複雑なビジネスモデルデザインに必要なフレームワーク紹介
フィンランドでデザインマネジメントやビジネスデザインの修士を取得してから1年ちょっとが経ちました。
実務で事業を開発していくと、その領域にどっぷりと浸かることになるので引いた目線でもう一度学び直しをしたいなあと近頃、考えていました。
早速、先月末から、IDEO-UのService Designのコースと、デルフト大学のビジネスモデルデザインのコースをオンラインで受講しています。
この記事では、オランダのデルフト大学の"How to Design a Successful Business Model"というコースでの学びを共有したいと思います。
特に、単純なビジネスモデルキャンバスに止まらず、複雑なビジネスモデルをデザインする場合や、オープンイノベーションが必要な場合、また、ICT領域での新しいビジネスをデザインする場合など、発展的な内容についてのフレームワークが参考になりました。
フレームワークという言葉には、その型にはまらなければならない不自由な印象があり、これまで頼りにしてきたことはあまりありませんでしたが、フレームワークの元にある考え方は、先人たちの知恵処ですので、実際のビジネスデザインに役立つ思考法があると捉え直しています。
最小限のビジネス要素"who/what/how/what's in it"
ビジネスを考える際に、真っ先に思いつくのは、ビジネスモデルキャンバスではないでしょうか。
ビジネスモデルキャンバスのテンプレート
図式化することでビジネスで重要な9つの要素の関わり方を明らかにするためのフレームワークで、9つの要素である「顧客セグメント」「顧客関係」「提供価値」「チャネル」「収入構造」「費用構造」「業務活動」「経営資源」「提携先」を1つの図で表すことができます。
一方、最初にビジネスを考え始める時には、どこから考え始めていいのか分からなくなったり、要素が多すぎて、ビジネス初期の段階では、全てを埋めることは難しい場合もあると思います。
ビジネスを考える際にできるだけシンプルに発想するためのフレームワークとして、WHO / WHAT / HOW / WHAT's IN ITという4つの基本的な要素があります。
WHO:誰がお客様なのか (customer segment)
WHAT:どんな価値を提供するのか (value proposition)
HOW:どうやってつくって、届けるのか(how to create, and deliver value)
WHAT's IN IT: どうやって、お金をいただくのか(profit and revenue)
この4つのブロックに分けて考えていくだけで、ビジネスを考えることになります。
ビジネスデザインでよく名前の挙がるデザイン思考やリーンスタートアップなどで語られる「ユーザーと提供価値」から始めるという思想に、そって考えていくと、まずは、WHO、WHATを考えていくことになります。
ユーザーと提供価値は、CSVP(Customer Segment, Value Proposition)と略されることが多く、顧客発見といった新規事業開発の初期フェーズで、重要な要素です。
価値のデザイン value proposition design
誰にどんな価値を提供するのかを決めていくことが、ビジネスモデルの重要な要素の1つであり、その価値のデザインをみえる化するツールとして、value proposition canvasがあります。
顧客はドリルが欲しいのではなく、穴が欲しいのだ、で有名なジョブ理論を考えると、最初に、顧客はこのプロダクトやサービスを通じて、成し遂げたい目的、つまり本質的なニーズを捉えます。
次に、そのジョブを達成するために、ペイン(ネックとなっていること)を解消するのか、あるいは、ゲイン(手助けできること)を提供することで、価値が創造されるという考え方です。
そのペインとゲインに対して、自分たちが提供しようとするプロダクトやサービスは、どんな滋養効果(gain creators)と、鎮痛剤(pain reliever)を提供しようとしているのか、その顧客 対 価値を1つの図で可視化するツールとなっています。
例えば、Airbnbのケースであれば、泊まるところを見つけ予約することが、ジョブだと考え、Gainが休日を楽しむこと、Painは楽しく泊まるところを見つけるのが難しかったり、価格が高いといった具合に考えられます。
Customer Jobについて。Airbnbのケースであれば、泊まるところを見つ
顧客がお金を支払うに値する「価値」を創造できるかを再確認したり、顧客理解から(顧客のgainまたはpain)発想するか、提供価値(サービスのgain creatorsまたはpain reliever)から発想することで、新しいビジネスの価値をデザインすることができます。
注意点としては、この顧客が期待するgainやpain、サービスが提供する価値はあくまでもスナップショット(ある時点でのもの)であるため、随時、アップデートしていくことで価値が陳腐化するのを防ぎ、顧客を満足させていくことが大切です。
共創によるビジネスモデル開発のツール
ビジネスモデルキャンバスは広く知られていますが、複数のパートナーが絡むビジネスを立ち上げる際には、ビジネスモデルキャンバスでは不十分だと考えられています。
そこで用いられるのがSTOF Modelと言われるビジネスモデルのツールです。
