【法務】IoT社会で ToT なIT会社 ~サプライヤー契約実務~

※今回は #裏legalAC の企画で投稿させて頂く記事となります。
タンザニアネコさん@Tnatz2020)からバドンを頂きました!
※タイトルで少し遊んでしまいましたが「ToT」は顔文字です念のためw
※今回の記事は、あくまでサプライヤー側の法務担当者からの視点を一方的に述べた内容ですので、その点ご留意ください。

私の経歴を簡単に申し上げますと、大手メーカーで法務と営業を経験後、現在は中小IT企業において法務を担当しております。

今回のテーマは「IT系サプライヤーが顧客と契約締結する際に生じるペイン」にさせて頂きました。

1.事案と問題点
2.契約書がない場合について
3.契約条件が著しく不利な場合について
4.契約締結を「手続」として捉えてよいか
5.おわりに(おまけ)

この類の話はIT業界に限られない部分も多いですが、この場をお借りし、私自身が特にIT系サプライヤーの契約実務の場面で時々感じる「モヤモヤ(ToT)」を発散した上で、「契約」について考察したいと思います。

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1.事案と問題点

まず、本記事の前提を以下のとおり設定します。
私が所属する会社の事業特性は捨象しますので、一般的な事例として紹介させてください。

・X社は、各種データ、ソフトウェア(SW)、SaaSサービス等(以下「X社製品」)を提供する中小IT企業である。
・相手方(契約先)は、X社より比較的規模の大きい企業その他法人である。
【例:自動車メーカー、機器メーカー、SIer、プラットフォーマー、官公庁等(国内外問わない)】
・相手方は、X社製品を利用して、自社のハードウェア(HW)機器やシステムに組み込んで顧客に提供したり、又は自社保有のデータとマッチングさせて分析作業等を行いたい。
・X社は、相手方に対してバーゲニングパワーの点で相対的弱者である。
・本記事では、下請法、優越的地位の濫用等を含む独禁法関連の議論は割愛する。

こうした案件である程、X社の営業担当者は、X社の売上に貢献するため、なるべく相手方の意向に応じてASAPで契約締結したいというケースが多いです。

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次に、問題となるパターンとしては、

(1)取引実態に合う契約書が無い(又は契約書があるのに実体がない)。

(2)取引実態に合う契約書を締結できても、X社に著しく不利である

これを読まれている法務の方々にとっては「あるある」だと思います。

なので、より具体的な事例に落とし込んでみます・・・
(お忙しい方は読み飛ばしもらっても構いません)

(1)の事例:
・相手方から取引開始手続(口座開設等)のため取引基本契約書の締結を要請されたが、HW機器の売買や製造請負等を想定した条件となっており、X社製品を対象とするSWライセンスや開発請負といった実態に合っていない
・上記との類似ケースで、実態は準委任契約なのに請負契約で締結させられる。
契約条件の交渉を拒否するか、又は遅滞させられることにより契約締結ができないまま、簡易的な書面のみで先行着手させられている(法務側で感知できない場合もある)。
・「契約書」というタイトルだと相手方の決済手続が煩雑となるため、「覚書」「誓約書」等のタイトルにした上で簡易的な書面にするよう求められる
・相手方の購買又は経理機能を所掌する子会社との契約締結を求められる(親会社が当事者にいない)。
・民法改正に伴う契約不適合責任条項の改訂等のイベントを機に、全てのサプライヤーに同じ内容の基本契約書を締結することを以降の取引条件として求める。

(2)の事例:
・権利帰属や責任範囲等の主要条件が、X社にとって①一方的に不利である、②遵守不可能な条件があるか又は③合意しておくべき条件が記載されていない
・定型取引に当たる一部のX社製品の利用規約の不利益変更を求められる
・カウンターコメントのパターンが予め設定され、それ以外の代替条件の申出が断固拒否される(本国の意向に逆らえない外資系に多い)。


こうした事象が発生する理由は、相手方に主に以下の事情があるからと推測します。

① 対象取引で自社に有利な状況を確保したい、又は顧客側との取引条件とサプライヤー側の取引条件をback to backで揃えておきたい。
② 形骸化した社内ルール(決裁手続や権限者の要請等)や慣習等に逆らう負担(コスト)が、個別案件に応じた条件交渉のコストを上回る
③ 対象取引に法務関係者が関与していない。

①については、通常想定される合理的な判断だと考えます。
私自身も同様に振舞うと思いますが、以下に述べる通りサプライヤー側に不利な条件の押し付けが伴うことも多いでしょう。

