鬱っぽい人との関わり方
鬱っぽい人と関わるのは(私の勝手な思いではおそらく)、根気が要ります。
鬱っぽい人の特徴
・疲れやすい
・いろいろなことを忘れやすい
・意見を変えやすい(自分の意見に重きをおけず、人の意見に影響されやすいため)
・意見を変えやすい(先に言った自分の意見を忘れ、その度に改めて考えて話すため)
などがあると思う。
「もう疲れたの?」
「そんなことも覚えてないの?」
「自分の意見はないの?」
「どうして簡単に意見を変えるの?」
など、さまざまなことを思うだろう。
(こういう言葉を返すことは本来なら褒められたことではないかもしれないけれど)
でも、言わせてほしい↓
「疲れたんだよ(疲れてなかったら、わざわざ「疲れた」って言わないよ)」
「覚えてないんだよ(覚えていたら、わざわざ「覚えてない」って言わないよ)」
「自分の意見より他者の意見のほうが大事だから、賛同するんだよ」
「以前のことは覚えてない、思い出せそうにない。今こう思ったからこう言うんだ」
↑私は、こう言い返したい。
咄嗟には返せないけど。
ただでさえ少ない「私の理解者」が
さらに減りそうで、こわいけど…
鬱っぽい私たちの考え
「以前はできたけれど、最近できなくなってきた」と気に病むことが多い。
少なくとも私は「そのこと」で思い悩んできたし、
箇条書きの箇所に共感くださった方々は私と似たような状況ではないだろうか。
・充分な睡眠をとること(睡眠の質)
・十分な睡眠時間を得ようとする気持ち(「寝よう」という意欲
・「自分」に対する肯定的な感情
・短期記憶、記憶力(一瞬でわからなくなる)
など。「できなくなっている」ことがあったら、仲間かもしれない。
「どうして〜なの?」と訊ねられても困る(当の本人にもわからない)
うつ病は「脳の病気」
うつ病は「脳の機能が低下する病気」だ。
(※正確な定義は調べていない、間違ってたらごめんなさい)
脳の機能が、つまり脳が疲れているんだ。
今までの、脳への負荷が大きすぎたんだ。
だから、
・疲れやすい
・いろいろなことを忘れやすい
・意見を変えやすい(自分の意見に重きをおけないため、人の意見に影響されやすい)
・意見を変えやすい(先に言った自分の意見を忘れ、その度に改めて考えて話すため)
などが起こる。
鬱っぽい私たちの「脳の疲労」がなるべく増えないようにかかわってもらえたら、と思う。
そうはいっても
「そんなの甘えだろ」という言葉や
「相手の脳疲労が増えないようにって考える『こちら側』の負担は考えないのか?」等の意見は予想している。
’そちら側'だけに負担を強要したいわけじゃない。少なくとも私は、おそらく多くの方々は、
「私たちの負担を代わりに背負ってほしい」なんて言わない。そんなこと思っていない。
重いものを背負っている私たちが
足を引きずり足元がおぼつかない私たちが
「必死に」歩いている、その近くを歩いてほしい。躓いたとき支えて、不安なときは手をのばして。時々話しかけてほしい。すぐには返事を返せないかもしれないけど… 自分の荷物は自分でみれる。
「私」の荷物を勝手に背負おうとしないで、頼んでないから。
厳しいことかもしれないが、私たちを救うのは「あなた」ではない。医療と福祉にお願いする。
「あなた」にお願いしたいのは、私たちがこれ以上傷つけられずに生きること、その伴走者だ。
私たちが背負っているものを認知してほしい、
「私たちは『なにか』を背負う必要がある」ということを知っていてほしいだけだ。
一緒に背負うことは、しないでほしい。私とあなたが共倒れになったとき、私は私を守ることしかできない。それすら不十分だ。あなたの身は守れない。
だから、気を緩めてもらって。ね?
隣を歩くだけでいいのだから。
最後に
こういうものはたいてい「経験者しかわからない」とされがちだ。
私はしていない人にこそ知ってもらいたい。
『わからなくていいから、知ろうとして』ほしい。
共感できる人は既に「鬱っぽいFamily」の一員だろう。
一員になる前に、なによりもまず「休んで」ほしい。
休んでください。
お願いします。
「想像しかできない」方へ
鬱っぽい人が増えないほうがいいなと思うから、あなた方はできるだけ健康でいてください。
健康でいるためにも、「自分おかしいかも」と感じたら、すぐに病院へかかってください。
あなたが「こちら側」へ来ないことを祈っています。