日本人の知らない、日本のファッションの明るい話
「日本が世界に誇れるもの」と聞いて何を連想しますか?
ぱっと思い浮かぶものとしては車のトヨタ、ホンダ、電気のソニー、パナソニックなどではないでしょうか。これらの企業は世界的にも成功していて海外へ行っても日常的に製品を見かけることができます。
では、私がいるファッション業界で世界に誇れるブランドは?
業界の人間としては、一番に名前があがるのは「コム・デ・ギャルソン」ではないでしょうか。
私はヨーロッパに行くことが多かったのですが、どこの国のセレクトショップにもギャルソンは入っていました。また、有名なヨーロッパのデザイナー中にも創始者である川久保玲氏の影響を受けた人がたくさんいます。ギャルソンが依然として日本の誇るNo.1のファッションブランドであることは疑いようがありません。
過去2回のnoteでは、ファッション業界のシリアスな影の部分を書いてきました。今回は私の本来の性格と同じ、ポジティブな光の部分について触れてみたいと思います。
世界に評価される日本の生地メーカー
ファッション業界の人であれば知っている人は多いのですが、いま日本の生地メーカーは世界で非常に注目されています。
経済産業省のデータでは2017年の段階で生地や糸の輸出額は台湾に次いで世界7位(2016年時点で9位)であり、既にフランスやイギリスなどの倍になっているのです。
図:各国の織物輸出額(2017年)(単位:100万ドル)
「Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成
日本には世界的に有名な生地の産地がいくつかあり、世界のラグジュアリーブランドや高感度セレクトショップにも取り入れられています。
世界の有名ブランドに採用されている岡山のデニム
まず有名なのは岡山県倉敷市にある児島地区です。ここはデニムの産地として国内だけでなく世界的にも有名になっています。生地づくりはもとより加工や縫製まで行っています。
実際に「グッチ」や「ディオール」「ルイ・ヴィトン」など、そうそうたる世界のラグジュアリーブランドにも使われているのです。また、アメリカやヨーロッパでは製品のタグに「メイド・イン・オカヤマ」と付けられるほど品質や技術の高さが評価されています。
身近な例として、私のアパレル時代の元同僚が「ディオール・オム」のデニムの生産を受けていてその後オリジナルブランドを立ち上げ有名になっていました。
ものづくりにこだわる人が正当に評価されていくのは嬉しいことだと思います。また、児島地区には地元で小さくてもこだわっているブランドが数多くあります。
パリのセレクトショップにも並ぶ今治タオル
愛媛県の今治市も日本有数のタオルの生産地として有名です。2006年からクリエイティブディレクター、佐藤可士和氏のディレクションのもと、存亡の危機にあった今治タオルが高級ブランドとして復活を遂げたのは有名な話です。
タオルになる生地の事を「パイル」と呼ぶのですが、私の知っている会社はそのパイル生地を「シャネル」などにも販売しています。
今治タオルはパリの高感度セレクトショップなどにも置かれていて、それを見た日本のセレクトショップのバイヤーが今治に買い付けにくるなどの現象が起きています。
今治タオルに関わる人は非常に職人的な人が多く、モノづくりに対しても真摯でまじめな印象があります。
世界三大ウール産地のひとつ、尾州地区
日本最大のウール産地として有名な「尾州地区」は、愛知県と岐阜県にかけた木曽川流域にあります。イタリア、イギリスと並んで世界の3大ウール産地の一つであり。数をあげればきりがありませんが、たくさんの海外ブランドに販売しています。
日本の持つウール独自の染色技術や加工技術はイタリアやイギリスにないものとして非常に注目を浴びているのです。
私が以前知り合いだった生地屋さんも10年以上前から積極的に海外の展示会などへ参加しており、そういったコツコツとした地道な営業活動が今の評価につながっていったのだと思います。
私も以前、海外ブランドからオファーがあり、その生地屋さんの生地で作った自分のサンプルを展示会用に貸し出したこともあります。
注目度の上がる日本独自の生地=合繊生地の産地、北陸地方
最後に最近人気の生地としては、福井、石川、富山を中心とした北陸地方があります。ここは合繊生地で有名な産地です。
合繊生地とはポリエステルやナイロンなどの機能性のある生地のことです。従来は「ナイキ」や「アディダス」などのスポーツブランド用として多く使われていたのですが、最近では多くのファッションブランドが取り上げるようになり、海外でも「プラダ」や「モンクレール」「セリーヌ」などのそうそうたるラグジュアリーブランドも使っています。
石川県にある合繊生地の加工メーカーも特殊な加工技術で世界的に評価が高く、たくさんの海外ブランドに生地を提供しています。
実は合繊生地は日本独自のコンテンツであり、ヨーロッパにはないというのが最大の強みになっています。