②について、こうしたルールや慣習等が形成されるのには元々理由があり、主に効率的なサプライヤー管理を実現することでコスト低減を図るという点にもあると推測します。

こうしたコスト低減活動が契約リスクの回避を目的としているのなら、①と②は重なる部分もあります。

確かに、契約書締結までのプロセスは一つのコストです。
かくいう私自身も前職は大手メーカーに勤めており、数万のサプライヤーとの取引条件を共通管理するための購買契約フォーマットの改訂に携わったことがあるので、気持ちはわからなくもないです。

ただ、こうした社内ルールや慣習等が形骸化することで十分な契約交渉の機会が失われるという問題が生じます。

さらに、規模の大きい企業でも購買担当部門等の裁量が大きかったり、何らかの事情で法務担当者が関与していない等の場合に③のケースが生じます。

ややこしいのが、前述した手続形骸化により相手方の担当者が法務関係者を関与させずとも案件を進められるという点で、②と③は重なる部分もあります。

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それでは、当事者間に内在する以上の事情を踏まえ、どのように対応すべきかを考えてみます。


2.契約書がない場合【上記1.(1)】について

(1)取引実態に合う契約書が無い(又は契約書があるのに実体がない)。

どの企業も、置かれた立場によって条件交渉の方針を変えると思います。

上記1.(1)の事例について、既に先行着手がなされている場合の話は契約書作成以前の問題も多いので、ここでは契約書(案)と実態に乖離がある場合に焦点を当ててみます。

サプライヤーたるX社としては、状況に応じて以下の様な方針(上の項目ほど優先度は高い)で進められないかを相手方に申し出るでしょう。

Ⓐ 相手方の契約ドラフトに代えて、X社に比較的有利であるか又は実態に沿う条件をファーストドラフトとする
Ⓑ X社にとってリスクが少なくかつ実態に沿う条件を勝ち取るため、相手方の契約ドラフトに加筆修正(必要に応じて条件交渉)する
Ⓒ 少なくともX社にとってリスクの高い条項の適用排除をする等の変更覚書を締結する
Ⓓ 別途書面(議事録やメール等)で、上記©︎の趣旨・目的を達成できる様な言質を相手方から取る。
Ⓔ その他の代替案(契約書を締結しないシナリオ含む)を模索する。

Ⓐ~Ⓒが実現する流れとして、相手方は当初アンカリングやタイムプレッシャー等により頑なに交渉を拒みますが、一定期間経過後に交渉を認めてくれる場合もあります。

Ⓐについて、X社製品をライセンスするといった場合、本来対象製品を保有し知見のあるX社が予め使用条件等を設定すべき話(利用規約等の定型約款は最たる例)であり、相手方が叩き台として提示するHW機器の売買契約をベースとするのは避けたいところです。

この次元で実態と乖離していると、相手方の雛型を無理やり加筆修正するというⒷの方針は採り難く、Ⓒの方針に流した方が良い場合もあるでしょう。

一方、Ⓐ~Ⓒが実現してもバーゲニングパワーで交渉不利なケースが多く、上記1.(2)の問題に移ることになります。

以降、両者の法務担当者も交えた直接交渉(呼び出し)に発展することもありますが、「(案件を早く進めたい)相手方担当者と当社担当者 vs (契約リスクにうるさい)法務担当者」という図式となり、私が交渉中に孤立させられる場面もあります。
ただ、ここをどう踏ん張るかで妥協点の位置も異なってくるのではないでしょうか。

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最悪ⒹやⒺの様なステップを踏む場合もあるでしょう。
ただ、Ⓔについて、相手方に(前述した)以下の事情があると、結局は実態に合わない契約書の締結を求められサプライヤーは拒否できないことも多いという点がこの問題のややこしいところです。

② 社内ルール(決裁手続や権限者の要請等)や慣習等に逆らう負担(コスト)が、個別案件に応じた条件交渉のコストを上回る

もちろん、特に法務側が提案できる代替方針を尽きてしまい、経営陣を交えてリスクを受諾するかを決定してもらう場合でも、リスクを冒してまで進める案件であるか(法務が懸念しているリスクは案件を止めてしまうほど深刻なのか)事案の特性を把握した上で必要かつ十分な情報を提供しなければならないです。

ここは経験や知見の豊富な皆様方にもお伺いしたいところではありますが、案件を進めさせる場合(もしくは止めてしまう場合)、法務として果たすべき役割が何なのかを考えさせられる場面でもあります。


