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ねじり鉢巻の神さま

はじめに

 おかーさんになってみると、自分より年上の人も偉い人も子どもの時こうだったんだろうなと透けて見える時がある。自分もおかーさんになりきらないし。そういう視点と周りの男の人達から聞く父親との確執を混ぜて、ポンと出てきたおはなしです。

大雨の日の決別

 ずぶ濡れでボクは言った。力を極力抑えた声で。「もう、いいよ。お前とは二度と遊ぶ約束をしない」それを聞いて涙ぐむヒロト。雨の中、約束の時間にヒロトの家に行ったのにアイツは呼んでもちっとも出てこなかったんだ。その間ずっと寒くて、帰ろうとした時にヒロトが出てきた。途中雨宿りしながらも30分は待ったように感じた。

 「ちょっと遅れただけじゃんか。それも、母ちゃんと宿題のことでケンカしてたのに『ケンちゃんと約束があるから』って振り切ってやっと出てきたんだ。母ちゃんは『今出て行くなら帰ってこなくていい!』ってカンカンだったのに。なあ中に入って約束してたゲームで遊ぼうや。寒いだろ?」

 鼻水だして泣きながらヒロトはそう言ったけど、ボクはもう最後の言葉を聞かないうちに、自転車で走り出していた。風がごうごううねる大雨の中を。

 顔にびしゃびしゃ雨を浴びて、パンツが冷たく張り付いた足を必死で動かしながらずっと考えていた。また大切にされなかった。こないだもそうだ。ボクは不当に扱われたいろんな出来事を思い出しそうになっていた。だけど全部振り払った。

(でもいんだ。そんなこと忘れてしまおう。シャワーみたいで気持ちいいじゃねぇか!)と、いつもの調子で鼻歌を歌い出す。あぁ晴々とした気持ちだ! でも胸がギューっと痛い。顔には大粒の雨が吹き付けていた。それを拭ったら大丈夫。ボクは強い。

ねじり鉢巻の神さま

 早く帰って忘れてしまいたい、とスピードを早めた次の瞬間、ぐいっと首の後ろを掴まれて、ふわっと放り出される感覚で身体が浮いた。(あぁ、雨で滑ったんだ、やっちゃったぁ)とぎゅっと目を閉じた。そしてどっし〜ん… っと来ないので、恐る恐る目を開けると、そこには!

 赤いねじり鉢巻に赤い丸メガネ。とにかく全身赤い格好のオジさんが釣り竿を持って立っていた。なんと、その針の先にはボクの洋服の後ろが引っかかっている。

(は?意味がわからない…)ボクは目と口を開いたまま、ただただ赤いねじり鉢巻のオジさんを見つめる。オジさんの方もまたニヤリとしながら「あらま〜コイツはなかなかの大物っすね」と言う。
 やっと口を動かして「誰?」と聞いた。
 赤いねじり鉢巻のオジさんは「は? 神さまでございますよ、どもー」と、まるで当たり前かのように言った。

 2秒考えて「いやいやいや、神様って言ったら白い布を着て、杖でしょ持つなら!」と鼻で笑ったけれど、もう雨も降ってないし見慣れた道じゃないから、ここはやっぱりあの世? なのかな? そういえば身体も全然濡れていない。

 ねじり鉢巻の神さまはヤレヤレ仕方がない、とでもいうように「見え方は人それぞれなのよ。ケンちゃんがそう見たかったのがこの姿なんじゃない?」と言い終わると、身体をよじらせながら「オレだって、もっとオシャレなんが良かった〜!」と口をとがらせてる。

「ボクの見え方⁈ そんでなんでボクの名前知ってるの? まあいいや。で、なんなの?」ぶっきらぼうに聞いてみると、ねじり鉢巻のオジさん神さまは手で片目をふさぎ、片足でトントン飛んで見せてこう言った。

 「片側の世界しか見えてないって言われたらどんな気分? もう片側を見てみたくなる? それとも… いつまでも雨に濡れるたんびにカナシサに包まれる世界にいる?」

 「はあ? 何言ってるんだ⁈ 雨に濡れたら誰だってこれ以上ないってくらい最悪な気分になるものだろ? つまりそういう状況にさせる人間ってことはボクのことを大切に想ってない奴ってことなんだよ!」

