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「あははの編集者」 #働くステキ女子、発見!#Chapter6 

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。


#Chapter6「あははの編集者」

Kさんはきれいな長い黒髪の持ち主。女性誌の副編集長さんなのである。目が大きくて眉が細くないから、落ちついた和服の似合いそうな美人さん。
いつも、黒いスリムなパンツに上品な淡い色のジャケットで、デキるって感じなのに女性らしい穏やかさがある。
 でも、なんといってもKさんの特徴はよく笑うところ。笑うのが楽しくて生きているという感じすらうけるのだ。しかもその笑い方が、豪快。文字通り、あはははは!と笑う。あははは!って笑う人は初めて見た。とにかく常に明るい。
 出会いはコスメ雑誌の取材だった。その時、
「エリーさんに会いたかったんです!」
 と会われた。その一言い方が、田舎ののどかな土地で生まれた女子高生が、憧れの先輩に、
「ずっと先輩のこと好きだったんです!」
 という感じに似ていて、少しびっくりした。だって副編集長って、もっと俗っぽい感じだと思っていたから。仕事に厳しい感じとか、すごく忙しそうで疲れているとか、そんなイメージ。
 でも、Kさんはあははは!と笑い、本当に毎日楽しそうなのだ。で、見るものすべて面白いのッという感じで、取材中、私が答えるすべてのことに、興奮気味に前のめりで聞いて、質問をする。
「面白〜い!」
「うそぉ!すご〜い!」
「へ〜!」
 聞き上手というより、なんでこの人こんなに素で大きなリアクションするんだろう。どんだけ純粋なんだろう、って驚いた。うんうん、と頷くのが一生懸命で、年上なのにちょっと可愛い、と思ってしまう。これなら、どんな堅物の作家も、心を開いちゃうかもなぁ、と思った。
 もし、これ、作戦でやっていたら恐ろしい編集者だ。
 とにかく天然だけれど、でも、結果として仕事がうまくいくのは、この純粋さが貢献しているんじゃないかなと思った。
 それから一年して、女性ファッション誌の仕事で奈良に行くことになった。すると担当の女性ライターさんがもうひとり同行者が増えると言った。
 当日、彼女がいた。
「仕事、調整して来ちゃった!」
 これが彼女との再会だった。
 奈良に着くとまず東大寺の大仏殿での撮影。大仏の前に立ってカメラマンさんが言うようにポーズをとった。そのときKさんが私に駆け寄ったのである。
「ちょっと待って!チークいれましょう!」
そう言いながら自分の化粧ポーチから化粧パレットを出し、いろんな色のパウダーを混ぜ、驚いている私の頬にはたいてくれた。
「私、こう見えて、女性誌で十数年美容記事を担当しているんだから!メーク少しはできるんだから!」
 いや、知ってる。そうじゃなくて、私は副編集長自ら私のメークをしてくれてることに驚いていたのだ。
「ほら!顔がぱっと明るくなった!これからずっとエリーちゃんのメークしていいっ!?」
と目をきらきらさせ、興奮気味に言う。
「あ、ああ、お願いします」
私はちょっと戸惑いながらも会釈した。
メークさんがいなかったので、我流のなんちゃってメークで撮影に臨んでいる私をほっておけなかったのだろう。
「じゃ、お願いしまーす!」
すっかり現場を仕切っている。偉い人なのに。すごく寒かった撮影だったけれど、Kさんが元気よく、
「はいりまーす!」
と言ってストールをかけてくれたり、コートを羽織らせてくれたりして、なんだか心は温かくなった。

