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キューバに行った話をしよう(9)

キューバ産のコーヒーを買ってきた

 と言っても、キューバで買ったわけではなく東京で買った。戸越銀座のコーヒーショップでたまたまキューバ産の豆に出会ったので、少々値は張ったが迷うことなく買ってしまった。100gだけ。持ち帰ってガリガリと手動で豆を挽き、ちびちびと飲むそのコーヒーがキューバで飲んだあの味!…とはさすがにならないのだけれど、コーヒー絡みの思い出は結構あって、ちょっとしたことから、とんでもないアクシデントにまつわる話までが一気に思い出されたので、せっかくだから紹介しようと思う。

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戸越銀座駅から徒歩2分のところに位置するCOMPASS COFFEEで販売されていたエクストラ・トゥルキーノ・ラバド(Extra Turquino Lavado)という豆。店員さん曰く、常に店頭に出ている商品でもないそう。

カサの自家焙煎コーヒー

 ケイトのカサでは朝食に水筒1本分のコーヒーが含まれていた。ひと昔前に日本でも主流だった、高さ25センチ程度のステンレススリムボトルごと出される朝のコーヒーは、最初は宿泊者でシェアするものだと思っていた。よって食堂にボトルを残していたところ「エミ、これはあなたの分だから部屋に持って行っていいのよ。空になったらまた食堂に置いておいてちょうだい」とケイトが教えてくれた。
 
 このコーヒーが実に美味しく、私はめちゃくちゃお気に入りだった。豆はケイトが決まった仕入先から仕入れてカサで自家焙煎しているとのこと。なるほど、ある日1階に降りたら煙が充満していて火事かと焦ったのはコーヒー豆の焙煎だったらしい。とにもかくにも人生で最も贅沢なコーヒーライフを送ったサンティアゴ・デ・クーバでの日々。あれを日本で再現しようとしたら、今の私ではお小遣いがいくらあっても足りない。
 
 私がこのコーヒーをとても気に入っていると知ったケイトは、焙煎した豆をお土産にと渡してくれた。まだ帰国までは日があったので部屋の冷蔵庫で保管していたのだが、最後の一泊で冷蔵庫のない部屋へ移動した際、お手伝いさんに1日だけキッチンの冷蔵庫で預かって欲しいとお願いした。私がサンティアゴ・デ・クーバを立つ数日前から、ケイトは事情で留守にしていたのだ。そしていよいよ出発のときが迫る中、その時間にいたのは別のお手伝いさんで、コーヒーのことを伝えると「え、何それ?」となり、2人でてんやわんやして冷蔵庫とキッチン内を探しまくったが、結局コーヒーの在りかはわからず仕舞。「もういいよ、ありがとう」と言ったら、なんと彼女はちょっと待ってと言ってガサガサと生豆を袋に入れ、これを持って行けと、夕食のお弁当と一緒に持たせてくれた。

 その生豆、実は焙煎の仕方がわからず1年経った今もそのままの状態で我が家の台所に保管してあることはここだけの話である。

パーカッションレッスンとコーヒー

 パーカッションのレッスンで、ときどき先生がふるまってくれたのはデミタスカップに注がれたかなり濃いめのコーヒーだった。私はファミレスのドリンクバーで普通のコーヒーカップにエスプレッソ2杯分を注いでブラックで飲むような人で、なんにせよ濃いコーヒーにも砂糖を入れる習慣がない。砂糖は?という問いに、いらないと答えると、先生はもともとクリクリな目をクリックリに見開き「無し?砂糖無しか⁈」と信じられないという表情で驚いていた。

 ところで「Pilòn(ピロン)」というリズムをご存知だろうか。キューバ音楽のリズムの一つなのだが、このリズムの成り立ちにコーヒーが関係しているという。コーヒー豆を何かするときに(コーヒーの実を精製するときの音なのか、豆を粉砕するときの音なのか…知っている人がいたらぜひ教えてください)、何かと何か(棒と何か?)の当たる音が元になって産まれたリズムなんだと先生はコーヒを飲みながら、身振り手振りで教えてくれた。私にとってピロンは、コーヒーも先生も思い出す、ちょっとだけ特別なリズムだ。

