【短編】遠い空

拝啓。という書き出しも
正しいかどうか分からないけれど。
お元気ですか。

もう声も匂いも温もりも
何もかも覚えてないけれど
好きなことも嫌いなことも
どんな言葉を交わしたかも
何もかも覚えてないけれど

絡まった糸のように
複雑に交差する地下鉄の
満員電車に揺られる度に
聳え立つビルの隙間から襲う
強風に煽られる度に

もう、何もかもを忘れてしまった
あなたのことを思い出す。

あなたから欲しいものは何も無い
あなたから貰ったものも何も無い
かつてはあったのかもしれないけど
そんなものとっくに忘れた。

私にあなたがいないように
あなたに私はもう居ないのでしょう
そうでありますように
そうでありますように。

それでもなお、
あなたの影を
ふとした瞬間に探してしまうのは
どうしてなのでしょう。
どうしてなのでしょう。

拝啓。お元気ですか。
私はこの東京という大都会で
これでも元気にやってます。
一人で生きてやってます。
決していい暮らしではないけれど
私は元気でやってます。

あなたはどうですか？
まだ、生きていますか？
私のことを覚えてますか？
覚えてなくてもいいのだけれど。
いつかあなたの人生に
私の姿を映せますように。

私の姿を映せますように。