奴奈川姫の生きた時代 推理
1.古代天皇の在位
少し前に日本史の年表に天皇の在位を重ねて作ってみました。
すると、だいぶ長生きな天皇が多くて💧
そこで、実在する可能性の高い『雄略天皇』の前の天皇方を10年くらいの在位に削ってみました。
そしたら、第一代『神武天皇』の在位がだいぶ後になることに興奮しました!
『卑弥呼』の死後、『壱与』があとを継いだのが西暦250年。
その3世紀後半から西暦391年の「日本が高句麗と戦う」までの『空白の4世紀』が古代天皇の在位でふさがりました!
私が大ざっぱに10年の在位にしたら、『神武天皇』は西暦290年くらいからの即位になります。
天皇系図では紀元前660年からなんですけどね。
で、日本最大の古墳『仁徳天皇陵』の工事期間が考古学的に西暦441年頃から460年頃というのですが、宮内庁の天皇系図では399年に亡くなっています。
何で40年も放っておいたの?と思いませんか?
でも、私が勝手に縮めた年表では『仁徳天皇』は399年頃亡くなり、411年に着工で?
いや、もっと縮められそうですね。
2.名前の似ている人が怪しい
糸魚川にある奴奈川神社は、景行天皇の指示で武内宿禰?さんが建ててくれたそうです。(武内宿禰さんは実在が疑われているみたい)
一人目の怪しい人の話をしますね。
奴奈川姫のある伝説で、奴奈川姫には息子がいました。タケミナカタさんは私でも知っていましたが、なんとその上に長男のタケヌナカワさんがいたのです。
で、私この名前に覚えがありましてノートを見返したら
崇神天皇の政策で四道将軍っていうものがあり、その将軍の中に『タケヌナカワワケ』という方がいたのです。
この『タケヌナカワワケ』の父親が『オオヒコ』という人で、その弟に『スクナヒコオココロ』という方がいました。
聞き覚えないですか?
奴奈川姫の夫『オオクニヌシ』と一緒に国づくりをしていた『スクナヒコナ』さん。
この人が二人目の怪しい人です。記紀のどちらかに小さい神様とか書いてあったと思います。
古代史を勉強していると昔の記録に疑いの目を向けるいやな性格になりそうですが💧
ただ、かぐや姫という名前の方もいるんですよ。
漢字は迦具夜姫だったかな?
父親を当時の権力者に処刑され、迦具夜も殺されるはずでしたが、親戚に引き取られました。
美しく育ち権力者などから求婚されます。
でも、迦具夜は死ぬはずの自分が生き続けたことに罪を感じて、全部断ります。おとぎ話そのものですよね?
とりあえず、また新しいことがわかったら報告します。
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