豊かさを支援するビジネスデザインとは
今、私は、豊かさを支援するビジネスを作ろうとしています。この記事では、豊かさを支援するビジネスの必要性とそのアプローチに関する研究を紹介します。
最近、ウェルビーイング、マインドフルネス、ミニマリズムなどの言葉をよく耳にするようになりました。これまでは、ものやお金などの量で測られがちだった豊かさですが、内面的な豊かさがこれまで以上に重要な時代であるように感じています。
一方、日本の精神的な幸福感が大変低いと言われています。子どもは38カ国中37位の最低レベル、大人もG7のなかでは最下位、OECDのなかでは36カ国中32位というデータがあります。
私は、昨年まで、世界一幸せな国に選ばれたフィンランドに留学していました。フィンランドにいたころは、「豊かさってなんだろう?」、「どうして、フィンランド人はこんなに幸せと言われるのだろう?」と考えながら暮らしていました。
アアルト大学での修士論文では、「豊かな意味をもつサービスのデザイン」をテーマに、心理学の教授やPentagon Designというデザイン会社のアドバイザーのもと研究もしていました。
日本に帰国後、フィンランドでの学びをベースに、豊かさを支援するビジネスデザインを進めており、開発中のサービスをテストしています。そこで、豊かさを支援するビジネスデザインについてまとめようと思います。
1. 多様な領域で注目を集める豊かさ(well-being)
日本語でいう内面的な「豊かさ」を英語に置き換えた近い概念として知られる「ウェルビーイング」について紹介します。
ウェルビーイング(well-being)とは、病気がない・無気力がないなどのゼロに近い状態ではなく、身体的にも、精神的にも、社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます(日本WHO協会を参照)。
ウェルビーイングと聞いて想像する個人の生活の質(Quality of Life)や健康(Health)だけでなく、近年は様々な領域で注目を集めています。
a. 企業経営や組織マネジメントの文脈では、従業員がウェルビーイングでいられる組織文化や環境を作ることが、組織の活性化、生産性の向上、しいては、経営パフォーマンスの向上に繋がるとの考えが普及しています。経済産業省の進める健康経営銘柄の選定は有名ですし、楽天のように、Chief Well-Being Officer (CWO)を設けて全社的にウェルビーイングな組織を醸成する企業が増えていると感じます。
b. ブランド力を高めるという観点では、ウェルビーイングを戦略の1つとして考えている企業も出てきました。例えば、ウェルビーイングに特化したプロダクトを展開するPattern Brandsというブランドも登場しています。
c. ライフスタイルとしてのウェルビーイングに対する憧れが、そのブランドの裏にあるように感じています。日本でも、ウェルビーイングなライフスタイルを感じられるマリメッコや、イッタラ、アルテックといった北欧ブランドが人気です。また、日本からもikigai(生きがい)という概念について書かれた本が世界でベストセラーになったり、断捨離を勧めるこんまりさんのメソッドが注目されています。
d. 事業機会の観点からは、世界的にトランステックと呼ばれるヒトの内面の進化をテクノロジーによって促すという領域が存在し、潜在市場規模は数百兆円とも言われいます。GAFAや多くのスタートアップがトランステックの領域に次々に参入しています(詳細はシリコンバレーで毎年開かれるTrans Tech Confereceの資料を参照)。
2. 今私たちが豊かさを求める社会背景
このように、近年ますます注目を集める豊かさ(Well-Being)ですが、私たちはどうして、これまで以上に豊かさを求めるのでしょうか。
社会背景を考えてみると、私たちが生きている時代は、人生の選択肢が多様化していると捉えられます。例えば、スーパーでのお買い物や、次の休みの旅行先、どこに住まうかなど、選択の自由が増える一方で、選択肢が増えることによる面倒さを感じたことはないでしょうか。
社会心理学者のBaumeister (1997)は次のように述べています。
「現代社会の多様性は、絶対的な価値観の探求を困難にさせている。我々の先祖達が強く信じていた価値観、それは、伝統であったり、宗教であったりが、社会の現代化に伴い、弱体化している。そして、どんな価値観もそれを救うことはできていない。選択肢が増え、多様化する価値観というコンテキスト(文脈)のなかでは、正しい「意味」から、来る正しい方向性を見定めることが最も難しいことである。」
「選択のパラドックス:なぜ少ない方が豊かなのか」の著書で有名な心理学者のBarry Schwartsも以下のように述べています。
「社会とテクノロジーの急速な変化は、人生おいて「意味」を見失いやすくさせている、我々自身は、何が自分たちの人生にとって、豊かなのか分かっていない。先代達は、年をとるにつれて自然と答えを見つけて行った。なぜなら、変化がそれほど頻繁ではないなかで方向性を見つけることができたし、明確で安定した制度文化の中で、簡単に規定されてきたからだ。」
つまり、生活から人生に関することまで多様化する選択肢のなかで、「私にとって、何がmeaningful(豊か)なのだろう?」という問いに対する答えが見つかりにくく、私たち一人一人が定義していく時代だと考えられます。
フィリプスの論文と友人デザイナーの資料を参考に