以前は、ポリエステルやナイロンなどの生地はウールやコットンなどの天然の風合いを重視するヨーロッパのデザイナーからは安物として敬遠されていたのですが、今ではその常識はくつがえされてデザイナーブランドでもたくさんのスポーツライクな商品が見られるようになっています。
機能性や快適性を求める動きは世界的になっていることから、これからますますニーズが高まる可能性があります。
サステイナビリティーという追い風
新たな追い風も吹いています。一つは、サステイナビリティー(持続可能性)の流れにより環境に配慮した原料や製造方法に関心が高くなっていることです。日本は他国に比べ、エコロジー素材が豊富で生地の開発にも長けているのです。
こうした日本の生地メーカーが注目されているわかりやすい例としては、毎年2回、2月と9月にパリで行われる世界的な生地の展示会「プルミエール・ヴィジョン」での活躍があります。
この展示会で、2017年には和歌山県にあるニット生地メーカーが世界一の栄冠に輝いたこともあるのです。
今まで紹介したような産地以外にも現在も残る生地メーカーの人達は、前々回のnoteでも触れた縫製の現場の人達と同じように国内での様々な問題を抱えながらも、将来に向けての生き残りをかけて必死に戦っています。
こういった産業も厳しい状況であることは間違いありませんが、大量生産とは違う、想いを込めたものづくりが評価されているところが確かにあるのです。彼らの努力を惜しまない姿勢には頭が下がる思いになります。
ファッション業界以外の方にもぜひ、こうして世界と戦っている日本の生地産地があるのを知っていただき、応援してもらえたらと思っています。
世界に注目されつつある日本人のファッション感度
ファッション感度についても、じつは世界から見ても日本人への評価は高まっています。
日本は良くも悪くもヨーロッパほど服の歴史がなく、セレクトショップなど日本独特の文化によって東京などでは世界のあらゆる国の服を見ることができます。私はヨーロッパやアメリカしか知りませんが、こんなにいろいろな服が見れる店がたくさんあるのは本当に日本だけだと思っています。
世界的に評価されつつある日本の若いデザイナー
最近、パリコレクションなどにも日本の若いデザイナーの人達が多く参加しており、賞をもらうなど評価されている人も増えてきています。
アンリアレイジ(ANREALAGE)の森永邦彦氏やサルバム(sulvam)の藤田哲平氏などが注目されています。
若いデザイナーの人達がチャレンジしていく姿は頼もしいし、これからもっと活躍していく人があらわれていくのではないかと感じています。
また、パリやミラノ、ロンドンなどの高感度セレクトショップに日本のデザイナーブランドが置かれているのは珍しいことではなくなりました。
私自身、昨年もパリとミラノに行き、1週間かけていろいろな店を見たものの買いたいと思う服がほとんどなく、最後にやっと見つけていいなと思って購入したら日本のブランドだったという笑えるような話もありました。
日本は「日常のファッション感度」が高い
最近では、日本の若い人の日常的なファッション感度が上がり、むしろ日本のストリートでの着こなしが何年か遅れてラグジュアリーブランドに取り入れられているような感もあります。
30年前に私が初めてイタリアやフランスに行ったころなどは、日本のファッション業界など全く相手にされず、生地や製品をたくさん買ってくれるただのいいお客さんとしかみられていませんでした。実際お店に入ってもパリなどでは、明らかに日本人に対して差別的な視線を感じたことを今でも鮮明に覚えています。
それが今では、ラグジュアリーブランドのデザインチームがお忍びで日本の原宿にリサーチに来ているという噂までたつようになったのです。実際、昨年には高円寺の路上でバンドマンが「バレンシアガ」のモデルにスカウトされたというニュースが話題になったこともありました。
これは昔を知っている人間からすれば隔世の感で、非常に感慨深い思いがあります。
パリで成功する日本の意外なブランド
先にあげた「コムデ・ギャルソン」以外にもビジネス的に成功しているブランドは他にもあります。
カッコいい和テイストで受け入れられる「無印良品」
海外で成功しているブランドの代表として「無印良品」があります。
フランスへ行ったことがある方はご存知だと思うのですが、パリでは「MUJI」という名前で展開しており、既にパリ市内では何店舗も展開していてシンプルで高感度なブランドとしてパリっ子に認知されています。
価格帯も日本より少し高めで、お店のイメージもヨーロッパ人から見た「和」の部分をカッコよく表現しています。私も日本では無印の商品はあまり買わないのですが、思わず衝動買いしてしまいたくなるような空間になっていました。いかに人がただモノを買っているのではなく、情景や空気感を感じながら買い物をしているのだという事を身をもって体験した瞬間でした。
