一度ガマンした甘味を食べただけの話

一度ガマンした甘味を、5時間越しに食べた。

昼休憩に、お茶を買うために行った売店でひときわ存在感を放っていたソレは、もちつつみ。ホイップクリームと粒あんを、あろうことか求肥で包んでいた。
サイズはこぶしくらいで、透明のビニールに色気なく包まれていた。
ソレは冷蔵のコーナーに置いてあった。抹茶がお上品にふりかけられていた。
もちつつみと称されたソレが、冷たくてあまくてもちもちなことは誰の目にも明らかだった。
私はもちつつみを見た瞬間、ソレの味を食べずとも理解した。

確実に美味い。

しかし、私は悩んだ。
なぜならお茶を買いに来ただけ。デザートを買いに来たわけではない。
ならなぜデザートコーナーを見たのか。そんなことを言っても仕方がない。
財布の中身は350円。お茶は95円。対してもちつつみは216円。
私は悩んだ。

弁当はすでに食べていた。なので腹は減ってなかった。
最近はいろいろ食べすぎだった。そしてもうすぐ健康診断。
私はもちつつみを見逃すことにした。私とてギャルの端くれ。気にするものは気にするのだ。

お茶を購入して店を出た。私はすぐに後悔した。
事務所にもどるまでのほんの数分、ずっともちつつみのことを考えていた。
あの売店の甘味は一日おきに品が変わる。
ひとたび機会を逃したなら、最悪の場合二度と食べられない。
私が入社して約１年。もちつつみは初めて見た甘味だった。

デスクについてからも、もちつつみへの思いはおさまらなかった。
絶対に美味しい。私の勘が何度も訴えかけた。
ホイップクリームと粒あんと、もちもちの求肥。
どっからどう考えたって美味い。5000人に聞けば50000000人がそう答えるだろう。
私はもちつつみのことしか考えられなくなり、仮想のもちつつみに思いを馳せていた。

第一にもちつつみをつかむ。ひんやりとしている。
やわらかなもちつつみ。
片手でやさしくやさしくもちつつみを持ちながら、透明のビニールをそっとそっと剥ぐ。
もちつつみを取り出す。冷たい。
ホイップクリームと粒あんが、求肥という中身が透けるほど薄いもちもちの皮をまとっている。
きっと大切に丁寧に扱わなければもちつつみはしんでしまうだろう。
もちつつみを口に運ぶ。
冷たくてやわらかな薄い求肥が口にあたり、それを食い破る。
もちもちとした食感と、あふれるホイップクリーム。
粒あんがそれを追うように口内に入り、もちもち感、クリームの甘さ、あんこの甘さ、つぶの触感が広がる。

プルルルルルル

デスクの上で電話が鳴った。
もちつつみの夢は途切れた。

それから5時間、ずっと同じ妄想を繰り返した。
はい　はい　かしこまりました　と口では言いつつも、頭の中ではもちつつみがかしこまっていた。
あの棚でお上品にお座りをしてもちつつみが待っている。
私はそんな気がしていた。
だけどもあのもちつつみは誰がどう見ても美味しい。
きっとすでにもちつつみは購入され、その薄皮をほかの人間に食い破られてしまっているのだろう。
ああ、かわいそうなもちつつみ！どうして私は買ってやらなかったんだ。

後悔の念に苛まれながら終業を迎えた。
私は帰宅の準備をした。
いつもならすぐに帰ることができるのだが、今日は事情があり待ちぼうけをすることになった。
私は事務所の外に出て、春風をかいだ。
ふと横を見る。そこには売店があった。

気が付くと私は売店にいた。もちつつみを探していた。
もう売り切れてしまっただろうか。そんな心配をしていた。
しかし、

もちつつみは私を待っていた。
あの棚で、お上品に、お座りをして。
私はすぐに購入した。

春風のあたるベンチに座る。草の香りが心地よい。
私はもちつつみをそっとそっと、やさしくやさしく取り出す。
冷たい。
こぶしサイズのもちつつみは、私の手の上でそれはそれはかわいらしくお座りをしていた。
もちつつみ216円は私を待っていたのだ。

もちつつみを口に運ぶ。
冷たくてやわらかな薄い求肥が口にあたり、それを食い破る。
もちもちとした食感と、あふれるホイップクリーム。
粒あんがそれを追うように口内に入り、もちもちとクリームの甘さと、あんこの甘さとつぶの触感が広がる。
クリームはほどよく甘くあんこも絶妙。つぶはしつこすぎない。
抹茶の苦みが暴力的な甘みをどうどうと抑え、それはそれは見事なもちつつみだった。
しあわせ　の四文字が私を支配し、春の風と暮れゆく空が心地よくわたしをつつんだ。

もちつつみが包んでいたのは、ホイップクリームと粒あんだけではなかった。
ほんの少しの罪悪感と、それを上回る多幸感。
もちつつみはその薄くて頼りないもち皮で、様々なものを包んでいたのだった。

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