日には葬式が行なわれる。
儀式には酒がつきものであるから、客たちは少なくとも三日は滞在して飲み食いするつもりに違いなかった。
召使いたちは忙しく働いて、家は活気に満ちている。
まるでこれが本当の慶事で、弔事など全くなかったかのように。
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