【漫画】胚培養士ミズイロを読んだ感想と解説(3)
どうも!ぶらす室長です。
前回に引き続き、漫画「胚培養士ミズイロ〜不妊治療のスペシャリスト〜」について胚培養士目線の感想と解説をしていきたいと思います。
第1弾、第2弾の解説を読んでいない方は下記の記事を先に読んでもらえると嬉しいです。
「胚培養士ミズイロ〜不妊治療のスペシャリスト〜」は週刊ビッグコミックスピリッツで連載中のおかざき真里先生の作品です。
胚培養士を主人公とした漫画で、現代の不妊治療の現状や課題、患者さんの葛藤などを描いた医療漫画となっています。
記事としては第3弾です。
ここに来て思ったのですが、「単行本単位で解説するの無理!!」でした。
そのため、ここからは話数単位で感想と解説をして行こうと思います。
今回は第9話〜第12話の内容となります。
※ネタバレを含みます。
では、行ってみましょう!
第 9話 energetic①
今回の物語では、34歳のフミさん、24歳の徹平くんの歳の差夫婦が登場します。
フミさんは絵に描いたようなバリキャリで、不規則な生活やストレスも多く、仕事を優先して妊活を先送りにしていました。
徹平くんはというと、若くて運動も定期的にしており、タバコも吸わない、性欲も旺盛(笑)というまさに健康優良児です。
そんな2人が、ついに妊娠を目指すためにまずはリプロダクション アースクリニックに検査を受けにいきます。
今回の検査では、フミさん特に異常は見当たりませんでした。
一方で、徹平くんの精液検査では
「今日の精液中に精子がいませんでした」
と伝えられています。
めちゃくちゃさらりと伝えられていますが、射出精液に精子が見つからないというのは一大事です。
「たまたまということもありますので、再度検査をお勧めします」
とご案内されています。
その通りなんですが、私の経験的に「たまたま精子がいない症例はごく稀」だと思います。
でも、セオリー通り精液検査は複数回行うことを推奨しています。
第10話 energetic②
さて、その後数回の精液検査をしてもやっぱり精子は見つかりませんでした。
その原因として向けられた矛先は胚培養士で、
「胚培養士が見つけられなかったんじゃない?」
と質問されます。
それに対して、我らがスーパー胚培養士の水沢さんは
「見逃しはないです。私」
と答えます。かっこよ。
さて、精液検査で無精子症が疑われた場合、症例によっては遠心分離機を使って精液を濃縮してから顕微鏡で精子を探す事もあります。
その時、濃縮した精液全てを観察します。
運動精子がいるか?
運動しているかいないかに関わらず精子がいるか?
というのは今後の治療方針、ライフプランに大きく関与するからです。
そして、徹平くんは無精子症と診断されます。
作中にも解説がありますが、無精子症には精巣で精子は作られているけれど、精子が通る管(精路)が詰まっていて精子が精液に射出されない閉塞性無精子症と、精路は正常だけれど精液に精子がいない非閉塞性無精子症があります。
どちらもTESEの適応ですが、後者の方が治療は難しくなります。
徹平くんは精巣の萎縮が指摘されており、後者の非閉塞性無精子症と診断され、TESE手術による精巣から精子の採取を提案されます。
原因があるなら100%自分だと思っていたフミさん。自分の方が歳上でかつ仕事も忙しかったので当然ですよね。
でも「数字や見た目、傾向通りにいかないのが不妊治療」
これは、非現実的な話ではなく、むしろ「あるある」です。
そこから2人はそれぞれの為に無精子症について調べたり、造精機能(精子を作る機能)が良くなるような食べ物や生活スタイルを心がけようと努力を始めます。
男性側が原因なのに、何もしないという世の男どもは一度これを読め!そして見習え!
仮に、男性に原因がなくともだ!
実家に帰ったフミさんですが、この後さらに父親から追い討ちを受けます。
「それで、子供はまだできんのか?」
「仕事で忙しいからホルモンバランス狂うんじゃないのか?」
「徹平くんの方が稼ぎが悪いから作らないのか?」
お父さん。
ヒール(悪役)としてとても良い仕事をしている。
これは患者さんの方が経験があるかもしれません。
心配と愛情の裏返しで言ってしまう事の方が多いと思いますが、傷口に塩をぬりぬりしているのと同じ事ですね。
今回はお父さんでしたが、お母さんの場合もあるし、義父母だったり、兄弟だったり、上司や同僚だったりすることもありますよね。
↑↑完全同意。
胚培養士の話に戻しましょう。
アースクリニック院長が
「非閉塞性無精子症のTESEをやるのだが、胚培養士の中で誰がやるかね?」
と問います。
かっこよ。
人数多!かっこよ。
さすが、リプロダクション アースクリニック!
でも、この時の皆さんの顔
内心「やりたくねぇ〜」って気持ちの人もいると思います。なぜなら大変だから!
