見つけた才能

「物語とか、書いてる?」
 突然そんなこと聞かれたのは初めて。
 何でもない合コン。人数合わせ。それなのに、こんな核心的なことを聞かれるなんてありうるのだろうか。
 隠すなら、一瞬で判断しなければならない。うろたえたり、迷ったりしたら隠していることがばれてしまう。
 ずっと誰にも言わず、書き続けてきた小説。彼はまるでそれを見透かすように、質問を投げかけてきた。
 ただ、予想はできた。私を見透かすというより、この人にとって物語を書くのは何も特別なことではないのだ。だから私に質問をしてきた。きっとこれまでいろんな人に同じことを聞いてきたのだろう。私が何を打ち明けたって、引かれることはなさそうだ。
 私は「話そう」と覚悟を決めて、氷が半分以上溶けてしまったハイボールをひとくち飲んだ。
「ええと、実は書いてるよ。どうして?」
「ああ、そう。君の感性なら、物語を書いた方がいいだろうって思ったんだ」
 感性。それは私が喉から手が出るほど欲しているものだった。
「どこかに発表したりしている?」
「え? してないけど」
「誰かに読んでもらったことある?」
「うっかり親に読まれたことはあるけど。私から読んでもらったことはない……かな」
 彼はふーん、と言いながら料理を一口食べると、驚きの言葉を口にした。
「僕に読ませてよ。読みたいなあ」
 初めて会ったのに、どれだけずけずけと言ってくるのだ。あまりにも、図々しい。私にとってそれがどれほど大変なことか。
 ただ彼は、小説を書いている事実を「シャンプーのあとトリートメントしてる?」くらいのノリで聞いてきた。その時すでに私の感覚はおかしくなっていたのかもしれない。
「あなたは、書いていないの? 物語」
「ああ、僕? 書いてるよ」
 彼曰く、長編を公募に出したり、知り合いの小説家に読んでもらってアドバイスをもらったりもしているのだとか。
 私とは、違う世界。
 でも「小説を書くのはあたりまえ」な世界に行きたいという欲望を、押さえられそうにない。
「じゃあ、あなたの物語も読ませてくれたら」

 後日、メールで彼の小説が届いた。私も、最近書いた中編を送った。
 彼の小説は、簡単に言うなら期待外れだった。
 ありがちな設定、どこかで見たことのある展開と台詞。心に響いてこない「感動させたい」だけのシーン。
 だけど、彼は素人なんだから、と自分に言い聞かせた。私はプロの小説しか読んだことがない。自分が書いたものを除いて。だからそのつもりで読んでしまうけど、素人にプロのクオリティを求めるのは酷すぎるのだろう。
 私はメールで感想をしたためた。
「主人公の悲しみが伝わってくるね。モチーフは……なの?」
 私の好きな小説に似ている、似すぎている。それを黙っていればいいのに、真似していることに少し腹立たしさを感じたのだ。それで賞に応募しているなんて、どういうつもりなのだろうか。

「物語とか、書いてる?」
 合コンで隣にいる女性に聞いた。25歳って言っていたかな。素敵な感性を持っている。話しているだけで、僕にはわかった。
 もし書いていれば、万々歳。書いていなかったら、物語を書くよう勧める。これまで幾度も魅力的な女性に会ったけど、みんなそれを聞いてびっくりするのだ。
 今日の彼女は、質問にはすぐ答えず、考えるようにしてお酒を一口飲んだ。何かにためらっているのだろうか。お酒を飲み込むと、覚悟を決めたように言った。
「ええと、実は書いてるよ」
 すごい。僕の見る目は確かだった。さらには、子どもの頃からずっと書いていて、どこにも発表したことがないという。もしかしたら、僕は原石を見つけてしまったのかもしれない。
 今日のお店は、タイ料理を出すダイニングバー。僕は少し間を置いた方がいいような気がして、さきほど小皿に載せた生春巻きを口に入れた。当たり前に甘かったり辛かったりするんじゃなくて、酸味や甘さ、辛さが絶妙に入り交じっている。この子が書く物語も、そんな感じなんじゃないだろうか。
「僕に読ませてよ。読みたいなあ」
 書いた物語を見せてって言うのは「裸を見せて」に近い。書く人の素の状態が、ありありと現れるのだから。
 彼女はそれを聞いて、苦笑いをした。この子は好きな男に「裸を見せて」って言われたら、こんな顔をするのかな。
「あなたは、書いていないの?」
 ああ、実は僕も書いている。それを渡すことを交換条件に、彼女は物語を読ませてくれると言った。

 後日、僕が自分の書いた物語をメールで送り、彼女のものが送られてきた。
 結論から言うと、僕の予想は当たった。
 ドラマティックな展開はないけれど、少し淡々としたストーリーに、繊細な描写。際立つキャラクターと、痛いほどわかる心情。少し書き方のルールがわかっていないところがあったが、そんなものは覚えれば済むことだ。
 僕の物語を読んでくれた彼女からは、賞賛のメールが届いた。彼女なら、僕の物語もわかってくれると思っていた。僕も、彼女にメールを送る。
「素晴らしいよ! 僕の考えていたとおりだった」
 どんなところがいいのか、こと細かに説明した。さらには、直した方がいいところもアドバイスした。そうすれば劇的によくなるはずだ。そのため長文になってしまったが、彼女にとっては必要なものだ。
 しかしそれきり、彼女との連絡は途絶えてしまった。何度かメールをしたが、返事は来なかった。僕のアドバイスにショックを受けてしまったのだろうか。よい小説を書くなら、指摘を修正する能力も必要だ。もったいないが、彼女にはそれがなかったのだろう。

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栃尾江美(とっちー)
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