犬の外飼いは虐待か?
SNSなどで、たまに見かける外庭で鎖につながれた柴犬風景。
コメント欄は「虐待、カワイソウ!」と荒れる傾向にある。
昔は、犬が外で飼われているのは当たり前の光景で、むしろ室内犬なんてお金持ちを象徴するほど、どこか遠くの生活スタイルでした。
しかし今は室内飼いが主流。
犬の里親サイトでも「必ず室内飼いで!」という条件を当たり前のように見る。
昨今、チワワ、トイプードル、ポメラニアンなど、ブリーダーも増えて容易に小型の室内犬が手に入り飼いやすくなったことや、和犬と違って、これらの犬は愛玩用に品種改良されてきた背景もあり、四季のある日本での外飼いはリスクがあるため室内飼いが求められる。
欧米の流れも受けて、犬を外で飼うのは虐待!という思想がかなり浸透してきました。
それでもまぁ山間部に行くと、柴犬やそれ以上の大型犬は外飼いの傾向にあります。
そして、広い庭で伸び伸びしてて幸せそう。
そんな地域で果たして「外飼いは虐待なのか?」
感受性の強い日本では、
「寒そう」
「寒波だから家に入れてあげて」
「せめて毛布を…」
といった、気候を心配されるのですが。
外飼いの柴犬はスレンダーに見えても
しっかりアンダーコートもふもふなんです。
室内飼いの柴犬でも、もふもふ具合で
「もうすぐ寒くなるんだな」
「もうすぐ春になるんだな」
と、季節を感じることができます。
むしろ、暑さより寒さに強い。
彼らは人間よりもセンサーが凄いのです。
毛は服と違って一瞬で脱いだり着たり出来ないので未来を見通せるかのようです。
また、和犬は原種に近いこともあり、
一匹の時間も必要。
犬だけど猫のような気まぐれもあり、
飼い主の言うことをきく従順さももつ。
なので外飼い柴犬のアウトローさにどこか憧れさえ感じます。
じゃあなんで外飼いは虐待なのか?
平和な日本人は、
犬の気持ちで判断してしまうのですが、
どちらかというと飼い主の管理能力の有無がポイントなのです。
自分が出かけているとき、
熟睡しているとき、
大事な家族を守れますか?
何かあればすぐに駆けつけてあげられますか?
犬は話せません。
痛いところがあっても、
怖い目にあっても、話せません。
スマートフォンでSOSも呼べません。
鳴いていても気づかなかったら?
ここは子供の管理能力にも通じる😅
1人で出かけて行方不明、こんなニュースをよく見るようになりました。
アメリカでは子供たちだけで留守番をさせたり、子供1人で公園に遊びに行く、というのは犯罪なんです。
どんなに愛していても、
どんなに手をかけていても、
外からの要因で一瞬にして壊れることもある。
不特定多数の人が行き交う通りで、
財布に鎖をかけて置いておく人はいないですよね。
いくら大事に扱っていても、
逃げないように鎖をしていても、
いくら安全な街でも、
財布を外で管理する人はいない。
それをなぜ家族にするのか?
昨今、色んなストレスがある中で、
弱いものに向かいやすい傾向にある。
近所の人が飼い主が留守のすきを狙って、庭まで入ってきて犬に水をかけたり、蹴ったり、罵声をあびせたりする暴行。
近所の子供が大人のこぶしほどあるコンクリートブロックを犬に投げている暴行。
実際、私は数時間運動のために庭に犬を放していたら、「盗まれるよ!」と注意されたことがあります。
アメリカで子供がさらわれると今の時代は身代金ではなく、臓器に価値があるそうです。
犬も文化によっては肉です。
地域に関係なく、日本も色んな文化を背景に持つ人が増えてきました。
そして、犬が嫌いな人もいれば、好きな人もいる。なんにも思わない人もいる。
日本で財布を落としても、そのまま返ってくる。一方、なくなる人もいる。
危機管理能力を求められる時代です。
それでもなお、安全神話にしがみつきますか?
これは差別を生むためではなく、
外からの要因に対して、
危険予測して行動してるのかな?と思うことが多くなりました。
主観でしか物事を見ない。
目の前のスマホに夢中で、周りを見ていない。
日常は、一瞬にして、非日常にもなる。
さて、あなたは何を選びますか?