 するとオジさん神さまは声を裏返しながら笑って言った。「そぉ〜んなことないない! ヨーロッパの国では雨に濡れても慣れてるからへっちゃら〜で、なんも気にしない。逆に傘を持ち歩くほうが面倒だと考える人も多いんす」髭を触りながらおどけてる。

 「はあ? ここ日本だし! あんた片側の世界って言ったな。ああ、じゃあそのボクの知らない『カタガワの世界』見せてみろよ。」

 そこまで言われたら、急にモジモジしだすオジさん神さま。真面目な顔で「ちょっと怖い部分もあるんだけど… 大丈夫?」と言った。

「はぁ? 見せたいの? 見せたくないの?」

「… 見せた方がいいのよな!」
じゃ、そぉ〜れいっと!
 オジさん神さまはポップな感じで、また釣竿を振り回してボクを宙に投げ飛ばした。着いた先は、またすごい雨。目を凝らすと古い家だった。懐かしい感じがする家。ああ、これはボクが小さかった頃に住んでた家だ。そうだこの日のこの雨…。

 家に入ると、心が温かくなるような懐かしい男の人が目に飛び込んできた。前は一緒によく遊んでもらったボクの父さんだ。今は一緒に住んでない。母さんと隣町に引っ越してからは。

 父さん!と呼び出そうとして、心がギュッとして涙が出そうになった。代わりに、今より小さなボクがずぶ濡れでやってきて…

思い出したあの日

 この日のことは覚えている。わざわざ自転車で20分もかけて会いに行ったあの日。途中で降り出した雨でずぶ濡れになったボクに、会えたことを喜ぶ前に、心配して優しく気遣ってくれると思った。温かいお風呂に入れてもらって、もちろん泊まって長い思い出話でもしようと思ってた。

 だけどなんと父さんは、びしょびしょのボクをチラリと見ただけで、無言でテレビの野球中継を見ていた。ボクはいろいろ話しかけたけど、返事もろくにしない。

 居たたまれなくなって「帰るよ」って声をかけてみた。父さんは何も言わなかった。傘がないこともさっき話したのに。もう一度「帰るよ」と言ってみた。引き留めるだろ? 引き留めてよ! だけど、返ってきたのは、力なく「んー」と言った空返事だけ。


 心がギューっとして何か中途半端な気持ちのまま、ドアを開けた。まさか引き留めるだろ? ボクは最後まで期待を捨てきれなかった。家を一歩出て、二歩出て、、、

 そして最後まで聞けなかったセリフを胸に、その日も全然平気なフリをして鼻歌を歌って帰ったんだ。悲しくなんかない。もう違うんだ、家族ではなくなっていたんだ。気にしなくていい。ボクは楽しく生きられる。

 そのシーンを今、外から眺めている。苦い思い出がよみがえってイヤな気分だ。そこにさっきのねじり鉢巻のおじさん神さまが入ってきた。

リョウガワメガネ

「ホイホイホイホーイ、これどぞー!」

 オジさん神さまが渡してきたのが、赤い丸メガネ。これをかけてもっかい見るんだって? 何これ? 恥ずっ。
『リョウガワメガネ』って書いている! とりあえずつけてみた。スピーカーもついてる? メガネのえのところに2つボタンがついてる。

 巻き戻しボタンを押して、再生ボタン。さっきのシーンがまた始まった。ずぶ濡れの小さいボクが出てくる。しかし今度は父さんのいた場所に今のボクと同じ年齢くらいの男の子が、父さんの服を着て座っていた。そぉゆうメガネなの?!

 そしてこちらに背中を向けて座っている。けれど心の声が何故か全部聞き取れた。

 (ああ、アイツ大きくなったな〜。小さくて泣き虫だったアイツがひとりで俺に会いにきたんだって。振り向いてよく見たらきっと泣いちゃうよな。)

 (アイツの顔見ると当時つらかったことも全部思い出しちまうんだ。冗談じゃねえよな〜 絶対泣いたりしたくねえ。 今の俺を見て、もしも弱ったなんて思われたら… そんなのまっぴらごめんだ。それを伝い聞いたアイツの母親は勝ち誇るだろう。俺はなんにも悪くないんだ。)

 (今の俺は、、、なんにも成功してないけれど。近況なんて根掘り葉掘り聞かれてさ、あぁヤダヤダ!そんなのミジメなだけ。頼むから早く姿を消してくれ。そしてオレを早く忘れてくれ。こんなオレを見て同情する息子を見たら、、オレは、、、)

 ボクはびっくりした。そんな! 全くボクのことを見てない…自分のことだらけだ! しかもこのメガネでみた姿は、身体のあちこちに血が滲んで細かな傷がたくさんついてる!

