キューバに行った話をしよう(11)
ズバリお金の話
まことに私的な話だが、お金がない。貯蓄もいよいよ底が見えてきた。
音楽療法士の資格を取るまでは地元の紙卸会社の会社員だった。決して多いとは言えないお給料ではあったが、実家暮らしなのをいいことに在職中はそこそこ貯金ができた。しかし当然のことながら、まとまった安定収入がないと別段贅沢をしなくてもお金はおもしろいように減っていく。ため息をつきながら通帳を開くと、BGMにはキューバを代表するバンドの1つ、Interactivoの『No Money』。どないやねん。思わず自分で自分に突っ込んでしまった。歌詞の細かい内容についてはさっぱりわからないながらも、聞こえてくる「Give some money」に「ほんまにね」と小さな心の声で返してみたりして。
サンティアゴ・デ・クーバ滞在中、数日間カサで一緒だったEさんが教えてくれたこのInteractivoは、2018、2019年とフジロックで来日してました。Blue Note東京での公演は「東京じゃちょっとなぁ……」と諦めたけど、今思えば夜行バスに乗って弾丸で行くべきでした。あと、ちっとも気付いてなかったのだけれど大好きなBrenda Navarreteも絡んでいる、今かなりお気に入りのバンドです。
で、お金の話
脱線してしまった。
海外へ行ったとなると、よく質問されることの2トップは物価と食べ物ではないだろうか。その物価の話をする前に、キューバには2種類の通貨があることを話さねばならない。人民ペソ(CUP)と兌換ペソ(CUC)である。
人民ペソは主にキューバ国民が使う通貨で、ペソとかモネダ・ナシオナルとかセウペ(ローマ字のスペイン語読み)とかカップとか、なんだかいろんな呼び方がされている。もう一方の兌換ペソはツーリストなど主に外国人が使う通貨でセウセとかクーなどと呼ばれるものだ。もちろんキューバ国民でもCUCは使えるし、外国人でもCUPは使える。CUPはキューバ国民が日常的に利用する場所や公共交通機関で使うものとでもイメージすればわかりやすいだろうか。なお1CUC=24CUPで計算される。渡航当時の日本円とのレートは、手元に残る両替所の伝票を見ると1CUC=114JPYとなっている。
それを踏まえて物価の話をすると、まずもってタクシー代は日本と変わらない。市街地に限って言えば服や靴などの洋品も日本と変わらない。なんなら品質を考えたら日本の方が安い。レストランも量が多かったりもするがそんなに安いわけでもない。一部アルコールは安い。アルコールが全くダメな私は一切その恩恵を受けられなかったので、皆が水のように飲む缶ビールや、栽培してるのかと見紛わんほどミントがモサモサしたモヒートを、割高感のあるパイナップルジュースを飲みながら指をくわえて見ていた。
しかしである。キューバ最高。なんといってもライブチャージが安い!首都ハバナのジャズクラブ、LA ZORRA Y EL CUERVOでマラカ(Orland Valle)を手が届きそうな距離で観ても10CUC(2ドリンク込)。長期滞在したサンティアゴ・デ・クーバでは高くても5CUC +ドリンク代1CUC。それはもうほぼ毎日のようにライブを観に行った。
食べ物に関しては、本当は激安で済ませることも可能だ。そもそもツーリストを顧客対象にしていないお店、現地の人しか利用しないようなところでは数十円でサンドイッチやピザが買えるし、数十円でコーヒーも飲める。数円でバナナ1本買いとか。ところが日々カサのご飯で過剰に満たされていた私はそれらを利用する機会がほとんどなかったので、気まぐれに両替してもらったCUPはほとんど使うことなくそのまま日本へ持って帰ってきてしまった。
外国人のCUPの利用は断られることもある。価格表にCUCとCUPの両方が表示されている場合、街の店舗などでは例えば、CUC$21.00・CUP$525.00といった具合に、結果的に等価だったりするのだが、場所によってはそうではない。一度劇場でCUCとCUPが随分かけ離れた価格だったため、持っていたCUPを出してみた。すると「あなたはCUCで払って」と一蹴されてしまった。
実際その劇場でショーを観られたことは素晴らしい体験だったし、日本でこれを350円弱で観られるかというとまあ観られるものではない。私自身が極貧の旅をしているのならまだしも、そんなところで3CUCをケチろうとした自分がちょっと恥ずかしかった。外国人の使うCUCはキューバ国民が使うCUPの24倍の価値だ。それだけキューバ国民の平均所得が低いことはなんとなく想像がつくし、彼らにとって外貨がいかに重要な稼ぎかも見当がつく。価値があるものには積極的にCUCで払うのが、ツーリストとしてできるキューバへの支援だと思う。
紙幣は人物の顔のものがCUPと覚えておくと間違いがないようです。ゲバラの刷ってある3CUP紙幣は記念やお土産としてツーリストに人気。硬貨は丸いのがCUP、カクカクしてるのがCUC。それはそうと1CUCはどうして硬貨も紙幣もあるのでしょう?キューバのお金、いろいろ混乱します。
ぼったくりにご注意を
サンティアゴ・デ・クーバ滞在も終盤にさしかかった頃、お土産を買いに街へ出て洋服店で買い物をした。21.50CUCの商品に25.00CUCを支払い、お釣りをもらってしばし考える。見たことのない「顔」の紙幣が混ざっている……。慣れないCUCとCUPの混ざったお釣りとレシートを何度も確認し、意を決してレジのお姉さんにCUPが混ざっていると伝えたところ「あら、CUPだわ」とサラリと言ってのけてレジを打ち直し、正しいお釣りをくれた。あわよくば、というやつである。こういうことはよくあるらしい。
