Aalto大学IDBMでのデザイン教育の特徴(2/2)
フィンランドのAalto大学でのデザイン教育の実際についての後編です。
前編の記事はこちらです。
今回は、IDBMで教育する具体的な専門分野、卒業生の進路、入学前は気がつかなかったIDBMの良さについて、まとめようと思います。
IDBMで学ぶ専門分野
次の3つの専門領域がコアだと理解しています。
1. DESIGN THINKING & MINDSET(デザイン思考とマインドセット)
2. CREATIVE LEADERSHIP(クリエイティブリーダーシップ)
3. CHANGE AGENT(変化を起こすための組織心理学)
1. まず、デザイン思考について。
デザイン思考は理論やアプローチを勉強するとともに、実践する中でマインドセットを合わせて身につける教育プログラムとなっています。
最近、「Design Thinking is Bullsh*t (デザイン思考なんてクソ食らえ)」という題名の記事が話題になりました。この記事では、デザイン思考の表層だけを捉える傾向を批判していました。数日のワークショップを行っただけでマスターできるものではなく、デザインとは本来もっと深いものだ、というような内容を主張していたと記憶しています。
この記事の思想と同じように、唯一絶対のデザイン思考の「型」なるものが存在するのではなく、デザイン原則を押さえた上で、会社やプロジェクト、チーム毎に最適なデザイン思考をチューニングして使っていくことが大切というIDBMの教育思想が現れていると思います。
2. CREATIVE LEADERSHIP(クリエイティブリーダーシップ)について。
リーダーシップと聞いて思い浮かべるのは、声を出してチームを指揮していくような力強いリーダー像かと思います。IDBMでは、よりフラットで柔軟なリーダーシップスタイルを学びます。
リーダーシップの特定の「型」を勉強するのではなく、プロジェクトを通して、個性や強みに応じたリーダーシップを発見していきます。例えば、Shared Leadership(チーム内でそれぞれの強みの分野でリーダーシップをお互い発揮する)やEmpowerment Leadership(自由闊達でクリエイティブな言動へのモチベーションを上げる)など種類があり実践から学びます。
もう1つ例を挙げると、Psychological Safety(心理的安全)という概念を学びます。これは、リスクを取る、革新的なアイデアを発言する、という勇気ある行為をモチベートする心理的な安心感のことを指します。この心理的安全をチーム内でどう醸成していくか、など理論を学びながら実践します。
3. CHANGE AGENT(変化を起こすための組織心理学)について。
IDBMに特徴的な専門分野(近年IDBMが力を入れている)で、Change Management (変革管理)と呼ばれている分野です。MBAなどマネジメント教育では必須の領域だと思いますが、IDBMではデザインに関する変換管理を学ぶことができます。
この領域が重要である背景として、近年、デザインを経営の上流に取り入れることが、企業の競争力となることが認識されてきている一方で、実際にデザインを組織内にインストールするためにはどのようにしたらよいか?という大きな課題があるかと思います。
IDBMでは、その変化をもたらすChange Agenetになるためにはどうしたら良いか、理論とケースから学ぶことができます。主に、組織心理学が基礎となり、企業文化の変革に成功した企業のケーススタディなどを通して学びます。
以上3つのコアに加えてIDBMでは、ビジネスモデルデザイン、人間中心のデザイン、ストーリーテリングなどについて、主専攻として学びます。
卒業生の進路
卒業後のキャリアとして、HPには以下のような職種が書いてあります。
サービスデザイナー / ビジネスデザイナー / デザインストラテジー / プロダクト開発 / マーケティング / クリエイティブディレクター / トレンド分析
私の周りでは、サービスデザイナー、デザインストラテジスト、イノベーションコンサルティングが人気のキャリアだと思います。
他には、起業する人もいますし、大勢の人がスタートアップや成長中の中小企業で、職種問わず働いている印象を受けます。
また、デザイン「マネジメント」教育であることから、職業経験を持った人がほとんであるため、同じ職種に戻ってマネジメントへのキャリアを進む人も多いそうです。韓国の会社から派遣された人で、新規事業のプロジェクトマネージャーとしてキャリアアップしたという話も聞きました。
留学してから気がついたIDBMの「良さ」
最後に留学して気がついたIDBMでのデザイン教育の「良さ」についてもまとめておきます。
- 希望に応じた授業が全学部から選択できる。上記であげたIDBMの授業は、全体の半分でしかありません。残りの半分は、自分の希望するキャリアに応じた授業が選択できます。サービスデザイン、プロダクトデザイン、ビジュアルコミュニケーション、起業家教育などなど。
- 希望のテーマで希望する指導教官の元、修士論文が書ける。日本の研究室のように、ノルマがあったり、テーマに制限があったりしません。キャリアの希望、人生の興味関心に沿って、研究を進めることができます。
- デザインを積極的に公共に取り入れている。資本主義の色が強いアメリカと比べて、早くから公共にデザインを取り入れています。また「北欧モデル」と言われるソーシャルイノベーションを生み出す仕組みが発達しており、授業にも公共関連のイノベーションプロジェクトが多々あります。
- 起業家教育と環境が充実している。ベンチャープログラムなる教育が提供されており、起業家育成に特化した授業を受けられます。(詳細)また、スタートアップがヘルシンキに多く存在していて、アクセラレータープログラムであったり、世界最大のスタートアップの祭典(スラッシュ)もヘルシンキで開かれます。
- 働きながら学べる。学生の途中でもインターンシップやパートタイムで働きながら勉強を続けたり、フルタイムで働き始めて経験を積んでから勉強に戻ってくることも可能です。逆に、在学中に企業で働き始めたり、起業をして卒業しないという人も少なからずいるようです。
- 個性豊かなメンバーが集まっている。同期をはじめ先輩、後輩を見ていて、個性豊かで、人を楽しませることが好きな人たちが集まっていると感じます。知識・スキル、経験、モチベーションの3つがプロフェッショナルに必要と言われていますが、1番育てにくいのがモチベーション。面白いメンバーとプロジェクトを通して学ぶことはこのモチベーションを育てるために有効な手段かもしれません。
以上です。ホームページの情報だけではイメージが湧きずらいこともあると思います。この記事が少しでも参考になれば嬉しいと思います。
写真:アアルト大学図書館。エンジニアで起業家のHarald Herlinさんにちなみ、Harald Harlin Learning Centerという名称の施設です。