 そこにねじり鉢巻のオジさん神さまは、さらに小さなカギを渡してきた。ん? よくみるとアイツ、、ボクと同じくらいの歳の父さんの背中にカギ穴が見えた。

 そっと近寄って、カギを差し込んでみた。

 カチャっと小さなトビラを開けると、もっともっとちっちゃな3歳くらいの男の子が中にいて、外の大雨みたいにわんわん泣いていた。なにかわめいているみたい。ボクは怖くなって急いでトビラを閉めた。

 オジさん神さまは小声で言った。(なーんで閉めちゃうの〜!)

 ボクは困って聞いた。(だってどうすればいいの?大体どこの子なの?)

 オジさん神さまは(けんちゃんの父さんの元の姿だよ)と答えた。それから、

 貸してみい、とオジさん神さまはまた背中のトビラを開けて、大泣きしているちっちゃな3歳くらいの男の子にできる限り優しく声をかけた。

「おーい、良い子ちゃん、出てきてお話しないかい?」大泣きしながら男の子は出てきて両手を広げたので、オジさん神さまは抱きあげた。そして優しく背中を撫でながら「悲しかったんだね。痛かったろう」と言った。

 するとちっちゃな子はヒクヒクしながら「大好きだったの。でもボクがダメな子だとみんな離れていっちゃうんだ。ボクが良い子じゃなかったから。ボクが良い子じゃなかったから。」

 そう言いながら、また泣きそうになってるその子が健気でボクは切なくなってしまった。オジさん神さまは「そーかー。教えてくれてありがとな〜」と声をかけながら、ちっちゃな男の子をそっとボクに渡した。ボクは急いで受け留めた。
 赤ちゃんなんて抱っこしたことがないけれど、とにかく抱きしめて、優しく背中をトントンして「もう大丈夫もう大丈夫」って言いながら。

 それからふと言葉が出た。「そのまんまで君は大切な子なんだよ。良い子じゃなくてもダメな子でも大好きだよ。ボクはどこへも行かないよ。」

 そしたらその子は、大きくすすったかと思うとふぅーと息を吐き出して、そのまま体重をぜーんぶ預けてボクの腕の中で寝てしまった。ふわふわのあったかい感触を感じながら寝顔をよーく覗き込んだら、写真で見たボクの小さい頃そっくりの可愛い子だった。

(泣いて疲れちゃったよね。もう大丈夫もう大丈夫。)

眠りから覚めたら

 気がつくとボクもいつの間にか眠りについていた。ふと起きるとオジさん神さまが赤い毛布をかけてくるところだった。「あの子は?」ボクが聴くと、よく寝てたからまたトビラの中にそっと戻したんだって。

 オジさん神さまは、片足で立ちながら斜めに傾いてはよろめき「どうだった?もう片側の世界は?」と聞いた。「もう片側の世界って父さんの方から見た世界?あんなでっかい身体した父さんの中のそのまた中にあんな可愛いちっちゃな子がずっといて泣いてたの?」

 オジさん神さまが指を刺した先には、窓があってこのメガネで見るとそこから見える街の人たちみんなからちっちゃな子たちが透けて見えた。「だれでもそうよ。中身はみーんな可愛い子たち」

 ボクは色んな人のことを覗きながら「うーん、ちょっと見方が変わったところもあったなあ。自分がどう見られるかでいっぱいいっぱいみたい。だけどさあ、なんかモヤモヤするんだよ。あの子は可愛かったけど、ボクと同い年くらいのアイツにはお説教したい気分。」

 するとオジさん神さまはまた巻き戻して言った。「じゃ直接対決してきたらどうでございましょ? 今のあなたと同い年の父さんと。」と言いながら再生した。

直接対決

 ずぶ濡れの小さなボクを追いかけて今のボクが家に入った。「帰るよ!」「んー」と言ったやりとりのあと、今のボクが息を吸い込んで勇気を出して言った。

 「アンタさあ、こどもがずぶ濡れで会いに来たっていうのに、優しくしてやれよ! いろいろ上手くいかないことがあるのかもしれないけど、仲良くした時もあったし大切じゃないのかよ! 良い大人がさぁ」

