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【短編日記】 「Quiet Mode / 昆布駅(1)」

 ちょっとニセコまで用事でバイクを走らせたのに、帰りになって日暮とともに雨が降ってきた。

 雨が本降りになる頃たまたま昆布駅の横まで来たので雨宿りをすることにした。雨ですっかり重たくなった上着を脱ぐと人形の家のような小さな駅舎に入り込む、するとそこには先客がいた。

 同じように雨から逃れてきたのだろうか、諦めの眼差しでホームと時刻表を交互に眺めながら夕飯とおぼしきおにぎりを持っていた。

「参っちゃったね。本降りですよ。」
照れ笑いのように目を細めて彼はつぶやいた。
「ここにはいつからです。」
「日暮れ少し前くらいから。黒松内あたりからずっと雨に追っかけられて、とうとうここで捕まっちゃったよ。」
ばつの悪そうな表情で彼はおにぎりを小さく囓った。
「見たところライダーではなさそうですが、バイクですか。」
「あ、いや、アレね。」
とホーム入口の庇の下に置いてある自転車を指さした。
「ライダーさんかな、でもそれにしては軽装みたいだけと。」
「今日はちょっとした用事でニセコに行って、蘭越へ帰るところでして、」
「ああ、地元の方。」
「ちょっと滞在しているだけで、本当はライダーですよ。」
「ああ、そうなんだね。それにしてもこの雨には参っちゃうね。しかも暗くなってから本降りになって。」
「今日はどこまで行く予定だったんですか。」
「倶知安ね。雨さえ降らなければ何とかなったと思うのに。」
「この先すぐに長い上り坂が始まりますよ。残念ですが。」
「らしいね。話には聞いていますよ。」

 彼は深くため息をつくとふたたび暗くなった空を見つめ始めた。無情な雨はそんな旅人の事情などお構いなしになお強まりつつあった。
「そちらは、これからどうするの。」
「僕。ああ、もうあとちょっとだし雨脚が弱まったらタイミングを見計らって出ますよ。今出たらちょっとシャレにならないと思うんで。」
彼は黙って頷きながら雨に濡れたホームをじっと眺め、時折おにぎりを口にしてはそのまま黙り続けていた。何か考えていたようだ。やがてポケットからラジオを出すとチューニングを始めた。
「この後の天気予報でも聞けるといいんだけと、無理かな。まあ聞けたとしても北海道の天気予報は本州から来た者には不親切過ぎだよね。」
彼は独り言のようにそう言いながらラジオのダイヤルをぐりぐりと回し続けていた。やがてラジオから人の声らしき音が聞こえて来たのだか、その内容は期待していたものとは全く関係のない下ネタ話だった。半ば彼は落胆しているように見えたが、
「全くいい気なものだ。」と苦笑いでつぶやくとダイヤルから手を離し、ラジオを窓際に置いて番組を聞き続けていた。

(次回に続く)

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