近代経済学のブレークスルーのために

限界革命で特徴づけられる近代経済学は、経済学の定量化に大きな役割を果たし、その理論的古くささ、あるいは非現実性とは別に、基礎理論としての存在感が定量性、すなわち世の中の計算高さの様なものの形成に大きく貢献しているのではないだろうか。世の中からその様な計算高さを減らしてゆくために、理論の修正によってできることはないだろうか。

限界革命を基礎づける、財から得られる効用が消費量の増大によって次第にへる、という考えである、限界効用逓減の法則。おそらく考えが生まれた当時でも何かおかしな過程ではないかという感覚はあったのではないかと思われるが、現代的に考えるとどう見てもおかしい。

まず、効用が財の購入によって生じるという想定は、より効用弾力性が高そうなサービスの占める比率が高まるほどに現実感を失い、そしてサービスに限界効用逓減の法則が作用するかというのは、とりわけ金融サービスなどを考慮に入れると、どうも直観的には当てはまりそうもない。

そして、この効用の変化をモデル化した無差別曲線は二財モデルで、効用を極大化する財の組み合わせを表現しているが、二財の組み合わせで効用を極大化する様行動するという極めて限定的なケースをモデルとして採用することで、常に二財から一つを選ぶ様に、というデジタル的圧力がかかりやすくなっているのではないか。無差別曲線が何のためにあるのかということについて、私は今だに上手い理解に行き着いていないのだが、ミクロの生産活動において、価格の変化によって需要が変わる時にどの財の組み合わせで生産するのか、ということを定めるという理解もできるのだろうか。それによって限界効用逓減を消費から生産に切り替え、需給調整がおこるメカニズムを理論化することでミクロ経済学への適用を可能にするという考えで良いのだろうか。何れにせよその消費から生産へのブリッジ的機能が消費行動へのデジタル化圧力を強めている可能性があるのではないだろうか?

無差別曲線よりもむしろ、マクロ的に厚生を極大化するパレート最適の考えの方が、効用極大化行動を説明するモデルとしては相応しいと感じるが、おそらくこのモデルに、センのケイパビリティの考えを組み込むことで、効用モデルをより現実的、現代的なものにグレードアップできるのではないかと感じる。具体的には、二財モデルというよりも、ケイパビリティセットの集約・突破力を縦軸に、分散・拡散力を横軸に置き、自らのケイパビリティをどの程度集約・分散するかによる無差別ケイパビリティ運用政策の組み合わせによって効用を極大化し、それがケイパビリティ需要とマッチするところで非排他的ケイパビリティマッチングが起き、パレート最適が実現できるというモデル化が可能ではないだろうか。

限界ケイパビリティは逓減することなく、むしろ経験を積むことでドンドンその適用範囲は広がる。つまり、このモデルからは動学的成長モデルも導き出せる可能性が見えてくる。ただ、それにはケイパビリティの量と範囲という二方面での定量化をどの様に行うかというなかなか一筋縄ではいかない問題があるので、すぐに解の出る話ではない。

限界革命は、基本的に経済分析を微分で行うことを可能にしたと評価できるのだろうが、限界効用にせよ、限界生産力にせよ、ミクロでかつ逓減することを法則化した為に、せっかくの微分をマクロの成長理論に結びつけ損なっているのだと言える。効用については見てきたが、生産力についてはどうなのだろうか。これについては、規模の経済や成長曲線を考えるなどして、収穫逓増のモデル化も行われてきた。元々限界生産力説で各要素ごとの報酬比率を定めるための思考的実験として特定の生産要素の投入を増やしても、限界生産力は減るだろうという単純モデル化からきた話だろうから、現実的に日々工夫がなされることを考えれば、この法則自体元からかなり非現実的なものだったと考えるべきだろう。土地や資本については、学習効果が働くわけではないので、規模の経済がなければ収穫逓減しても不思議ではないが、労働に関しては、日々学習・成長するので、基本的に収穫逓増が働くと想定した方が良いのだろう。ただ、生産管理的に、生産性が上がったからといって生産量を増やしても在庫が増えるだけなので、収穫逓増を成果として定量化し難いという実務的な問題点があるのだろう。

つまり、限界生産力説は労働をロボット化することで理論を維持するというかなり捻じ曲がった論理的帰結をもたらしているのだと言える。やはり、ここにケイパビリティの考えを導入することで、ジョブローテーションによるケイパビリティの均衡成長や、あるいは得意なケイパビリティを生かした新規事業開発などをモデルに組み込むことができるようになり、動学的成長理論の基礎を作ることができると考えられる。

つまり、ケイパビリティ開発を組織のマクロ成長の中に位置付けることで、経営計画の成長の基礎が個別ケイパビリティ開発にあるという、マクロ的な理屈づけができる様になるということ。実用化のためには、ミクロのケイパビリティ開発をいかに定量化し、限界成長を定義・認識できる様にして微分化を可能にするかということが必要になりそう。

限界成長は問題意識、自分がやりたいと思っていることがなぜできないのか、という自己分析能力が必要になり、そしてその問題が個別ケイパビリティの不足のためなのか、社会的環境のためなのかという区分けをし、そして社会的環境整備を市場調達の様な形でうまく行ってゆくことができれば、全体の成長力も上がってゆくのではないだろうか。

さまざまな時代背景を持った理論体系を適宜現実に合わせて整理・解釈し直すことで、解決できる問題もまだまだあるのではないだろうか。

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Emiko Romanov
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