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二度と戻らない気持ちを追いかけて
自分のほうが立場が上だと思っていた。
彼女の方が自分のことを大好きで、なんでもしてくれたし、頼み事だって、いつも笑って聞いてくれた。
だから、僕はいつの間にか、そんな彼女に、いや彼女の気持ちに甘えるようになってしまった。そして、いつしか「この人は自分から離れていくことはない」なんてことを平気で思うようになっていった。そんなことは、絶対にありえないのに・・・。
その日、テレビを見る僕の後ろで、ソファーに黙って座っていた彼女。その気配を知っていたけれど、僕は何も言わなかったし、何も聞かなかった。
一緒に住んでいるわけではなかったけど、長い時間を一緒に過ごすことは多かった僕と彼女。
何も言わなくても、彼女はそばにいたし、これからもずっとこうなんだろうなと漠然と考えていた。そんな生活に少しだけ飽きていたのも本当のところ。
そして、彼女が僕の部屋に姿を見せなくなって四日が過ぎた。最初の1日目は、何も思わなかった。二日目に、少し気になって、三日目に心配になった。四日目に彼女の携帯を鳴らしたけど、電話に彼女は出ない。しばらくの呼び出し音のあとに留守番電話になった。だけど、僕はメッセージを入れなかった。ラインも送ったけど既読にすらならない。
彼女が来なくなって、五日目。仕事が終わって部屋に帰ると、そこには彼女が待っていた。
「なんだよ 連絡も取れないって! 心配したんだぞ」
「ごめんね、荷物取りに来たんだ」
彼女の言っている意味がわからなかった。
「荷物ってなんだよ?」
「私の荷物、洋服とか化粧品とか」
言葉に詰まる自分。その横を彼女の言葉が通り抜けていく。
「知ってたんだよ、他に好きな子がいること。よくラインも来てたもんね」
まだ言葉が出てこない。
「付き合ってるのかな?私のこと隠しながら」
「いや・・・」
その子と付き合っている気はなかった。安っぽく言えば、ただの遊び友達。
ごめんね
彼女はそう言って、自分の荷物を大きなバッグに詰め込んで出て行った。その時、僕ができたことは、彼女を追いかけることだけだった。慌ててスニーカーを履き、ドアを開けると、彼女が見知らぬ車に乗り込む姿が見えた。
その光景を見たとき、どういうことか一瞬でわかってしまった。
(そういうことか・・・)
それから数日。彼女の来ない部屋で、何も考えずに過ごしていた。悲しむこともなく、むしろ、どこかすっきりしていた。その遊び相手とも連絡を取らずに。
なんで、悲しくなかったのか、その理由はまったくわからない。だけど、とにかく、彼女がいなくなって寂しいとか悲しいなんて気持ちにはならなかった空白の数日間。
その日、彼女が突然やってきた。僕に部屋の合鍵を返すため、そして最後に残っていた彼女のお気に入りの靴を持っていくために。
その時、僕は高熱でベッドにひっくり返っていた。その姿を見て、彼女がこんなことを言ってくれた。
「なにか食べるもの、作っておこうか?野菜スープとか」
「うん」
ベッドの中でウトウトしている間に、彼女はキッチンでスープだけ作って出て行ったようだ。テーブルの上にはお揃いで買ったキーホルダーのついた鍵が置かれている。
その鍵を見た瞬間、急に彼女のことがいとおしくなった。
顔が見たいと思った。声が聞きたいと思った。一緒にいたいと思った。
だけど、もう手遅れだった。電話をかけても出ない。ラインは既読のまま返事は来ない。とてつもない後悔が、僕を襲ってきた。
どうして彼女を大切にしなかったんだろう?
心の中にはそのことしかなかった。何回も電話をかけて、ラインも送った。留守番電話にもちゃんとメッセージを吹き込んだ。だけど返事は一回もない。
彼女が次に僕の前に現れたのは、2週間もたった頃。夜中にラインが来た。
ちゃんと話してから離れなきゃって思ったみたいだ。
彼女と近くのファミレスで待ち合わせをする。約束の時間まで30分。なぜかドキドキしながら彼女を待つ。
(もしかしたら、元に戻れるかも・・・)
そんな甘いことを考えていた。
久しぶりに会う彼女は、少しだけ痩せたみたいだった。目の前で何も話さずに、ただ座っている。頼んだコーヒーもすっかり冷めきってしまったころ、僕が口を開く。
「で、どうしたの?」
彼女の返事はない。そのまま沈黙の時間が訪れる。そして、再び僕が話しかける。
「なにか話したかったんでしょ。なんでも言っていいよ」
その言葉をきっかけに彼女がポツリポツリと話始めた。
僕といても辛かったこと。もっと気にかけてほしかったこと。本当に好きだから我慢していた事。そして、今の僕は彼女にとって過去になってしまったということ。
「これ使う?」 僕は彼女にハンカチを渡した。
少し赤くなった彼女の目から涙がこぼれていた。差し出したハンカチを受け取りながら、彼女がこう言った。
「ずっと一緒にいたけど、今が一番優しいね」
気持ちの一番柔らかい部分に、小さな針が刺ささる。
(優しくするのは、見知らぬ誰かに私を取られてしまったから?)
そんな声が聞こえたような気がする。
今、悲しいのは誰のせいでもない、自分の行動が原因。いまさら、何をしたって彼女の気持ちは戻ってこない。わかってはいるけれど、許されるなら、もう一度やり直したい。これが本音。
でも、そんな気持ちが届くわけもなく、彼女は静かに席を立った。
それからしばらく、僕は無気力な毎日を過ごす。何をしていても後悔の涙しか出ない。仕事が休みの日も、早く時間が経たないか、そればかり考えてしまう。それほど、離れて行った彼女のことを想っていた。いまさらなんだけど。
何をしていても、孤独感と後悔に包まれている僕は、その日、何気なく本屋に入った。見るともなしに、棚を眺めていると一冊の本が目に留まる。その本をパラパラとめくっていると、こんなタイトルの章を見つけた。
「終わった恋を元に戻すには」
僕は真剣に文字を追う。そして、そこ書かれてあったこと。
どんな理由であれ、終わった恋を元に戻すことはできません。
もし、あなたが終わった恋を後悔しているのならば、その痛い気持ちを忘れないでいること。
そして、去っていった相手の幸せを祈ることです。
それを読んだとき、僕は自分の犯した大きすぎる過ちを再認識した。