受精障害の原因と対策

どうも!ぶらす室長です!

今回は、患者さんも胚培養士も頭を悩ませてやまない「受精障害」について解説していきたいと思います。

受精障害とは?

受精は、卵子の中に精子が入ることで起きます。

体外受精の治療では、採卵をして得られた卵子に対して、調整した精子を用いて体外受精(ふりかけ法)や顕微授精といった受精操作を行って受精をさせます。

ふりかけ法や顕微授精法の受精率は、成熟卵子あたりおおよそ60~80%程度が望めるのですが、受精率が極めて低い症例や、受精卵が全く得られない完全受精障害という結果になってしまう症例も存在します。

受精が起こらなければ、その後の受精卵の発育や着床、妊娠に至ることはできないので、大きな問題です。

ふりかけ法の受精障害の原因は、主に精子が卵子に到達できないことが多いため、ふりかけ法による受精障害への対策は「顕微授精法」となります。

問題は、顕微授精を実施したのに完全受精障害になってしまった場合です。

顕微授精による完全受精障害の頻度は、顕微授精周期あたり1~3%程度と報告されています。

顕微授精で完全受精障害となってしまった時の原因と対策について、論文を読み解いて解説していきましょう。

※こちらの記事は「ママになりたい」に掲載された記事の再編集版です。

受精障害の原因

卵子に精子が入ると「卵子の活性化」が起きて卵子は減数分裂を再開し、第2極体を放出、卵子由来の前核と精子由来の前核が表れて融合し、受精を完了させます。

卵子の活性化は、卵子の細胞内へのカルシウムの放出(カルシウムオシレーションと言います)によって引き起こされますが、これを誘導するトリガーとなる活性化因子は、精子から持ち込まれる「PLCζ」(ピーエルシーツェータと読みます)というタンパク質です。

受精障害となってしまう原因は「卵子の活性化が起きていない」もしくは「精子の活性化因子が機能していない」かのどちらかである可能性が高いと考えられています。

つまり、精子側の要因も卵子側の要因も考えられるということです。

◯精子側の要因

受精率の低い症例や完全受精障害であった男性の精子を調べた研究では、受精の進行のトリガーとなる精子由来のPLCζの量が著しく低いか、または確認できないことが報告されています。

また、ヒトにおいてPLCζ遺伝子の変異がいくつか見つかっています。

精子PLCζ遺伝子に変異がある場合、顕微授精における低受精率や完全受精障害を引き起こすことが確認されています。

さらに、PLCζの活性化は、精子が成熟しないと発現されないため、未熟な精子を用いた受精操作では、受精が進行しないことも報告されています。

◯卵子側の要因

受精障害の原因で最も多いのは、精子の活性化因子の機能障害であると考えられていますが、精子が機能していても受精障害になる場合も観察されています。

卵子は卵胞で発育し、LHサージの作用を受けて成熟しますが、細胞質が未熟な卵子は、入ってきた精子を適切に処理できず、受精障害や異常な受精を引き起こすことが報告されています。

最近になって、卵子の活性化に機能するいくつかの遺伝子が、卵子で変異していることが発見されました。

これらの遺伝子に異常があると、精子のトリガーが正常に機能していても卵子側が反応できず、カルシウムオシレーションが進行せず、活性化も起きず不受精となってしまうことが報告されています。

卵子活性化の機構

※精子が卵子を活性化するメカニズム。
精子のPLCが卵子のPIP2という分子をDAGとInsP3という2種類の分子に分解します。

InsP3は卵子の小胞体に作用して、その中に蓄積されていたカルシウムイオンを細胞内に放出させ、カルシウムオシレーションを誘発します。

DAGとカルシウムイオンが一緒に作用して、表層反応という多精子防御機構を活性化します。

その後、カルシウムイオンが様々な分子に作用し、受精現象が進行していきます。


受精障害への対策

受精障害の対策としては、「卵子の活性化を誘導してあげる」こと。
つまり、細胞内のカルシウム濃度を上昇させ、カルシウムオシレーションを起こすことを実施します。

これを活性化処理と言いますが、いくつか方法があります。

電気的方法機械的方法、そして化学的方法があります。

化学的方法は、国内でも海外でも最も普及した活性化処理法になります。

代表的な薬剤では、カルシウムイオノフォア(Ca2+イオノフォア)、塩化ストロンチウム(SrCl2)、エタノール、ピューロマイシン(タンパク質合成阻害)、6-DMAP(タンパク質合成阻害)などがあります。