本文で簡単にTESEの流れを説明していますが、私からも少し解説します。
TESEの正式名称は、testicular sperm extractionで精巣内精子回収術と言います。
精巣は、精細管という白滝みたいな管がぐるぐるに入っており、この精細管の中で精子が作られています。
TESEでは、この精細管の一部を手術で取ってきて、すぐに胚培養士が組織を細切してバラバラにした後に、顕微鏡で精子を探します。
最近の主流であるmd-TESEでは、顕微鏡を使って精細管を観察し、精子がいそうな精細管を回収してきます。
精子が作られている部分の精細管は白く濁って見えるらしいので、それを医師が探して回収して来るのです。
精子が見つかれば、その周辺の精細管を多めに回収して手術は終了になります。
精子が見つからなければ長引きますし、右精巣で見つからなければ左精巣も採取するといった場合もあります。
この後、本編でも解説があります。
ここらへんの術式は医師によるところもあると思います。
あと、TESEの手術を担当するのは泌尿器科の先生です。
ちなみに、大学病院ではなく民間の不妊クリニックでTESEの手術ができる施設というのはかーなーり珍しいです。
(医師的にも設備的にも困難です)
一般的には、提携している病院の泌尿器科に依頼することが多いと思います。
さすが泌尿器科の先生が作った不妊クリニックのリプロダクション アースクリニック!笑
胚培養士も、精子がいない時は本当にいないかどうかを顕微鏡で観察して探す作業になります。
これは、オペが終わった後も続きます。
とにかく時間のかかる作業なんです。
第11話 energetic③
実際のmd-TESEの手術が開始されます。
これは、もう私が解説するよりも原作を読んで頂いた方が断然分かりやすいです。
これが、先ほど説明に出てきた白滝みたいな精細管ですね。
これを細切したり砕いたり、濾したりしてディッシュに引いて、精子を探します。
この施設では、モニターに映してオペ中の患者さんにも見せながら探すようです。
これは、超プレッシャーですがないものはないし、あるものはあるので。
ちなみに、麻酔で完全に寝かしてしまう施設もあると思います。(普通に痛いオペです)
たくさんのディッシュを探していますが、今のところ精子は見つかりません。
徹平くんは自分を責めながらモニターを見つめています。
その時、水沢さんが
「germ cellありです!」
「精子がいる可能性があります!」
と伝えます。
germ cellというのは、生殖細胞のことです。
つまり、細胞の中でも精子に分化する細胞が見つかった!って事ですね。
精子も最初は丸い細胞ですが、分化していくうちに尾部が形成されたり、いらないものが削ぎ落とされて、よく見る形になっていきます。
正直、私は正確に生殖細胞を見分ける事はできないです。
そのくらい難しいですし、経験や熟練した目が必要な事です。
かっこよ。
こんなカッコ良い残業の仕方ある?笑
待機していた胚培養士が、これから精子を探す作業に移るために準備をします。
ここからが胚培養士の本当の仕事の始まりですね。
人手と設備がある施設では人海戦術を取ります。
第12話 energetic④
基本的に精子を探す顕微鏡は、顕微授精を行う顕微鏡と同じものを使用する場合が多いです。
作中の施設では、少なくとも3台は倒立顕微鏡がありますね?
「そんなに顕微鏡ないわ!あっても人がいないわ!」って声が聞こえてきそうです。笑
この顕微鏡をTESEで使用している間は顕微授精もPGTのためのバイオプシーもできませんからね。
今回のように、業務後に実施するしかない場合もあると思いますし、そもそも実施できないという施設が多いと思います。
「精細管から探す場合は、無数の細胞の中から精子を見つけなければいけない」
という描写がありました。
射出精液と違って、様々な組織片や細胞、赤血球や白血球などの血液成分も混在している懸濁液から「いるかわからない精子」を探します。
これは、本当に疲れるし、大変な作業です。
実際は、奇形精子がいるだけでも結構嬉しいです。
なぜなら、全く精子が作られていないわけではないという事で、希望を繋ぐことができるからです。
また、最悪、奇形精子しかいなくても生存精子であれば顕微授精に用いる事はあります。
運任せのような感じになりますが、受精することもあります。
一般的に、精子がいるTESEの症例で精子を探すのは、どのくらいの精子濃度があるかを計算するためが多いです。
ある程度の数が数えられれば、いくつかの本数に分けて凍結してしまいます。
実際にTESE精子使うのは、採卵した日です。
凍結していた懸濁液を溶かして使用します。
その時はその時で、顕微授精の前に再び形態の良い精子を探さねばなりません。
凍結前に見つけていた綺麗な精子が、溶かした後に生きているかはわからないですからね。
まとめ
今回は、TESEのお話でした!
胚培養士の中でも、実際のTESEの手術に立ち会ったり、作業をした事がある人は少ないかもしれません。
私もそこまで経験が多いわけではないので、ミズイロの内容は、非常に勉強になりました。
教科書読むよりもわかりやすいんじゃないかな?
ちなみに、リプロダクションクリニックの強烈なCMになってしまいますが、モデルとなっているリプロダクションクリニックもTESE症例が非常に多く、それを売りにしているクリニックです。
何度も言いますが、作中のような流れで自分のクリニック内でTESEの手術を行う事ができるクリニックは珍しいです。
これができると、新鮮TESE-ICSIが非常にやりやすいのも大きな強みだと思います。
つまり、「TESE手術をした日に採卵も行い、精子凍結を行わずにICSIまで終わらしてしまう」という方法です。
メリットとしては、TESEで採れたなけなしの良い精子が凍結で死んでしまう事が防げる事が挙げられます。
デメリットとしては、まず採卵日とTESEの手術日を合わせる事が難しい事、とにかくその症例にかける培養士の仕事量がハンパない事が挙げられます。
それができる設備と人員の数は、唯一無二かもしれないですね。
そして、今回解説はできませんでしたが、さまざまな社会問題や患者さんの気持ちの描写がたくさん盛り込んであってすごかったです!
偉そうな言い方になってしまいますが「とても漫画が上手い」と思いました。
胚培養士をとてもカッコよく書いて頂いていて、私としても嬉しい気持ちになりました。
く!!!早く、早く4巻の解説をしたいっ!!!
でも、全部解説したいので、順を追って一つずつやっていきますね!
次回もお楽しみに!
ではまた!
引用: