普門館と宝島とはじめの一歩

上京して3年目、平成最後と言われながらも、特別なこともなく過ごしていた2018年夏。私の目に、twitterで流れてきたある記事がとまりました。

中学から10年以上、ブランクはありながらも吹奏楽を続けてきた私も、一度も足を踏み入れたことがない場所。それでも吹奏楽の甲子園ともいうべき普門館が開放されると知った時、そして楽器を持ち込んで自由に演奏していいと知った時、わくわく感と共に、何か特別で二度と起きないことが起きると確信してしました。

言うなれば、甲子園のマウンドに立って誰もがバットを振れる、キャッチボールができる。

しかも吹奏楽、音楽は野球のように人数制限も年齢ももっと幅が広くなる。ステージ上にいる誰もが音楽を、その特別な空間を作ることができる。舞台上の一部の人達が奏でる音楽がやがてステージ上の人々を巻き込んで、大きな音の渦を作り、二度と再会しないであろう一期一会のメンバーで、二度と奏でられることのない音楽を生み出す。

そんなことを想像した私は、記事を見たその日のうちに @lastfumonkan のアカウントを立ち上げ、1回目のツイートをします。

普門館の記事について当時ツイートされていた方を中心にお声掛けし、最初0人のフォロワー数から徐々にフォローいただける方が増えてきました。4日後には選曲投票を実施。星条旗やディスコキッドなど、普門館で聞かれた名曲が他にもあげられ、接戦を繰り広げた中で、最終的に宝島とオーメンズオブラブが残りました。

その後、参加アンケートを実施、約80名ほどを集めた8月の末には130フォロワーほどいらっしゃいました。

実は、中の人は「まあ、2~30人くらい集まれば、自然とステージ上の合奏状態が生まれるし、そんな集めなくていいだろう」と考えていたので、嬉しい誤算でした。

フォロワーが100を超えだすと、私の穴だらけの企画にご指摘くださる方もいらっしゃいました。豆腐メンタル、かつ、このような企画モノを一度運営もしたことがない私にとって善意で忠告してくださった方のコメントもトゲが沢山ついて見えてしまい、一度1ヶ月ほど、twitterを見るのを止めた時期もありました。

しかし、8月に私が初めてのツイートをした直後からサポートしてくださっていた運営の一人に助けられ、10月にようやく再始動。1ヶ月を切っていたこともあり、再始動の後、目標としていた参加者数100人に到達し、フォロワーも250人に増えていました。


11月の開放期間に入ると、twitter上に参加した方の声がタイムラインに流れ始めるにつれ注目度は上がり、私が普門館に下見に行った時の情報もよく拡散されていました。この時には指揮者の方を含め6名の運営陣が揃い、twitterのDMを通して、最終の打ち合わせに入っていました。みなさん匿名、顔も年齢も分からない状態でしたが、一心に11/10(土)を心待ちに準備をしました。

特に、11/7(木)にバズったこのtweet は、私が8月に想像した事、そのものでした。そして、やっぱり宝島なんだなと笑

この裏で運営チームは、土曜日への期待感を募らせると同時に、当日の人出による混雑を心配していました。

当日、DMで連絡を取りながら、全体集合より1時間半早く集合した運営チーム6名。東北からバスや新幹線に乗って来てくれた中学生と高校生、新潟からお越しくださった学校の先生など、みなさんこの日を心待ちにしていた熱いメンバーでした。

その後、続々と参加者の方が集合。ずいぶん楽器に触れていなかったけど、ニュースを見て、いてもたってもいられず北海道から駆けつけたお姉さん、同じ楽器を吹き始めた娘さんと二人で参加して嬉しそうなお母さん、亡き恩師の写真とともに再び仲間と普門館に足を運んだ方。約80名のみなさんが、様々な思いを胸に、最後の、憧れのホールに足を運ばれていました。

混雑による待ち時間を経て我々に与えられた時間は30分間。ステージ上では、2人の高校生から始まった宝島の演奏が大きな渦を作ってアンサンブルを巻き起こします。その後、我々発信でオーメンズオブラブ、宝島を演奏したのですが、正直いまいち覚えていません。私は、その瞬間に辿り着くまでが精一杯だったのだろう、曲が始まった時には自分の役目を終え、その場の音楽の流れに身を任せていました。

夢のような時間が過ぎ、外に出て慌ただしく集合写真を撮ったり、取材の方に対応し、名残惜しくもみなさんとお別れした後、一緒に参加してくれた友人と焼肉を食べながら、

「私は、もしかしたら、

 音楽が生まれる場所、音楽を通してコミュニティが生まれる空間

 を作りたいのかもしれない」とふと思い立ちました。

ふとした思いつきで始めた8月のtweetから新しいコミュニティが生まれ、フォロワーさんが繋がっていく。みんなで奏でられた一回限りの音楽とそれぞれの思い。

不思議な3ヶ月でしたが、私にとってはとても特別な3ヶ月でした。

今後のこと

今後はnoteを書きつつ、アマチュア吹奏楽界、ひいては音楽界やその他のジャンルを巻き込んで何かできればと妄想を膨らませています。

他に妄想していることやそうでないことは、ツイートや今後のnoteで書きます。

今日は長くなってしまったので、この辺で。




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EMIKA HATASAKI
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