〇カルシウムイオノフォア

国内の臨床現場で最も利用されているのは、Ca2+イオノフォアであるイオノマイシンとカルシマイシン(A23187)です。

製品化されている事、顕微授精後にこれらの溶液に15~30分間卵子を漬けておくだけで良いというプロトコールの簡便さがその理由だと思います。

これらの作用機序は、カルシウムイオンに結合し、卵母細胞膜を通過して細胞質内に輸送し、単一の長時間にわたるカルシウムイオンの上昇を引き起こします。ただ、イオノフォアは最初の卵子内のカルシウムイオン濃度を上昇させますが、反復したカルシウムイオン濃度が上昇する本来のカルシウムオシレーションを再現できているわけではありません。

それでも、メタ解析論文で受精率や妊娠率の向上に大きく貢献することが報告されています。

〇塩化ストロンチウム(SrCl2)

最近では、活性化処理のセカンドチョイスとして塩化ストロンチウム処理が有名になってきています。

塩化ストロンチウムの作用機序はよくわかっていませんが、卵子内に蓄積されているカルシウムイオンを放出させることで、パルス状のカルシウムオシレーションを再現していると考えられており、マウスの報告では活性化誘導に効果が高いことが報告されています。

ヒトにおいて、2回の受精障害となった症例に対して活性化処理を実施し、イオノファアと塩化ストロンチウムの効果を比較した報告では、イオノフォアよりも塩化ストロンチウムによる処理で、妊娠率と出産率が有意に上昇したことが報告されています。(反対の報告もあり)

〇シクロヘキシミド

カルシウムイオノフォアや塩化ストロンチウムなどの活性化処理も、電気的処理も機械的処理に関しても、卵子のカルシムオシレーションに対する処置であり、卵子における遺伝子異常を持つ症例には効果が期待できません

実際に、WEE2という遺伝子の変異があると従来の活性化処理では改善されないことが報告されています。

そこで、カルシウムオシレーションを介さずに減数分裂の再開を促す薬剤で処理することで、受精を促進させるという方法がいくつか臨床応用されています。

シクロヘキシミド(CHX)は、サイクリンBの合成を阻害し、MPF(成熟促進因子)を不活性化し、減数分裂の再開を促すことができる非特異的なタンパク質合成阻害剤です。

CHXは、ウシなどの動物の単為発生研究に利用されてきました。

ヒトにおいては、従来の活性化処理(イオノマイシンやカルシミシンを使用)を行ったにも関わらず、低い受精率(10%未満)だった6組のカップルに対してCHX処理を行った研究があり、その結果は6例中5例で受精率が10%未満から約50%まで改善する結果となりました。

しかしながら、シクロヘキシミドはタンパク質の合成を阻害をする薬剤であり、その効果は非特異的であるため予測不可能な相互作用が他のタンパク質の発現に影響を与えてしまう可能性があります。

つまり、本当は必要なタンパク質の合成まで阻害してしまう可能性があり、安全性が担保されていない方法と言えます。

使用する症例はかなり限定されるべきですし、もし実施するとしても、臨床研究ベースで実施する必要があると思います。

シクロヘキシミドの代わりにピューロマイシンを用いるプロトコールもあります。

まとめと考察

受精は、妊娠するために必ず達成しなければいけないプロセスの一つです。

受精障害の頻度は少ないものの、顕微授精はもちろん、特別な処置による治療が必要となります。

最近では、その原因がいくつか特定されており、ここでは紹介しきれていない様々な治療法が検討されています。

個人的には、以前より受精障害は解決できる可能性が高くなっていると考えています。

一方で、様々な薬剤を使用する場合が多いので、使用した時の胎児への影響が心配です。

カルシウムイオノフォアや塩化ストロンチウムに関しては、予後の報告がいくつかあり、流産率や胎児の先天性異常、染色体異常などは増加しないことが報告されています。

受精障害に対しては、いきなり活性化処理を行うのではなく、卵巣刺激法や精液調整の見直しから始めて、その後、カルシウムイオノフォア処理、塩化ストロンチウム処理、それらの併用を実施し、それでも改善しなければ「その他特殊な方法を検討する」という流れがよいのではないかと思います。

以上です!
ご参考になれば嬉しいです!

引用:Total fertilization failure after ICSI: insights into pathophysiology, diagnosis, and management through artificial oocyte activation

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