「MUJI」はパリ以外にもイタリア、イギリス、ドイツなどヨーロッパ各地に展開しており、やはり人気になっているようです。
日常着として人気の「ユニクロ」
もう一つは前回のnoteでも触れた「ユニクロ」です。ご存知の通りユニクロも積極的な海外展開をしており、パリのユニクロもオペラ座近くのいい場所に店を構えて、人気のブランドになっています。
「MUJI」に比べると日本の価格設定とほぼ同じくしているので高感度ブランドというよりも節約家であまり服にお金をかけないフランス人の日常着として人気があるようです。
ユニクロもパリ市内に既に複数店舗があり、フランス以外にもイギリス、ドイツ、などのヨーロッパ各国、更にはアメリカなどにも積極的に展開していっています。
日本メーカーの「品質へのこだわり」という武器
これらの日本のブランドがどうして海外で人気があるか? 私なりの考えでは、品質へのこだわりが差になっているのではないでしょうか。同じ縫製工場を使っていてもこだわりのレベルが高く、完成品の品質が異なるのです。
自分の仕事で中国の工場にも行くのですが、同じ縫製現場でフランスやオランダ、ドイツやアメリカなどの欧米各国のブランドの商品を見ることがあります。あくまで私の個人的な見解ですが、ラグジュアリーブランドなどは別としても、欧米ブランドに対しては日本の消費者だったらクレームにつながるようなものがどんどん出荷されているのです。
おそらく、良くも悪くも細かい部分にこだわる姿勢は日本人が世界一でないかと感じます。工場の現場においても、日本のブランドへの品質のこだわりが明確に意識されていると思われます。そういった日本人のブランドに対する品質への信頼感が世界から評価されつつあることも、要因の一つだと思っています。
ただし前回のnoteで書いたとおり、大量生産の影では過酷な労働環境といった問題もあります。そこでさらに品質にも厳しいというのは現場従業員にとっては辛いことですから、品質という武器は武器として保ちながらも、健全性とうまくバランスの取れる経営が求められることは言うまでもありません。
海外に日本のセンスと品質を輸出し、服で世界を面白くしたい
昨今厳しい状態が続く日本のファッション業界ですが、影の部分だけではなく今まで挙げてきたように光もあると思っています。前々回のnoteでも伝えましたが、今後のメイドインジャパンのためには海外市場を積極的に視野に入れる必要があります。
EPA(経済連携協定)というチャンス
今までは海外へビジネスとして進出するにも関税という大きなハードルがありました。日本で仮に普通の値段でも海外で売れば高級ブランドになってしまうという問題です。
しかし、今年の2月1日に日本とEU間でEPA(経済連携協定)が発効されました。EPAとは外国との間において、貿易の自由化のみならず経済関係全般の広い分野にわたり連携を強化することを目的とした協定ということになります。このことにより、今まであった高い関税の壁が撤廃されて海外の人たちにもっと日本の服を着てもらえるチャンスもでてくるのです。
日本発で、海外にもっと日常ファッションを楽しむ文化を
これは私自身の思いですが、30年以上ファッションに携わってきて最近感じ方が変わってきました。若い頃は海外に行くとファッションショーや高級ブティックなど華やかな場に目がいっていたのですが、最近では年齢のせいか街中を歩いている日常の風景、生活している人々、そういったありふれた情景が以前より気になってしまうのです。
イタリア人やフランス人は日本で雑誌のスナップなどを見るとみんなオシャレであるかのように思ってしまうのですが、街を歩く人たちの中には着こなしがちょっとダサかったり服が機能的でなかったりということがあります。オシャレを楽しむ人とそうでない人の差が激しく、もったいないと思ってしまうのです。
日本から、こうした日常におけるオシャレというものがもっと発信していけるのではないでしょうか。そして、日本のデニムや化繊といった独自の生地、こだわりをもった品質というのはちょっとした日常を彩り、長く人々に馴染むものとして実は相性が良いのではないかと考えています。
もちろん、モードな分野の第一線で海外を目指す若いデザイナーの人達の活躍はこれからも応援したいと思っています。しかしそれ以上に、人々の当たり前の日常がその服を着ることで変わる、楽しくなる、そして面白くなる。そんなことができたらいいなといつも考えています。
私自身としては、ユニクロのような大量生産ではなく、服好きの人だけのためでもない、「日常と非日常の間」「日常とハレの日の間」といったような、実用性だけでなく着ると気分が上がったりする、ファッションが本来持つ楽しさも取り入れた服。そんな服をつくっていきたいと考えています。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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