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短編小説 誕生日

「あなた、ちょっと待って」

振り返ると知らない女性がいた。息をきらせて石段を上ってくる。おばさんか、おばあさんか、その間くらいの年の人だ。

「ねえあなた、ひとり?」

私は、地方の小京都と言われる場所を訪れていた。友人が勧めてくれたひっそりとした素敵な神社の鳥居をくぐり、石段を半分ほど登ったところだった。

わたしは、短くはい、と答えた。

「ああそうなのね。どこから来たの?」

東京から来た、というと、

「そんなに遠くから?まあ、そうなの。勇気があるわね。」

その女性は、ほとんど一人で話していた。自分も東京に住んでいたことがあるとか、結婚したことがない、とか、お母さんの介護でこの土地に戻ってきた、とか、この神社はいつも薄暗くて気味が悪いから、ひとりでは入れないと思っていた、とか、最近は、独り身だから、マンションを買おうと思っているとか、とりとめもなく。

「さあ、日が暮れるから、早く神社へ行きましょう。」

ひとしきり話し終えた後、なぜか私たちは一緒に神社に行くことになったようで、今度は逆に私がその人の後をついていくかたちになった。

歩きながら、彼女はふたたび、とめどなく話し始めた。自分が81歳だということ、最近買おうと思っていたマンションがほかの人に買われてしまってショックだったということ、いつも一人で神社の下宮でヨガをしているけれど、周囲の人に変人と思われているのだ、とか。

私は驚いた。おばさんか、おばあさんの間くらいの年の女性、なんとなく、60歳くらいかなと思っていたら、81歳だなんて。

背中がまっすぐで、白髪交じりの髪は、毛先が自然にふんわりとカールしていた。肌は白く、鼻が高い。外人みたいな顔だ。私の祖母と少し似ている。

二人で神社を参拝して、階段を降り始めたとき、その人は私に聞いた。

「ここまでどうやってきたの?」

自転車できた。というと、

「私も自転車よ。一緒に帰りましょう。ついてきてね」

と自転車を漕ぎだした。私はよくわからないけれど、あとをついていくことになった。自転車を漕ぐ彼女は本当に81歳とは思えなかった。ちょっとした上り坂もどんどん進んでいく。自転車で坂を上る姿は、小学生のように力強い。

途中で、不意に自転車を止めて、彼女は言った。

「まだ時間が早いから、これからどこかへ一緒に行きましょう」

私は少し怖くなった。変な人についてきてしまったのだろうか。81歳と言っているから、少し惚けているのだろうか。私は、今日はもう帰るつもりだ。と言ったら、

「そう。じゃあ行きましょう」

とまた力強く自転車を漕ぎ始めた。走り始めて少し経ったとき、

「今日はとってもいいお天気だから、遠回りして帰りましょう。」

と突然、別の道を走り始めた。有無を言わせぬ勢いで、自転車は進んでいき、私は不安になりながら後をついていった。

10分ほど走ると、見慣れた街の中心地が見えてきた。ほっとした私に彼女はまた、

「ほんとうに、どこかへ行きましょう。そうしましょう。」

と言った。私ももう一度、今日はもう帰るつもりだ。と言った。

「そう。そうね。じゃあここで。さようなら。きょうは会えて嬉しかったわ」

私もさよならを言って、自転車を漕ぎ始めた。しばらくして振り返ると、その人の姿はもうなかった。

不思議な人だった。

そういえば明日は、私の55歳の誕生日だ。

なんとなく、あれは未来の私なのかな。と思った。私は81歳で死ぬのかもしれない。81歳の私は、ひとりで死ぬのが、さみしくて、怖くて、55歳の私を迎えに来たのかもしれない。

健康で、自由で、幸せに満ち溢れている私を。


あとがき

今日、愛知県大洲のおすくな大社にいったら、素敵な老婦人に会いました。楽しくお話をして、夕方さよならしました。

さよならした後、ずっと、不思議な感覚に全身が包まれていたので、何か書きたくなりました。

このお話はもちろんフィクションですが、その方が欲しかったおうちが買えなかったことは本当です。私は

「ご縁がなかったんですよ。きっといいおうちが見つかります!こんなにお元気で若々しくいらっしゃるなら、100歳まで行けますよ!そしたら後20年もあるし、きっといいおうちが見つかります。」

と言ったら、ほんとね。あなた、たくましいわね。とほほ笑んでいらっしゃいました。

私は少彦名神社の神様に、いいおうちが見つかるようお願いしました。

今夜もよい夢を見られますように。






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