現地で知り合ったTさんと行ったバルでも似たようなことがあった。このときは現地が長くて慣れている彼女が、渡された伝票の請求額がおかしいことに即気付いて言いに行ってくれた。やっぱりよくあるらしい。
ただでさえ紙幣と硬貨の種類が多い上に二重通貨制という、慣れないとイマイチよくわからないキューバのお金。外国人と見るやこのようにコッソリと少額をちょろまかそうとする事例はちょこちょこあるようなので、キューバ訪問の際はご注意を。
そういえば一度だけカサでご飯代を支払った、支払ってないの話になった。というのもカサのお母さんであるケイトが、私の滞在終了を待たずして一時出国しなければならなかったため、基本週払いにしていた食費を彼女の出国前に滞在最終日分までまとめて精算した。ケイトはいつも金銭管理をしっかりしていたので、精算済みであることは彼女の帳面にも残っているし、私は都度その帳面の写真を撮らせてもらうことで領収証の代わりとしていた。
ところがである。お手伝いさんが未払いの食費を払ってと言いにきた。お手伝いさんたちには本当にお世話になったし、変な疑いをかけたくなかったので、これは絶対にケイトとお手伝いさんたちの間での連絡不行き届きだと自分に言い聞かせ、全力で支払い済みだと伝えた。翻訳アプリ、身振り手振り、顔、使えるもの全てを総動員して「ケイトに聞いて」「アベル(ケイトの旦那さん。英語OK)を呼んで!」と、なんだかもう取調室みたいじゃないか。結果的には必死の訴えが通じたのか、なんとかかんとかお手伝いさんには納得してもらってその場は収まった。
異国、異文化の地では相手に強く出られると、こちらも自信がないもんだからつい言いくるめられそうになる。でもあの場で折れて支払っていたら、たかだか数千円のことで相当モヤモヤして帰国したに違いない。確証があることははっきり言う。言うべきことははっきり言う。言えなきゃそれに変わる手段で精一杯伝える。ほとんどの場合、それがお互いのためだ。
両替所カデカのお姉さん、ローサ
日本円からペソへの両替は日本国内ではできないので、最初の両替は空港ですることになる。とりあえず5万円。一度に万札5枚を渡すと、最初から4枚しかなかったなどと言ってぼったくられるケースがあるから、お互いのトラブルを避けるためにもカデカでは1枚ずつ確認しながら渡すのがいいと聞いていたので、覚えたてのスペイン語でウン、ドス、トレス、クアトロ……5……5ってなんだっけ?とたどたどしくお札を差し出してキューバで初めての両替を体験した。パスポートとお金を窓口で渡すだけなのになんというドキドキ。
その後4度、サンティアゴ・デ・クーバでカデカを利用した。泊まったカサ最寄りのカデカ。たまたまその4度中3度窓口対応してくれたお姉さんが一緒で、彼女の名前はローサだったことが伝票に記されている。いつもビビッドカラーに彩られていたネイルとゴールドのアクセサリーにきついカールヘアがおしゃれなかっこいいお姉さんだった。
1度目、彼女はたどたどしくお札を数えて差し出す私を「大丈夫かしらね」という様子で見ていた。2度目は1度目よりはちょっとスムーズにお札を数えられるようになった(といっても1〜5である)私を優しく見守り、大きく頷いてから両替をしてくれた。3度目は私の顔を見るなり「あら、来たわね」とうような感じで口の両端を軽く上げ、もう慣れましたと言わんばかりのドヤ顔で万札を数えて差し出す私に笑顔を見せてくれた。結局これがキューバ滞在中最後の両替だったので、彼女と会うのもこれが最後になった。
おかしな話だ。たった3回の両替での些細なコミュニケーションがとてもいい時間だった。キューバでのお金の話で真っ先に思い出すのはボッタクリでもタカリでもなく「カデカのローサ」なのである。
お金がない
キューバは国家にお金がなければ国民にもお金がない。美しい海に囲まれ、歌って踊って……そんな国の内情は何かと複雑そうだ。ツーリストと見るやいなや全く悪びれる様子もなく「One CUC (1CUCちょうだい)」と声をかけてくる子供、「お前は日本人なんだから金持ってるだろ。ちょっとくらいくれよ」と平気で言う大人。彼らには彼らなりの、ちょっと外から見たくらいではわからない事情がある。
社会主義国で医療費、学費、住居が無料あるいは格安だったり、食料の配給があったりと根本的に国家の制度が違うので生活について簡単には言えないが、それを差し引いたとしても、日本と比して経済的に厳しい社会なのは察しがつく。
カデカのローサは毎日どんなことを思いながらツーリストの外貨を両替しているのだろう。私たちは彼らからどう見られているのだろう。
お金って、何だろう……。
私の言う「お金がない」なんてきっとアホみたいな話なのだ。
ハバナ旧市街にあるThe Bank of Nova Scotia。カナダの銀行?らしいです。カナダと言えば、ペソへの両替は日本円よりユーロやカナダドルの方がレートが良いとかなんとか。米ドルは手数料が10%かかります。キューバきっての観光地である旧市街のオビスポ通りにあるカデカは予想通り長蛇の列でした。サンティアゴで必要分両替しておいてよかった。街中にはATMももちろんありますが、「カードが出てこない事件」がネット上で散見されたので怖くて利用しませんでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?