「秘書中の秘書」 #働くステキ女子、発見!#Chapter7
過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。
Kさんとはメールのやりとりから始まった。Kさんは、とある大会社の社長秘書なのである。
【社長のTが『下記メンバーで一度、打合せを兼ねて、京都でお食事などどうですか?』ともうしております。『新幹線でお弁当を食べながら、遠足みたいにわいわい話しながら移動し、京都でミーティングしたい』と張り切っております。ご都合お聞かせいただけると幸いです。念のため御同席いただく方々の…】
そのあとにどういう会社のどういう方が行かれるのか、丁寧な紹介と当日の新幹線座席表まで書いてあった。
文面も、内容も、きちんと秘書っぽいんだけれど、業務的なメールではなく、どこか血が通っている感じにはっとさせられる。たとえば、まず、社長の言葉を『』をつけて引用しているところ。社長の言葉が聞こえてきそうだし、張り切っている様子も、なんだかユーモラスに伝わってくる。
そっかぁ社長、張り切ってるんだぁ、絶対行かなきゃ!楽しみ!って、つい思ってしまう。
よく事務的なメールになってしまうのは、すべて秘書さんからの発信の場合。お会いしたことがないので、どうやっても業務連絡になってしまう。
でもこのKさんは社長のそばにいる者として、社長の想いや様子をレポートしながら連絡をしているから、なんだか読んでいてわくわくしちやったのだ。
Kさんのつつましい人柄、そして、社長の気持ちを大事にし、それを汲み取って仕事をする人なんだな、ということがわかってむしろKさんに興味を持った。
私は、さっそくご挨拶も兼ねて、その返事をした。すると、返ってきたメールもまた人間味に溢れていた。
【大宮エリー様。ご本人あてにメールをお送りしておきながら、ご本人からお返事が返ってきたことにびっくりしております...。こちらこそ、うちわやら、タオルやら、楽しい作品(?)をいただき、社長と一緒に、ププッ!と笑わせていただいています。とくにあの、”元気のでるうちわ”は、社長から見えるところに飾ってあります】
びっくりした。実は、ずっと気になっていたのだった。
以前、その会社が、なにかの節目を迎えたとき、そのお披露目パーティーに呼ばれたことがあった。そういうときって、何をプレゼントに持っていけばいいのかわからず、それで、応援の意味を込めて、応援うちわをつくっていったのだった。ジャニーズファンがつくるような名前が❤️マークつきで蛍光ピンクで入って、周りがモールでデコレーションされているやつ。面白いかと思ってつくっていった。
でも到着してみたら会場は、完全なるビジネスモード。せっかくつくったし、と、社長の傍らにいる方にそっと袋ごと渡し、よろしくお伝えください、と立ち去った。それ以来、あれ、迷惑だったよなぁ、と後悔していたので、ほっとした。
へぇ、と思うのは、私がそのときのことについて触れていないのに、社長が喜んでいたことを教えてくれたこと。どうして気にしてたの、わかったんだろう…。不思議。
それにしても、自分でメールしておきながら本人からの返事にびっくりしたっていうKさんって、天然?Kさんのことあれこれ想像した。どんな方なんだろう。私のイメージでは、髪の毛がセミロングで内巻きで、耳にはパールのイヤリング。勝手に、That’s秘書のイメージを膨らませていた。
が、出会いは、案外すぐにやってきた。
一ヶ月後、件の社長の会社がやるフェスティバルに招待され、担当のスタッフさんの案内で、のこのこと出かけていった。まず社長に挨拶をする。
「おお、エリーちゃん、よく来てくれたねぇ。
まあ、座ってよ。あ、秘書のK、挨拶した?」
「え?Kさんいらっしゃるんですか?」
「さっきここにいたんだけど、ほら、俺と話してた…」
「え?私が到着したとき、社長の隣にいらっしゃって、話をしてた方ですか?」
「なんか遠慮して挨拶しなかったのかなぁ」社長はぼそっと言った。
遠慮して挨拶しない…。わかる。
“あ、○○です!メールではやりとりさせていただいてまして、どうもはじめまして"と、挨拶してくださる方はいる。でもKさんのメールから察する謙虚さを考えると、社長から紹介されるまで自分から自分の紹介をしないんだろうな、と思った。まさに秘書の中の秘書。裏方の姿勢。
「Kさん、こっちこっち!」
社長が呼ぶと、私の想像とは違って、トム・ソーヤーみたいに髪の毛がくりくりしたつぶらな瞳の女性がやってきた。少し恥ずかしそうに。
「はじめまして、Kです」
声はボーイッシュ。背丈はすらりと高くスレンダー。フェスティバルのスタッフたちと同様、上下黒のスーツ×白シャツに身を包んでいる。物腰柔らかく落ち着いているのに、肌が、とても若々しくて、日に焼けてつるつるだからか、ますます冒険好きのトム・ソーヤーに見えた。
「あ、Kさん!メールではどうも!お会いしたかったんです!」
「私のようなものと会っても…恐縮です」
横で社長が笑っている。
「まあ、Kさんも座りなさい」
社長が今後の仕事の話等をし始めた。傍らで控え目に聞いている、その聞き方は、実に、優秀な秘書さんなんだというのがすぐにわかる感じだった。
「あれ、なんだったっけな」と社長が聞けば、
「それは、これこれ、になっていた、と思います」と、そっとささやく。その、そっとささやくのが素敵。
「あ、エリーちゃんに今のこと、メモしてあげて」と、社長が言えば、はい、と言って、きれいな淡い水色のメモ帳をポケットから取り出してきれいな字でメモしてくれた。
「素敵だなあ」
と私が思わず言うと、社長は言った。
「時々、イラっとくることあるけどね」
え?どういうところ?
「丁寧すぎるとこ」
せっかちで、ざっくりの社長には、多少イラッとくるぐらい、丁寧で、のんびりした口調の人がお似合いだ。
そのあと、たまたまよく知っている俳優さんの奥様と会い、一緒にイベントを見ることに。色んな工夫がされていて参加したお客様も楽しまれているのが遠目からもはっきりわかる。大成功だなあと感動した。
が、フェスの後が大変。沢山の人が民族大移動みたいに帰宅しようと動き始めた。そのときなんと、あのKさんが飛んできたのだ。
「こちらに、お願いします!」
さっきとはうって変わって、きびきびしている。人の海からかばうように両手を広げたKさんは、勇敢で堂々として、謙虚なKさんとは別人!
「でも、私たち、歩いて帰りますし…」
と奥様が言ったら、
「いえ、困ります!こちらに!」
と強い口調のKさん。奥様と私はすごすごとKさんについていった。
車の中で奥様が言った。
「ねえ、エリーさん、知ってる?Kさんって、若く見えるでしょ?」
「ええ、私より少し年上ですかね?」
すると奥様はふふふと笑って言った。
「それがね、50歳なのよ」
私は口をあんぐり開けた。やっぱり、永遠の少年、トム・ソーヤーだ。冒険好きだったりするんだろうか…。
数か月後、また京都に行った。今度はKさんも一緒だった。すると、あちらのスタッフさん、それから舞妓さん、行く先々でみんなが、
「あらぁ!Kさん!メールでやりとりさせてもらってて、ずっとお会いしたかったんですぅ!」
Kさんはどこでも熱狂的に迎えられた。そして、
「想像と違う!」
と、やっぱりみんなびっくりする。
「おいくつなんですかぁ?」
私は隣で、にやりとした。だって、秘書さんはトム・ソーヤーなんだから。