「ねぇねぇ、エリーちゃんて、フィギュアスケートとか好き?」
Kさんは移動中もずっと喋っていた。これが結構ラクだった。自分で喋んなくて済むから。世の男性もそういう人、多いんじゃないだろうか。だいたい私なんかは、面白い話をしてくれるもの、とばかりの目線を送られるので、移動中も気疲れする時がある。
 雑誌をつくるお仕事っていろんな人と出会い、取材したりするから、相手がどういう状態を求めているのか、今疲れているのか、を見抜く力があるんだなぁ、と思った。被写体になるという慣れない仕事だったから、気分的にとても助かった。
 それにしても、Kさんて、何を食べて、こんな元気なんだろう。何を飲んでこんなに明るいんだろう。フィギュアの後は、堤真一が好きだ、ということについて熱く語り始めた。
 と思うと、バスから降りていざ撮影になると、途端にきびきびモードになるKさん。アングルなどをカメラマンさんとチェックし、ライターさんと相談し、クライアントさんの要望もヒアリングし、それでもって私のメークと、話し相手もしてくれて、なんか奈良だけに、千手観音に見えた。
 その夜、ホテルでご飯を食べた後のこと。どうしてだかみんなでお風呂に行くことになった。たぶんKさんのせいだ。
「じゃあ、10分後に、大浴場前に集合ね⁉︎」
「はーい!」
 仕事の人と仕事先で裸を見せ合うというのは、なんだか変な感じ。正直少し恥ずかしかったけれど、いそいそと支度をして、浴衣に着替え、こまごま抱えて大浴場へ。寒いので自然に小走りになる。
 長い渡り廊下を渡り、大浴場に着いた。
 がらり、とドアをあける。けれどスリッパがひとつもない。
「あれ?」
がらんとした脱衣所。まだ来てないのかな。急に寂しくなる。不安になる。
すると、外で、あははは!という笑い声が聞こえた。すごい、深夜もあの元気な笑いができるんだ。脱衣場で私はひとり感心していた。
「あ、エリーちゃん、一番のりぃ?」
また見るものすべてが楽しくて仕方がないという感じで脱衣所に乗り込んで来たKさん。すぐに脱衣所を横切って風呂場のドアをあけてのぞく。
「結構、大きいぃ!見たぁ?」
見てない。やっぱ真っ先に見るものなのかな。
「え?エリーちゃん、こういうの先にチェックしないのぉ?」
 ええ、しません。
 思えば、Kさんの女子パワーに私は一日圧倒されっぱなしだったなぁ。
 私は先にお風呂場に行った。体を洗い、大きなお風呂へ体を沈ませる。これが変わった浴槽で、まあるい風呂なのだ。真ん中がギリシャ神話に出てきそうな円柱になっている。
 白い柱に、浴槽はブルーなので、温泉らしいけれど、どっから見てもプールみたいにしか見えない。
「ああ、あったか〜い!」
 隣でKさんが嬉しそうに言った。いつのまにかもう隣にいた。
 底が浅いので手をついてうつ伏せになっても顔が湯面から出る。
「ちょっと回ってみてもいいですかね?流れるプールみたいになるかなって」
「いいわよぉ」
私は、ごそごそとお湯の中を動き始めた。顔だけ出して、手だけで、まあるい浴槽にそって進む。ときどきスピードをつけたくて、足でえっちらおっちら進む。すると、すぐ後ろにKさんがいた。
「楽しいわね!」
「協力してくれるんですか!」
「もちろん、流れるプール、やりましょうよ!」
 かくして私、Kさん、ライターさん、みんなで浴槽をぐるぐる。深夜、誰もいない大浴場の醍醐味。温泉が、ゆるやかに流れ出した。女子三人の心も溶けてゆく。
 帰りの電車、おやつをばりばり食べて、幸せそうにしているKさんを見て思った。彼女の明るさ、元気の源は、心のままを大事にするってことなんだなぁと思った。仕事において、やっぱりそれが最大の武器になっているのかもしれない。
 だって…
「ねぇ、次の企画、考えてるんだけど、やってくれるよね?ね?」
 別れ際、そう念を押されて、普通は即答しないんだけれど、Kさんの、もう、やりたくてしょうがないの!という純粋な笑顔を見たら、思わず首を縦に振ってしまったんだから。
 あははの力、恐るべし。


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