エッセイ【受け取り方が9割】
表現をするようになってから、私は本当に自由になりました。
それと同じくらい、いつも胸の中が不安で満たされるのです。プロの手も入ってないし、選んだ表現が誰か傷つけるかもしれない。
真冬の朝に我が子を丸裸で学校に行かせるような心持ちでしょうか。
そして日々不安にさいなまれる私に、さらなる試練が待ち受けていました。
それは、「伝えたいことの1割も伝わらないんじゃなかろうか地獄」です。
おこがましい。いえ、私の力不足と知識不足を憂いておるのでございます。
コピーライターの佐々木圭一さん著「伝え方が9割」という本をご存知でしょうか。相手を動かすための "伝え方の技術" を紹介するという内容です。
これは以前お話しした、お食事チョイス問題に悩んでいた頃に読んだ本でした。
こんな一節があります。
佐々木氏の意図はおそらく、
「相手の視点に立った伝え方をもって伝えよ」
ということなのだと思います。
ところが、伝えたいことの1割も伝わらないんじゃなかろうか地獄にいる今の私にとって、この一節は…
「私の伝えたいことを実現させる答えは、自分の中にない。相手の人生の中にある。」
と語りかけてくるのです。
本も映画もそうですが、作者の意図って受け取る側によって解釈が大きく異なりますよね。また解釈をどう表現するかも大変興味深いものです。
インプットがアウトプットに変わるとき。その人の生き方が映し出されると言えるのではないでしょうか。
たとえば無茶苦茶な話、私が映画の主演に抜擢されたとします。しかしその映画では、名古屋名物 ”どて煮” がひたすら描かれるのです。映画は次第に、どて煮が地域で愛されてきた理由や、地元店の作り手の思いなんかにフォーカスしていきます。モツの下ごしらえを念入りに、小葱を散らすまでなめらかに手を動かす店主が登場し、八丁味噌の香りが客席までも包み込んでくるようです。
公開初日、映画終了後。待ち構えていたメディアが一人の観客にインタビューします。
「映画いかがでしたか?感想お願いします!」
観客は満足そうにこう語るのです。
「そうですね、名古屋のどて煮って色んなモツがミックスされてるんだなぁって思いました!地元じゃ簡単に手に入るんだぁって!東京じゃなかなか手に入らないですよね?どこで食べても豚モツとかですから!ま、私モツそんなに好きじゃないんであんまり食べないんですけど!あはは!」
この方の感想を聞いた私、
どてーーーー。
つまり、表現の分野においては、「受け取り方が9割」と言えるのではないでしょうか。
いやはや。
それもまた、楽しい。
地獄があるからこそ、人生はおもしろいのかもしれません。
さて。
こんな話をしておりましたら、また乗務員時代の記憶がよみがえってまいりました。
あぁ、あれは。シンガポールかどこかのフライトでしょうか。
その日は比較的、空席の目立つ機内でした。
お食事サービスも終わり、お客様はみんなリラックスムード。
私たち乗務員は、食後のコーヒーのお代わりは、機内に下げ物はないか、泣く子はいねがと、しつこく機内を徘徊、いえ巡回いたします。
すると一番後ろの座席で、二席を豪快に使い大胆にくつろぐオジ様がいらっしゃいました。
何か言いたそうに口をパクパクしながら私の顔を見ていらっしゃいます。
「お客さま、何かお持ちいたしましょう…」
「オレンジジュース!ホットで!」
食い気味でした。私は聞き間違えたのでしょうか。
お客様に恥をかかせまいと小声でこう聞き返しました。
「ホット…でしょうか?オレンジジュースですが、ホットでよろしいんでしょうか…?!」
「うん!ホット!ホット!」
藤○隆さんを懐かしみながら、私は機内の台所へ向かいました。
絶対ちがうよな…。私の良心は首をかしげていました。
ところが天邪鬼CA、すかさず顔を出してきます。
オレンジジュースを注いだカップを、私はおもむろに電子レンジへ……。
ヤケドしない程度に冷ましたオレンジジュースを持ち、私は再びオジ様の元へ向かいました。
「お客さまお待たせしました、オレンジジュースホットでございます。気を付けてお召し上がりください」
先ほどの配慮はどこへやら、私はオジ様の反応を一目見ようと…
お口を付けられるまで座席の前から一歩も動きません。
そんなこともおかまいなしに、オジ様はグイッと大きな一口。
「うぇえっっ!!!なんだこりゃ!!こんなもん飲めるか!!!」
そう言ってオジ様は、オレンジジュースホットを急いでお返しになったのです。
このお客様が本当に伝えたかったことは、何なのでしょうか?
どうも私は受け取るセンスがないようです。