241108 エチュード ホ短調 作品25-5
こんばんは、いかがお過ごしでしょうか。
今日はいい歯の日らしいです。そういえば11月は大体いい○○の日と言われていて
それが11月の一番良いところなんじゃないかと思います。11月にかかればどんな日もいい○○の日になってしまう。
そんなわたしは今日、歯医者さんの予約の時間を間違えていてそれに気付いた時にはもう時間が過ぎてしまっていて
受付の人に電話で平謝りしながら予約を延期してしまった。
何がいい歯の日じゃ(т т)
しかしわたしは、少しばかりの申し訳なさを感じただけで電話を切った瞬間からはもうその申し訳なさすら頭から消えてしまっていた。
どのような感情も、刹那的だと思う。
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通っていた塾は4階建てで、1階は職員室。4年生からしか入れなくて各学年に二つずつレベル別のクラスがあった。T1、T2と名付けられていたけれどそのTが示すのはなんなのか、未だにわたしは知らない。
ちなみにどこかのタイミングで女の子はT1に入れなくなる。なぜならT1クラスの子たちが目指すのは有名な男子校ばかりで、女の子はどれだけ成績が良くてもその男子校には入れないからだ。当時、わたしには仲の良い女の子がいて、しかし仲は良いけれど成績を常に争い合うライバルでもあった。いつも試験ではあと一歩のところでその子に届かない。わたしの方がこの校舎に来たのははやかったのに。そして遂にその子は女の子なのに例外としてたった一人T1クラスに入ることになる。
わたしは先生に「お前は悔しいという感情がなさすぎる。それが成長を妨げている。」と怒られた。確かに悔しかったか、と聞かれると分からないけれども。勝てない勝負をしないのは負けたくないからで、負けるのは悔しいというよりは恥ずかしかったのかも。幼いながらにわたしはどれだけ頑張ったってその子に追いつける気がしなかったし、負ける度にいちいち傷付いてたらやってらんないんだもん。いつしかわたしはその子に勝ちたいとも思わなくなったし、その頃から他人と自分を比べないように務めるようになった。否応なしに比較され常に順番を叩き付けられる世界にいるのにも関わらず。もしそこでわたしが悔しさを持ち合わせていて、その子に負けないようにずっと努力を重ねて、
たとえばわたしが上のクラスに入れていたら。わたしにも特例が適用されていたら。もしかしたらわたしはもっと今よりもずっとマシな人間になれていたかもしれない。
しかしわたしはランク争いから一歩引いて俯瞰して見ることで逃げた。そのくせちゃっかりT2のトップを死守して涼しい顔をして1番前の右端の席で頬杖をついていた。教室の1番前の列に座れるのはそのクラスのトップ6人だけ。必死にもがいてT1の後列にいるより、のらりくらりしながらT2の一番前にいる。その方が格好がつくと思っていたのかもしれない。
それで満足していたんだと思う。
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たった一度だけその件の彼女を打ち負かす機会があった。受験期直前。小学六年生の冬。既に追い込みがかかっていてクラスのみんなが目元にクマをつくっていた。
当時日本で一番偏差値が高い中学は男子校で、塾ではそこの過去問を全員が解いて、その年の合格基準点を超えた生徒の名前だけを廊下に張り出すという通過儀礼的イベントがあったのだ。何の奇跡か、それともそれまで積み重ねていた努力が正しく発揮されたのか、運が良かったのか。わたしは合格基準点を満たし、尚且つ女子はたった一人わたしだけだったのだ。廊下に張り出された名前を見てわたしは驚いた。あの子の名前はなくて、わたしの名前はある。そのとき住んでいた世界では勝ち負けが当たり前で、自分の番号や名前があるというのは安堵や喜びの象徴だったはずなのに。
なぜかわたしは何も感じなかった。確かにそれで志望校に受かる保証がされたわけでもないし、過去問で合格基準点を取れたからといってわたしは女の子で、本番でその男子校を受験することすら叶わない。
だけどそれでもあのリストに名前が入るのはその塾では光栄極まりないことだったはずだ。
小学六年生のわたしはどうして何も感じなかったんだろう。それとも何かを感じていたのに知らないふりをしたんだろうか。
わたしはその時からどうすれば自分が満たされるのか、わたしを満たしてあげられるのか探すようになってしまった。たとえば親や先生に褒められること。試験に受かること。いい点数を取る事。コンクールで賞を取ること。わたしはいつから自分の気持ちを封じるようになってしまったんだろう。
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次に大々的に自分の名前が大勢の前で貼り出されるのを見たのは受験本番の合格発表だった。これに受かればもしかしたら。わたしは何か、喜びを感じられるのかもしれないと思っていた。
努力をしたら結果が出る、のは多分当然なんだと思う。勿論努力をしても結果が出ない世界は沢山あるんだけど、少なくとも勉学の世界においては努力をすればするだけ比例して点数は必ず上がる。だけどわたしはどんな点数を叩き出してもどんな順位だったとしてもそれがわたしの努力の結果だとは何故か思えなかった。わたしは勉強をやらされているだけで自分から死ぬ気で努力をしたわけではなかったし、自分で掴んだものだという実感がなかった。もしかしたらそれが結果を素直に喜べない理由だったのかもしれない。