 「大切だよ! だから今日まで自殺もしないで頑張って生きてきたんじゃねえか。コイツらにメーワクかけないように、必死で。それが精一杯の俺のメンツよ。アイツはオレがいなくても幸せになれる。オレが居ない方が幸せになれるんだよ!」

 「そんなこと言わないでやれよ! アイツはお前のこといつも心配してたし、仲良くしたいと思って遠くから会いに来てるんだろうに。」

 「うるせえ! オレは、優しくて、力があって、カネもある立派な父親になりたかったんだよ! そうでなければ、会いたくなかったんだよ! 今日だって、ちょっと持たせてやるカネもないんだ。」

 そう言って、ボクと同じ歳の父さんは泣いていた。一発くらい殴ってやろうと思っていたのに、気がついたらボクももらい泣きしてた。馬鹿だなあ。そんなこと求めてないのに。

 涙を拭こうと思ってメガネをズラしたら、全てが消えていた。急いでメガネを戻したけど景色は戻らなかった。こんなことなら、優しい言葉を最後にかけてやれば良かったな。

 「はい、充電切れ〜」と言ってオジさん神さまはメガネを回収した。そしてポケットからひとつのレンズを出して見せ、ずらし回してもうひとつのレンズを出現させて両方を目に当てて言った。

 「で、どうだった?もうカタガワの世界を知ったら、両側の世界が見えるようになったろう。」

 充電式? とよぎったけれど、そんなことより、なんかスッキリしてる自分がいた。心のギューっとした痛みは消えて、なんにもない自分のままの自分になっていた。

「あぁ、どうせもうあの世界には入れないんだろ。見せてくれてありがとうな!」
ちゃんと涙を拭いて、大きく息を吸って大きく吐いた。

リョウガワの世界で


 気がつくといつもの道。空は晴れて温かな風が流れてる。木々の葉から風に乗ってこぼれ落ちる水滴が、顔に当たって、くすぐったかった。ああ、ヒロト…アイツお母さんとのケンカ大丈夫だったかな?その前に宿題はやっておけよ…

じゃなくて、ねじり鉢巻のおっさん!!!

 辺りを見渡すとここは近所の海の近くで、おっさんは遠くの堤防の下でたくさんの釣竿を仕掛けて待っている。近寄ろうと走り寄ったらちょうど、竿に獲物がかかっているようで、ひゃー!うわわ、ひゃー!と大騒ぎして引っ張られたり持ち直したり。やっと引き上げた瞬間、男の子が見えて、二人は、消えた、、、!

 ボクはあんな風に釣り上げられたの??? いや、でもあの姿で見えてるのはボクがそう見たかったから? 答えに辿り着かないまま戸惑っていると、ヒロトがお母さんと向こうから歩いてきた。

 ケンカの原因は、宿題のこともあったけど、お母さんは仕事で失敗してイライラしてたんだって。後から冷静になって謝ってくれて、ボクのことも悪かったって。大人になればなるほどいろんな責任で大変なのかもな。もしもメガネがあったら… 泣きながらがんばってる可愛い女の子が見えるのかな。

 それに、ボクが前にヒロトの家に行った時に、ヒロトのお母さんまですごく楽しかったんだって。それでわざわざ1週間前にデパートで買っておいたっていうボクの好物の板チョコレートをもらった。大切にされてるなあ。

 なんだか恥ずかしくなって、照れ笑いをしながらお礼を言った。もらった高そうな板チョコはさっとカバンに入れ、急いだフリして自転車に乗る。
「またな、ヒロト! ボク忙しいけど、時間が出来たらゲームしような! 全然怒ってなんかないよ。ちょっと忙しかっただけ!」

 ヒロトも困ったように笑って「またな! ごめんやったな!」と言った、ヒロトの頭からは虹が出ていた。ちょうど真うしろにでた鮮やかな虹。

 ボクは「すげーなお前は…」とか言って、笑いながら自転車で走る道。年齢なんて関係ないな。大好きなら、大人の役も子供の役もコロコロ変わっていいんじゃない? ボクは同い年の父ちゃんなアイツを思い出してた。アイツにいつかボクがずっと大切に想ってること伝わればいいな。