大きな社会変化を考えてみると、モノからコトの時代と言われるように、私たちは標準的なものではなく、自分のライフスタイルに合う体験を求め、現在はさらに多様化が進み、その人なりの「意味」を求める時代に入っていると言われています(参考:体験経済ーエクスペリエンスエコノミー)。
このように、私たちは、価値観の多様化、選択肢の多様化を経験しながら、めまぐるしい速度で変わる社会変化のなかで、自分なりの「豊かさや意味」を見失いやすい時代を生きているのではないでしょうか。さらに、新型コロナウィルスによる繋がりの希薄化、生活圏や価値観の変化などが重なった今、新しい豊かさや意味を見つめ直していく必要があると考えます。
3. 豊かさを支援するビジネスデザインの研究
フィンランドで研究していた「自分なりの豊かさを支援するサービスデザイン」のアプローチについて、ご紹介します。
アプローチの方向性としては、意味のイノベーションと呼ばれる、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンディ教授が提唱した新しい価値を提案する商品/サービス開発手法に着目しました。
意味のイノベーションとは、機能や見た目だけでなく「プロダクトやサービス体験を通じて、新たな情緒的・心理的価値を提案するイノベーション手法」のことです。
フィンランドで豊かさを支援するデザインを実践している方々から学んだ、エッセンスとしては、創り手である個人の内から溢れる想い(私の場合は、内面的な豊かさを支援すること)を形にするという内から外へのアプローチを基本にしながら、社会変化の兆しに基づくビジョンであったり、ユーザーの価値観が調和する形のサービスを作っていくことでした。
さらに、この図にまとめたように、ユーザーの内面的な豊かさを支援するという意味をもつプロダクトやサービスをデザインしていくためには、心理学や社会学の分野で研究されてきている人間が心理的に価値を感じるコア(例えば、達成感、没頭感、繋がり、ストーリー性など)をベースにして、届けたい顧客やユーザに合わせていくことが重要です。
具体的なアプローチについては、▼こちらの記事にまとめました。
4. 豊かさを支援するビジネスデザインの取り組み
最後に、2019年に帰国後、取り組んでいる豊かさを支援するビジネスデザインについて、そのアプローチを簡単に紹介しようと思います。
実践するにあたり、私の内なる想いをビジョンに落とし込もうとしました。フィンランドで感じた豊かさのヒントをベースに、様々な人と話したり調査をしながら、言語化していきました。フィンランドでの豊かさについては、こちらの記事でまとめています。
British Council Double-Diamond Process
一般的に知られるデザイン思考のような、ユーザーのニーズ調査から始まるアプローチでは、ユーザー自身も曖昧であったり、内面的な豊かさというセンシティブなテーマゆえ、対話するユーザーを探すのも難航しました。
それでも、知り合いをたどってユーザーの話を聞いていくと、私が課題だとまとめたのは、「ユーザー自身も自分にとって何が豊かなのか曖昧であること」でした。「2. 今私たちが豊かさを求める社会背景」で書いたような何となくモヤモヤするという課題感が多く、自分なりの豊かさとは何かに気づくことが大切そうだと感じました。
そう考えると、いくら理論的に正しいといっても、心理学の豊かさの理論を一方的に押し付けてはいけませんし、豊かさとは人それぞれであり、「どうすれば、その人なりの豊かさを引き出して支援していけるのだろうか」ということが事業機会になりそうだと考えました。
さらに、コーチングのように1対1で向き合うタイプのサービスではなく、大勢の人が体験できるようなものにしたいと考えていたため、一人ひとりの豊かさを引き出すパーソナルな体験を創り出したい、でも、大勢の人に体験を提供したいという矛盾を抱えていました。
突破口となったのは、フィンランドで出会ったある日本の友人との会話からでした。彼は、私がフィンランドで、豊かさを支援するサービスデザインについて研究をしていたことを知っており、その参考となる事業を運営している会社の代表と繋いでくれました。
ベルガンティ教授の意味のイノベーションにもあるように、個人の想いから出発するビジネスデザインは、友人や同僚との対話の中で、意味が生成され専門家との繋がりのなかで、磨かれていき、最後にユーザー届けるサービスへと落とし込んでいきます。
私のケースでも、友人との対話から始まり、既にこの分野で10年以上事業を続けている会社の代表との密なコラボレーション、シリコンバレーで活躍するトランステックの専門家ネットワーク(trans tech academy)に入りながらユーザーに届けたい豊かさを支援するサービスを構想してきました。
実際の実装にあたっては、ビジョンを共有する素晴らしい方々とともに遂行しています。
「多くのアイデアは、芽が出た場所より、他人の頭に移植したほうがよく成長する。」ースウェーデン式 アイデア・ブックより
この言葉のように、内から発想する想いも、様々な人の想いと調和していくことで、よりよい形になっていくものかもしれません。
私が今取り組んでいるサービスは現在テスト中です。いつか本格的にリリースした際に、ご紹介できればと思います。
最後まで読んだいただき、ありがとうございます。
Cover Photo: taken in Otaniemi, Espoo, Finland