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七夕・身近な方に感謝をする

今日は当たり前のことを書きます。
家族や先祖を大切にしよう。その存在に感謝しよう。
です。

特に親。なんにもしてくれなくても存在してるだけで、その分強くなってるものです。失くしてみたらきっとどれだけ支えになっていたかを知るのでしょう。これもまた当たり前ですね。

うちの例で言えば、今から20年前に亡くなった父のことです。威張っていてなんでも言っちゃう傍若無人な男でした。

亡くなってみて気づいたのは、私たちの代弁者だったのかもしれません。ほんとはみんな「嫌なやつ」と思ってる親戚に、言い過ぎなくらい言ってくれていたこと。
亡くなってしまえば、嫌なこと言われて言い返す父に自分を重ねてスッキリしていたので、そんなに嫌わないで済んでいたことがわかりました。
それに強い態度の父の下にいることで安心もしていたのかもしれません。

それから義父。
お元気だった時はみんなから「何もしないで好き勝手やって」と言われていたけど、亡くなってみたら、負の出来事をひとり担って終わらせていった縁の下の力持ちだったことがわかりました。
なにか悪いものを吸収して大きな癒しを作り出すような方だったのかもしれません。

そこで気づくのです。ああ私たちは決して別の個人ではなかったのだと。

亡くなって気づくのは本当に惜しいものです。
いる間は特に親には、甘えてしまって言いたい事をぶつけてしまう。あれが嫌だったこれが嫌だったと。いや、言いたいことをぶつけるのはそれでも良い。それよりも「感謝も伝えることを怠る」ことのほうが惜しいと思うのです。

七夕の今日。
もう自分の一部になってしまっているような、家族に支えられていた部分。生きているとなかなかわからないけれど。
あの人のおかげで孤独の姿が少し隠れていることを意識してみませんか?

七夕の本来の意味

また、七夕とは「七」の日の「夕」と書きますが、これは7月7日の夜のこと。十五夜(=15 日の夜 / 満月)になる手前の「上弦の月」を意味します。上弦の月の頃は「あの世」と「この 世」が半分ずつになる日と言われており、両世界の境目が曖昧になる日が7日です。つまり、上弦の月から始まって十五夜まではご先祖様達がこの世に存在する日。十五夜、すなわち満月になればまたあの世に帰っていきます。このことからもわかる通り、七夕とは本来ご先祖様を供養する盆行事だったのです。
引用:トクバイニュース