 小さなデミタスカップにたんまりと砂糖を入れてコーヒーブレイクするヒラルド先生は、とても実直で、音楽に熱く、人に優しい、素敵なぽっちゃりさんなのである。

pirónのリズムはだいたいこんな感じ。こんな場所からマニアックな撮影をしていることについてはまた追々。

『老人と海』を読んで過ごした1日

 実はぶっ倒れた日がある。結果的に事なきを得たので、無駄に誰かを心配させても仕方がないと思い帰国するまで誰にも言わなかった。

 確か最後のベースレッスンが入っていた日なので、サンティアゴ・デ・クーバを離れる前の週末くらいだっただろうか、朝起き上がろうとしたら猛烈な目眩で座ることすらできなかった。寝転ぶと落ち着く。起き上がると目が回る。朝っぱらから低血糖発作か?ならば飴の一つでも食べれば落ち着くだろうと、必死で身体を起こし、猛烈な目眩と吐き気に耐えながら飴を取りに行き、立て続けに2個を口へ放り込んだ。そしてまた横になった。いつもの低血糖発作ならこれで落ち着くはずだ。ところがしばらくして身体を起こすと、状況に変化がない。こんなことは初めてだ。助けを呼ぼう。それしかない。

 変わらぬ目眩と吐き気を圧して、階段の手摺にしがみつきながら寝間着で1Fへ辿り着き、とにかく身体に異常があることをお手伝いさんに伝えた。異常があることまでは伝わったが、彼女たちとは英語でのやり取りができない。とりあえずは支えられながら部屋へ戻って再び寝転んだ。ケイトは不在だったが、その旦那様のアベルがすぐに様子を見に来てくれてドクターを呼んだ方がいいかと尋ねてくれたので、この状況で選択肢があるわけなかろうと、私は即答でイエスと答えた。

 ほどなくして1人のドクターが来てくれて、脈と血圧のチェックと問診を受けた。そして出た診察結果は「とにかく食べろ」。どうやら低血糖と低血圧の併発だったらしい。

 毎日ご飯は十分に食べているつもりだったし、日本から持ち込んだおやつも食べていた。移動はほとんど徒歩だから適度な運動もしている。それなのに一体どういうことなんだと思っていた。キューバ滞在の長い現地でできた友達にそのことを話すと、おそらく自分で思っているよりもずっと体力を消費しているから、意識的にカロリー摂取した方がよいとい言われた。…言われてみれば。とにかく、適度どころか相当歩いている。しかも日本のような湿度はないが陽射しは強く、気温もそれなりに高い。気付かないうちに消耗し、さらには、夜な夜な深夜に及ぶライブ鑑賞に出歩いていた私は睡眠時間も短かかった。

 「とにかく食べろ」という診察結果をいただき、ドクターが帰った後、お手伝いさんが朝食を部屋まで持ってきてくれた。なんとかして食べろ、と。
 身体を起こすと目が回るので、寝転んだままの状態で横のベッドに置いてもらった朝食のチーズやハムを指でつまんでゆっくりと口へ入れていき、糖分が高いであろう果物100%のジュースや山盛り果物のヨーグルトも、身体を起こして一口入れてまた横になってを繰り返し、食べ終わってからはそのまま昼過ぎまで寝た。目覚めたときには少しだるさは感じるものの、普通に立ち上がって歩くことができた。

 泊まっていた部屋のチェストには、過去に泊まった日本人の誰かが置いていったと思われる、ヘミングウェイの『老人と海』が入っていた。パーカッションのレッスンもベースのレッスンもキャンセルして、やることがなくなってしまったこの日、私はおとなしくその小説を読むことにした。まさかキューバでこれを読むことになるなんて。