3.契約条件が不利である場合【上記1.(2)】について

(2)取引実態に合う契約書を締結できても、X社に著しく不利である

上記1.(1)をクリアしたとして、次は契約条件の中身として上記1.(2)で問題点を洗い出し、カウンター方針を練る必要があります。

(1)サプライヤー側の視点

ですが、仮に違法又は著しく不当な条件で契約締結されたとしても、いったん合意した条件を後日争うことは様々な意味で容易ではありません。
当たり前ですが、こうした契約条件の存在が事業遂行に萎縮的効果を与えるわけです。

特にどの類型の契約であるかは仕分けをしていませんが、X社製品で問題となりうる具体的な契約条件を以下のとおり想定してみます・・・
(お忙しい方は読み飛ばしもらっても構いません)

【権利帰属】
・X社製品の権利が譲渡されると解釈可能な条件である。
・開発・分析の過程で派生的に生じた又は共同開発したといえる成果物(副産物)の権利の取扱いが不明確である。
【責任分担・範囲】
・サプライヤーの取引規模や貢献度に合わない過大な損賠償責任を負う。
・取引実態に合わない責任(製造物責任等)を負う。
コストやリソースに合わない修補義務や保守運用義務を負う(通常認められない過大な要求に応えるSLA等も含む)。
【その他】
・そもそもライセンス製品や開発業務の対象・内容が不明確である。
・ライセンス製品の使用目的や開示先の範囲が広範に設定される。
・その他遵守不可能な要求がある(再委託先の関係者全員に個別に誓約書を記載させる等)等。

以上の問題点や対応方針をがっつり書くと紙幅を割いてしまうので、ここでは数個のポイントのみ挙げてみます・・・
(テーマが拡散しそうで焦る筆者・・・)

権利帰属】

相手方の担当者にはデータやSW等の無体物にも「所有権」があるとの誤解があり、(HW部品と同様)権利移転を求めてくる場合もあります。

無体物となるX社製品についてケアすべきは知的財産権その他権利ですが、相手方に向けてカスタマイズされたものでない限り、X社の屋台骨であるX社製品の知的財産権が譲渡されたと解釈されるのは最も避けたいところです。

また、共同で利用したい成果物についても、使用条件を明確にしないまま安易に「共有」とすれば諸々の制約が生じるので、慎重に検討した方がよいでしょう。

【責任分担・範囲】

どの契約類型であっても最も争いになりやすいポイントの一つです。

本来SWとHWは取扱いが異なり、例えば製造物責任はHWデバイスの製造者や提供者にあるのが通常でしょう。
ただ、専らSWの指示によりHW側に誤作動が生じた場合は別です。
特にIoTソリューションにおいては相互の関連性が強いため、SWであるX社製品に起因する不具合があった場合、その影響が通常以上に広範囲であるがために、X社が取引規模や事業規模に見合わない範囲の責任を負うべきかが検討対象になります。

例えば、コネクテッドカーを推進する大手自動車メーカーより「SW側の誤作動により自動車事故が生じリコール対応が必要となったら、SWのサプライヤーが全ての損害費用を補償免責すべきである」と言われた場合、いかがでしょうか。

【その他】

主にAI・IoTソリューションにおいて派生データ等が生じた場合の取扱いについて触れてみます。

相手方が、X社製品(データやSW等)を加工・分析等することで派生データやアルゴリズム等を生成する場合がありますが、両者間でその取扱いをめぐり条件交渉で揉める場合が多いです。

例えば、最近ではAI技術によって生成された学習済パラメータ(アルゴリズム)や出力データ等の権利が誰に帰属するかが話題になってますよね。

ただ、データやアルゴリズム単体で著作権等が発生するわけではないですし、取引に応じて当事者の貢献度も異なる点も踏まえれば、当該派生データ等が生じた場合の使用権限や使用条件について可能な限り明記したいです。

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(2)契約文言以前に大事なこと

仮にいずれかに好都合な条件を定めたとして、サプライヤーの製品・サービスの特性を理解しておかなければ、契約文言だけでは想定していないリスクはあります。

例えば、前述のIoTソリューションについていえば、契約条件の有利不利に関わらず、セキュリティ措置等サービス全体としての安全性が担保されている仕組みであるか、また法令を遵守しているかの検討も忘れてはなりません。

特にパーソナルデータを規制する法令や不公正な取引を規制する法令といった強行法規に知らず知らずに抵触している様な取引条件を避けるべきなのは大前提です。

もちろん、この点は両者間でケアすべき事項ではあります。


4.契約締結を「手続」として捉えてよいか

以上を踏まえ、契約締結を単なる手続(セレモニー)として捉えることへの警鐘を鳴らしてみます(チリ~ンチリ~ン♪)。

(1)契約の「約款」化

突然ですが、仮に皆様がこれから「結婚」するとします。

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パートナー同士の生活上の取り決めについて、ここで相手方が「約款」を提示してきたら「ウッ!」ってなりませんでしょうか。

