ひつじが8ひき ロンドン同時爆破テロ
遡ること2005年7月7日、
日本が七夕を迎えたその日、
ロンドン中を震撼させた
同時爆破テロ が起きた。
寮からの最寄り駅が二ヶ所あり、うち一ヶ所の
Edgeware Road station (エッジウェア・ロード駅)でも爆破被害が遭った。
寮がちょうど中間地点にあるものの乗り換えの関係でもう一つのBaker Street stationを利用していたために、被害に遭わずに済んだ。ちょうど通学時間、地下鉄の駅改札を通る直前で緊急アラートが鳴り響き、避難する様促された。日本の携帯以外持っていなかった私は情報が乏しく、周りの人が「危ないから地下鉄は使えない。」と教えてくれたくらいだった。
火事か何かかと思い、とにかく学校へ行かなければと代わりにバスに乗り込んだ。呑気にロンドンの景色を楽しみながら...。
(後になり、平和ボケだと気づくのだが。)
語学学校へ着くと物々しい雰囲気で、異国の友人たちやスタッフから説明を受けてやっとことの重大さに気付かされた。
「とにかく自国の親族へ生存を伝えて!」
と、携帯など連絡手段を持っていない生徒たちには事務所の電話を貸すとのことで、長蛇の列が連なる中に私も並んだ一人だった。まだ事の重大さを実感しないまま、学校のパソコンでE-mailや当時のSNS、my spaceやmixi(懐かしい)などを駆使して連絡をくれていた友人や恩師への生存報告などもした。
折角たどり着いた学校だったが臨時休校となり、寮へと戻る事になったが、交通手段は遮断されタクシーも全て満車で全く利用できない状況の中、仕方なく同じ寮のフランス出身の友人数名と3、4時間ほどかけて徒歩で帰宅した。
テムズ川を渡る橋から見える街並みには、ぞろぞろと列を成し歩き続けるロンドン中の人々の姿がありながら、テロという恐ろしい事態の真っ只中にいる事が現実に起きていると受け止めるにはどこか他人事で、映画を観ている様だった。
無事帰宅するもニュースを観ていると恐ろしい光景が映し出されており、私自身が地下鉄の代わりにバスに乗り込んでいた瞬間にも、また別の場所でバス数台が爆破テロ被害に遭っていた。
その威力は赤い二階建てバス(ダブルデックバス)の手すりが天井から逆さに突き出ているほどで、死者も出ていた。
(言うなら、下敷きで起こした静電気で髪が逆立っている感じ?)
自分も巻き込まれていてもおかしく状況に、🕊️平和ボケした日本人🕊️の私でも徐々にことの重大さを感じ始めていた。しかし、それでも震え上がるほどの恐怖心が起き無かった事を覚えている。
何かのボタンの掛け違い、あと数秒違っていたら、あの時違う選択をしていたら状況は一変していることは日常に溢れていることを再確認した日でもあった。
皆が当てはまるわけではないが、少なくとも日本人で平和ボケしていた事はそれはとても幸せなことだったと学んだ。当たり前に私たちの生命は存在していないし、危機管理能力はあるに越した事はない。特に海外では、油断すればスリ被害に遭ったり、差別されたり、最寄りの駅でテロが起きたり。もはや弱肉強食を通り越して戦場の様。
それ以来、何か起きやしないか危機管理が非常に強くなりすぎて息が詰まることもあるけれど、今や公共機関内でも通り魔がいる時代だから、自分の身は自分で、自分の子供は自分で守らないといけない。不安になりすぎてしまいがちだけど...。
ミリーさんのひつじかぞえ、ゆっくり眠れるまでの道のりはまだまだ続く。