サービス、テクノロジー、組織、収益の4領域の頭文字をとっています。
ビジネスモデルキャンバスとの主な違いは次の3つです。
1. 1社ではなく、プロダクトやサービス全体のイノベーションを主軸
2. ICT(情報通信技術)を活用する場合に適している
3. イノベーションに欠かせないパートナーとの共創を実現すること
例えば、Spotifyのビジネスについて、4領域それぞれ図式化したものが下図です。
このように、顧客や提供価値、届け方などを図式化したものがサービス領域であり、それを実現するための技術の関係性を示したものがテクノロジー領域、パートナー企業との関係性を示したものが組織領域、最後に、お金の流れを示したものが収益領域となります。
ビジネスモデルキャンバスでは表現しにくい複雑なビジネスモデルについてデザインをしたり、今あるビジネスを改善する際に役立つのがこのSTOFモデルだと考えられています。
また、今の時代、1社でイノベーションを起こすというよりは、複数社が協力して、イノベーションに取り組んでいくという事例が増えています。そのため、パートナー同士の価値のネットワークを図示化することが大切です。
図のようなバリューネットワーク(value network)を、手に触れることができるモノ(tangible)と、データなどの目に見えないもの(intangible)の流れを可視化することで、パートナー間での役割や提供価値の明確化、オープンイノベーションの加速につながります。
ICTビジネスに特化したツール
近年、多くのイノベーションが生まれている領域として、ICT(情報通信技術)があります。ICT特有のビジネスに特化したビジネスモデルのツールとして、VISTORモデルと言われるツールがあります。
V : Value Proposition(顧客層と価値)
I : Interface("ワオ"となるようなタッチポイントや体験)
S : Service Platform(サービスが運営されるプラットフォーム)
O : Organizing Model(ビジネスのプロセスとパートナーの関係性)
R : Revenue Model(収益モデル)
デジタルビジネスの場合、ビジネスモデルキャンバスでは重視されていないユーザー体験であったり、そのユーザー体験を可能とするプラットフォームであったり、複数の関係者によってサービスを提供するそのプロセスや関係性といった視点が重要となってきます。
このフレームワークは1つずつ詳細に記述していく使い方ではなく、今考えているビジネスの全体を見回して、そのビジネスがワーク(機能)するかどうかを分析していくために有効です。
また、この領域の研究者であるOmar El Sawy氏は、VISORモデルは、ビジネスモデルキャンバスと比べて、より"直感的"であると形容しており、それはこのVISORモデルにあてはめて、構想しているビジネスを見渡すことによって、どの部分が強みになったり、弱みになっていたりといったところが見えてくると考えられます。
自分の中に6つの視点を持つためのツール
最後に、自分自身でビジネスモデルをブラッシュアップしていくための思考ツールをご紹介します。
ご存知の方も多いと思いますが、6 thinking hats(6つの思考の帽子)を用いて考え方です。
イノベーションは"多様性"から生まれると言われたり、デザイン思考でも、ビジネス・テクノロジー・デザイン領域に強みを持つ人達がコラボレーションをすることで、新しい価値となるビジネスを生み出すことができるという思想があります。
6 thinking hats自体はどこかで聞いたことがあるかと思いますが、6つの異なる視点を自分の中に持ち、その異なる切り口から、構想しているビジネスをアップデートしていくためにも使うことができます。
まず、白色の帽子は、事実とデータに基づき、今のビジネスモデルを言語化していきます。この事実をベースとして、次に、黒色の帽子を被り、その危険性や悪い情報、リスクなどを考え出します。
黄色の帽子では、ビジネスのメリットや良い情報、価値などについて記述していきます。赤色は、直感的に考えて、このビジネスに対してどんな感情や気持ちを抱くのかを書いていきます。最後に、緑色の帽子では、アイディアや可能性を考えて、創造的に新しいことを考えていきます。
この6つの帽子思考法で、今考えているビジネスについて記述してみることで1人では考えつかない視点が得られますので、アイディアに詰まった時、壁にぶつかった時に試してみてはどうでしょうか。
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ビジネスデザイン系の仕事をしている方に聞くと、私が留学していたようなヨーロッパ系のスクールでは、フレームワークは最小限にとどめ、自分でやりながら見出していくことを大切にする一方、米国では、フレームワークを最大限に活用して、どんなシーンに対しても質を揃えて、ビジネスデザインを実践できるようにするという特徴があるそうです。
私のようにフレームワークをあまり重視していなかった人も、ビジネスモデルという抽象的な概念設計を取り扱うため、たまには、フレームワークに立ち戻ってみるのも、前に進めるために良いのかもしれないと思いました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
写真:パリ旅行中に撮影