わたしは1位で合格して、わたしの受験番号の横には華々しく花の飾りがつけられていた。親も、学校の先生も、塾の先生も珍しく手放しで褒めた。
だけど、あの子は自分の手で粛々と努力し遥か先を歩いていてそしてわたしが諦めたもっと偏差値の高い学校に合格した。
自分と誰かを比較してしまうといつも惨めな気持ちになってしまうから、わたしは他人よりも何かを頑張っているという自信がなかったから、
だから比べないように、わたしはわたしでいようと務めていたはずなのに
無意識に他人と比較して勝手に惨めになっている自分に気付いてしまった。
とても恥ずかしいな、と思った。
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今の時代は合格発表なんてネットで見られる。大学の合格発表の時には既にそうだった。だからわたしはわざわざ2時間半かけて大学まで行って掲示板まで見に行く必要はなかったし、現にわたしが知るより先に母親がわたしの合格を知っていた。
だけどたとえば
わたしは掲示板にわたしの番号が存在していることだけが何かを成し遂げた証であると思っていたから
その目でまた掲示板を見れば心が動くんじゃないかと思ってどうしても確かめたかった。きっと人生で最後の掲示板だと思ったから。
予想通りわたしの番号はそこにあって、わたしはまた踵をかえして2時間半電車に揺られた。人生がもし100年あったとして、18年というのはほんの2割にも満たないはずなのにもうここからわたしの人生を巻き返すのは無理だろうと思った。帰りの電車の中でわたしはかつての恩師の言葉を、それからライバルだったあの子を、思い出していた。わたしは何のために努力をすれば自分で頑張っていると実感できて、何を賭して、何に打ち負かされれば「悔しい」と思えるのだろうか。そんなことをこれから毎日嫌でも見ることになるであろう車窓を眺めながら考えた。2時間半は途方もないくらい長くて、こんなことなら家でネットで見ればよかったと後悔した。
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喜びも、怒りも、悲しみも、悔しさも、ありとあらゆる感情がわたしの中で刹那的に過ぎていくばかりだ。
きっと昔は、小さい頃はそうじゃなかったはずなのに。わたしが自分のプライドを傷付けられないために土俵から降りることを決めてしまった罰なんだろうか。
美味しいご飯を食べることも、可愛い服を着ることも、好きなアニメを見ることも、音楽を聴くことも、幸せなことのはずなのにいつだって何かが足りなくて、
頬が痛くなるほど笑えるようになってもいつも何か、ほんの少しだけ足りなくて
その足りないものがなんなのかわたしは今でもずっと探している。もうわたしを証明してくれる掲示板は存在しないし、幸福な毎日の中でそれを思い出してしまうこともある。
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足りないことは駄目なことなんだと思っていた。わたしははやく自分に足りていないものを見つけて完全になろうとしていた。完全では無いわたしが愛や平和を説くのは滑稽だと思っていた。
しかしそんな足りないわたしをきみは愛していると言う。好きだと言う。ありがたいと言う。
いつもわたしだけがわたしを愛してあげられなくて、そんなのは勿体ない。
今でも勝てない勝負はしたくないし、悔しいから見返してやろう、的な感情が生まれることも少ない。
外野の否定的な意見はなんか言ってら、とすぐスルーしてしまうし、うわあ…と思うような良くないことに出会ってもそれに対して動じないことに矜恃を持っている。
そしてそれはとても足りないことだ。きっと死ぬまで満たされないだろう。
そんな足りないわたしをきみは好きだと言ってくれるのだ。人は愛されることよりも愛することの方がずっとずっと難しいはずなのに、きみはいつもわたしに愛されることを望む前に愛してくれる。だからわたしも、愛されることより愛することの方がずっとずっと難しいと知っているけれどきみがわたしを愛するよりもきみのことを愛したいし、足りないわたしを可愛がってあげたい。
それだけが今、わたしが唯一自分の時間や、体力や、心を使って出来る事である。これから先残っている人生の時間を全部使って出来る唯一のことだ。
掲示板に番号が載ること、コンクールで賞を取ること、何かを成し遂げること。もうそれらが出来る日が来ないとしても。
だから、わたしの中に日々生まれゆく沢山の感情が刹那的だったとしても心が動くことがライブ以外に何一つなかったとしても
それってまあまあ激ヤバ人生だなあ~と笑っちゃう日があっても
まあいいか、と思う。
駄文失礼した!ほな!
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![一ノ瀬恵麻](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/155905688/profile_f5b80a7447c9f1fb11c76b821eb1fc5a.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)