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王女と王子、そして道化


 悪臭ただようぼろぼろのドレスをまとってはいても王女はやはり王女であり、垢と無精ひげにまみれてはいても王子はやっぱり王子であった。民衆(たみ)は誰ひとりそのことを認めようとはしなかったけれども、王女は彼が王子であると信じており、王子は彼女が王女であると信じていて、それでなんら不都合はなかった。
 王女と王子でありながら、彼らには領地も領民も城郭も資産もなかったので、ずっと彷徨い歩いていた。安住の地はおろか、まともな宿にすら恵まれぬ。手に職なども持たぬゆえ、半端な賃仕事を見つけては辛うじて日々のたつきを得るのだが、ふたりとも、何をやらせてもまるで役には立たないくせに、気位だけは高いため、どこに行っても疎んじられた。ただ、ふたりがこのうえもない美女美男であることだけは衆目の一致するところで、それはあたかも薄汚い古布に包まれた一対の宝玉が隠しきれずに眩い光を放つかのやう、あるいは、月と太陽が二つながらに雲間から顔を覗かせてこの濁った地上に一瞥(いちべつ)をくれるかのやうだった。そんなふうにふたりの美貌は周りの者たちの眼を撃ったけれども、あいにくふたりはその際立ったルックスをカネに代えようなどとはこれっぽっちも思わなかったので、どこまでもふたりは貧乏でみすぼらしかった。しかし、暮らしの不如意は生まれつきだから、すっかり慣れっこになっている。お互いが傍に居りさえすればそれでいいのだ。
 ある日、ふたりのまえに道化があらわれた。
「おいらを雇いなよ。王には道化が付きものさ。道化を傍らに置かない王なんて、影のないのと同じだよ」
「いや僕は影なんぞなくても一向に構わないのだが」
「でも道化のいない宮廷なんて、蛇のいない楽園みたいなもんだぜ」
「だったらむしろそのほうがよいと思うが? 君はおそろしく売り込みが下手だな」
「とにかく、王とか宮廷にはぜったいに道化がいるんだよ」
「だから僕たちには宮廷などないよ。無一物だ。この風体を見てもわかりそうなものだがな。それに僕は王ではなくて王子だよ。なんだかどうも根本的に間違ってるようだね君は」
「あら。だけど面白い方じゃなくって?」王女がいった。「いっしょにいると、退屈せずにすみそうよ」
「君は僕とふたりで退屈なのかい?」
「そうは申しませんけれど。でもお伽話の昔から私たちずっと二人っきりで、お友達ひとりいないんですもの。どことなく物足らぬ気はしておりました。なにかしら触媒を加えることで、わたくしたちの関係性にも新しい側面がひらけるのではないかしら」
「なるほど。一理あるな。おい君。それなら、側に仕えることを許そう。だけど、見てのとおりの流浪の身だ。報酬なんてありゃせんぞ」
「えっへへへ。ありがたい。いえね、見返りなんぞ望みゃあしません。あたしゃただ、お美しいお二方の傍にいられりゃそれでいいんで」
「なんというか、どうも君は道化というより幇間(たいこもち)のやうだな」

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3,866字

いくつかの短篇といくつかの詩。

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