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約束破り

少し前のお話。



上司に呼ばれたのは定時15分前。
その日はできる限り早く帰りたい日だった。
「今日こそ早く帰るからね」と約束したのに。
それなのに、会社を出たのは20時前。
日はとっくに暮れて、真っ暗。
空には一番星どころではないたくさんの星。

「帰らせてくれ」なんてとてもじゃないけど言えなかった。

約束を破ってしまったことの罪悪感と半ば諦められていることの悲しみと、そういうものがごちゃまぜになった帰り道。

子どもが小さい時からそうだ。
約束した時に限って残業になって帰れない。
約束なんてしなきゃいいのに、「はやく帰ってこれる?」「今日は早くお迎えきてくれる?」と言われるたびに、約束してしまうのだ。
みんな帰ってしまって、ひとりぼっちで遊ぶちいちゃな背中を保育園の外から何度見たんだろう?

結局、私は母親の自分より社会人としての自分を優先しているということなんだろう。

家に帰ると冷蔵庫の中に手作りのお菓子が入っていた。
塾行く前に作ってくれたんだね。
だから、今日は早く帰ってきてほしかったんだよね。
ごめんね。

大切なものを大切にできない時、
私は私を大嫌いになる。

働くことによって犠牲にしていることは、自分が思っている以上にたくさんあるんだろう。
愛情をかけて育てているつもりでも、子どもは愛情に飢えているかもしれない。
家にずっといたら、愛情に飢えることはないのかと言えばそんなことはないのもわかっている。
でも、私はずっと自信がない。

子どもは「思いやりのあるやさしいこ」
そう言われてきた。
保育園の先生も、学校の先生も、子どもを知る人はみんなそう話す。
でも、それがもしかしたら本人の心を守るための方法なのだとしたら?
無理して我慢しているとしたら?
私自身がそういう子どもだったから、ふとした時にそんなふうに思ってしまうのだ。
親を怒らせたくない、嫌われて捨てられたくない、そうしていい子ちゃんのフリをしていたから。
そんな私のことをみんな「やさしい」と言う。
この考えこそが歪んでいるのだけど。

疲れすぎてるね。
寒くて疲れて空腹な時に考えることはろくなことはない。

子どもはやさしい。
それは間違いない。
私が甘いの好きだから、
疲れてるの知ってるから、
恥ずかしい年頃だろうに図書室でレシピ本借りて、
作ってくれてたんだよね。

ありがとう。

いつもいつも助けられて、
いつもいつも君に救われてる。

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