 そんな騒ぎの翌朝、いつものコーヒーボトルを手にしたお手伝いさんが真剣な顔で私にこう言った。「今日からコーヒーには砂糖を入れて飲め!」と。

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 色々迷惑かけながらお世話になったカサのお手伝いさんたち。時々怖かったけど優しくて陽気で、みんな笑顔がチャーミング。

ホテルのカフェでコーヒーを

 キューバはインターネット事情が日本とは大きく違う。私が訪れた2019年3〜4月時点では、ざっくり言うと、プリペイド式のWi-Fiカードを購入してWi-Fiスポットへ行き、ネットに繋ぐというのが一般的だった。Wi-Fiスポットはだいたい公園、広場、ホテルなどに設けられており、スマホを触っている人がそこそこいると、なんとなくそこがスポットであると見当がつく。

 私は最初公園でインターネットを利用していたが、実はちょっとした問題があった。アジア人丸わかりの私は公園で座っていると男性にしょっちゅう声を掛けられた。私が魅力的だからではない。彼らはお金が欲しいのだ。「ダンスのレッスンをしてあげる」「街を案内してあげる」「子供が病気だからお金をくれないか」…そんな調子で若者から中年まで、とにかく見境なく声をかけけくる。しかしこちらは時間なんぼでインターネットを使用中なのだ。こちとら貧乏でケチでイラチの関西人。しかもWi-Fiカードの購入も結構面倒ときた。要するに貴重なWi-Fiカードを消費している最中に邪魔すんなや、というわけである。

 かくして私は、落ち着いて長時間ネットを利用したいときには現地の人がほとんどいないホテルのカフェに行くようになった。煩わしさを避けるためのコーヒー代は200円足らず。美味しいくて、ゆっくりとネットが使えるなら、何も高いとは思わなかった。それくらい、男性に声を掛けられるのは煩わしかったのである。

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街の中心に位置するHotel Casa Granda(ホテル・カサ・グランダ)のカフェは深夜も営業。高層階ではないけれど、昼も夜もなかなかのロケーション。

おみやげコーヒーを買うなら

 ハバナの旧市街にあるCafe El Escorial(カフェ・エル・エスコリアル)。ケイトのカサでしばらく一緒だったEさんが薦めてくれた自家焙煎コーヒーのカフェである。人気店なので行くなら午前中にと教えてもらったので、ハバナ旧市街散策を決め込んだ帰国前日の朝、そこまで一目散に歩いた。到着時には既に豆購入のために並ぶ人たちが。豆のパッキングは紙袋で、封はホッチキス2か所留め。ホッチキスの調子が悪いのか、針がほとんど「コの字」のまま突き出ていた。キューバっぽい、なんて思いながら突き出た針を自分の指で曲げて落ち着けてみたり。帰国前だったのでそんなことすら感慨深かった。ジッパー付き保存袋、持っててよかった。

 早い時間だったからかまだ空席も結構あったので、せっかくだから私も1杯。するとコーヒーを運んでくれたウェイターが私に「linda」だって!なんだよ、朝から気分良いじゃないか。コーヒーがより一層美味しい。単純なのは男も女も一緒、ってなもんで。

 ハバナで旧市街に行くことがあれば、コーヒー好きな方は是非お立ち寄りを。ジッパー付き保存袋の準備をお忘れなく。

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天気も良くて、混雑前のテラス席はのんびり。

私的コーヒーパラダイスだったキューバ

 美味しいか、美味しくないか、そんなこと以上に味わい深い体験と結びついたキューバのコーヒー。いや、美味しいと思うのだが、味は主観だし私の味覚がまともかどうかの判断を私自身ではできない。あの美味しさは脳内で体験と結びついたものかもしれないし、海外という非日常と結びついたものかもしれない。もしかしたらこのパラダイス的経験と期待が増幅し過ぎて、次にキューバを訪れた時には「こんなだったっけ?」なんて、しょんぼりするかもしれない。それくらい、キューバのコーヒーは今の私にとって特別なものとなっているのである。

 コーヒー農園、行きそびれたな…。

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