・甲は乙に対し、毎月1回、乙が自由に支出できる金銭を支給する。当該金銭の具体的価額は、諸般の事情を鑑み、甲の裁量で決定される。
・甲乙間の家事分担については、別途甲が指定する基準に従う。

改正民法で「定型約款」条項が加えられたのは、消費者の保護に配慮しつつも、個別の条件交渉が難しい定型取引が存在する実態を踏まえたものでしょう。

サプライヤーとの取引で相手方が提示する定型的な雛型(取引基本契約等)も、定型取引ではないケースが多いにも拘らず、ある意味異なった角度から「定型約款」に似た事象が生じているともいえます。

典型的な「定型約款」とは異なる点が、(前述した)契約締結手続に伴う社内ルール等に捉われた結果、手続的要素が重視され実態が置き去りになる点でしょうか

ただ、契約にも「交渉型」と「約款型」が存在し、案件の特性から前者に当たる場合に、統一書式に頼りすぎるのは安易なのは、理屈としては理解できると思います。

例えば、一重に守秘義務契約(NDA)であっても…

① 汎用的な条件であったり、契約違反のリスクも大きくないこと等を重視すれば「約款型」に特化
② 自社情報が漏洩された場合のリスクが大きい、本契約段階の条件交渉が不利になる(準拠法等)といった事情を重視すれば「交渉型」に特化

契約書には様々な役割があると思いますが、紛争が生じた場合に重要な証拠となるのは勿論、取引継続中に担当者が変更したり長時間が経過しても取引条件が明確に共有されることで要らぬトラブルを防止するという点があります。

さらに、契約は両者の合意内容を反映したコミュニケーションの手段である以上、相手方から一方的に押し付けられるものではないことは頭では判ります。

そのため、契約書を作成する際、

「この案件にはどの雛型を当てはめるべきか」というより、「案件の特性を踏まえて関係者でどう契約を作り上げていくか」というのが理想なのでしょう(言うは易しですが)。

この観点で述べると、

「サプライヤー」の名を借りて「被害者ヅラ」してるこれまでの論調と矛盾するやんw
・自分も普段から雛型を修正加工して案件進めているやろw
・X社製品のうちSaaSサービス等の利用規約では条件の押し付けをしてるやんw

と言われそうですが、

以下に述べる通り、互いに自己の主張ができるような状況を作り、最適な契約条件を共同で見出す努力ができたらいいなということです。

もちろん、自分も至らない部分は多いです・・・

(2)IoT社会と契約実務

IoT技術によりサイバーな世界とフィジカルな世界が融合しても、各当事者が全ての案件で互いの製品・サービスをしっかり熟知しているというわけではありません。

一方で、リーガルテックの発展により定型的な契約作成が容易になり、統一書式化の動きが加速しているという現状もある上、前述のとおり手続的要素を優先する会社もあります。

こうした状況下で、技術の進歩や取引の実態に法律や契約実務が追いついているのか疑問を感じる点は残ります。

現時点でリーガルテックによって未だ代替できていないのは案件の特性に応じたリスク察知能力だと思ってます。契約実務担当者の価値もここにあるのではないでしょうか。

当社でもいくつかのリーガルテックを導入しており、各社の新しい取り組みには関心を抱き情報を仕入れる努力はしております。
ただ、業務効率化を進めすぎたがために、基本を疎かにする様なことは本末転倒ですよね。

(一方でこれは古い考えであり、契約交渉の負担を可能な限り排除して「アーキテクチャ(仕組み)」でリスクをカバーするよう志向すべき、という反論もありかと思います)

もちろんコストに見合わない作業は可能な限り避けるべきですが、私自身も法務担当者として、取引内容・経緯、製品・サービス、懸念事項等をしっかり把握した上でリスクを察知し、腹を割って交渉するという努力をしていきたいです。

5.おわりに(おまけ)

#裏legalAC っぽく(?)、最後はオチで散らかすパターンとなりそうです・・・

私は動画編集が好きなのですが、今回のテーマについて、ありがちなケースを登場人物(法務と営業)にラップで語らせる動画を作成しました。


流行りの法務ワードを散りばめたボカロですが、少しシュールなコンテンツで「閲覧注意」ですので、スルーしていただいても構いません(笑)。

お読みいただいてありがとうございました!

※明日の記事は 松本慎一郎様(BUSINESS LAWYERS編集長)(@matsumoto416) となります!僭越ながらバトンタッチさせて頂きます。

6.参考文献

その他


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