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「酒造メーカーのエース」 #働くステキ女子、発見!#Chapter2 

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。


#Chapter2 「酒造メーカーのエース」

 大手酒造メーカーのSさんは、伊達公子に似ている。もう10年以上前のこと。その年の夏に作·演出した私の舞台に協賛してもらおうと、そのメーカーさんに伺った。
 受付で待つも、大きい建物、つるぴか大理石の床、ガラス張りの壁、高い天井などなど、大企業の威圧感に圧倒され緊張気味な私。そこへ出迎えに見えた方がSさんだった。
クリーム色のスーツ。引き締まった足。小麦色の肌。短くなびく髪。黒目がちの小さめのつぶらな瞳。
そしてなんといってもスッピン。全く化粧っけがない。これが大きな特徴だった。
伊達公子感を出していた最大のポイントだったのだと思う。
 とにかく、大企業というアウェイな場で心細かった私は、伊達公子の登場に心が躍った。可愛い。素敵なヒトだな〜。
私と同い年ぐらいだろう。なのにもっと若く見える。なんて爽やかなんだ!
なんてテニスをしていそうなんだ!大企業なのに全くぎすぎすしていないし、つんつんしてもいない。1ポイントいれたときみたいな笑顔を絶えずしてくれる。
こんなヒトになりたい、と、うっとりしていたら、「朝早くからすみませんっ、
あちらになります!」といざなわれた。
「はい!」てけてけと、慣れない大理石の床を滑りそうになりながらついて行く。
 会議室に入ると宣伝部と事業部の方がいらっしゃった。面識のあった方が私に言った。
「Sが開発したものは、もう、必ず売れるからすごいんですよぉ、優秀でねぇ〜!」
「いえいえ、やめてくださいっ」
照れてしきりに手を左右にぶんぶん振っているSさん。
その手振り、テニスのラケットに見えた。
とにかく、Sさんは商品開発部のエースだったのだ。
やっぱりねぇ、キャプテンっ、ついていきやすっ、と、心の中で部活プレイ。
 協賛の件、無事オーケーをいただき、宣伝させていただく商品が伝えられた。
ずばり、新商品のハイボール缶だった。Sさんが商品説明をしてくれる。
さきほどの笑みはすっと潜め、とても真剣な表情になった。1点取られちゃってここ集中、ってときの顔。やっぱ、エースだもんね!
同期なのにあたい…無力でごめんね。また部活プレイを無意識でやっていた。
自分がつくり出した商品をきちんと宣伝して欲しい。小さな宣伝企画であっても、
テレビCMのような大きな広告と同じように扱い、手を抜かない。真摯な彼女の気持ちが伝わって来て、あたいも頑張ろうと思った。
 無事、舞台のみならず、舞台の前座のジャパネットエリーと名付けた、私が協賛企業の商品を、ひとりで前口上言いながら宣伝しまくるコーナーも好評にて終了。季節は秋が過ぎ、師走へ突入していた。年内にどうしてもお礼が言いたい!
 そう思って飲み会を企画すると、会ったことのない偉い部長さんもお見えになり、かのSさんを含む5人の飲み会。しかし、相手は酒造メーカーの人々。いやぁー、飲むわ、飲むわ。そのピッチたるや、わんこそばみたい。楽しげにリズミカルに飲んでいる。
Sさん、飲みの方も、エースだった。エース飲みを続けるSさんは、全く酔わず爽やかさキープ。
さすが!「みんなでよく飲みに行くんですけど、誰かが私にぶつかってきてまして、、階段から私、転げ落ちたことあって」と笑顔で話すSさん。
「え?!それ、訴訟もんでしょ?」というと、「え?そうですか?痛かったんですけど酔ってたんで!少し病院通いましたけど、治りました!」どこまでエースなんだ…。
「2軒目いきましょうよ!」とメーカーの方々。
 2軒目のお店は薄暗いバーで、なんだかしっとりな飲み会に。それぞれ好きなウイスキーをソーダで割ってもらって、干しぶどうをつまみながら飲み始める。
 私は酔うと占い師みたいになってしまう傾向があるという。ずばり、その日も言い出した。「部長はさ、寂しいんだよ。あたしゃ、あんた見てて可哀想だよ」
 見ててとか言ってるが、その部長とはその晩が初対面だった。普段明るくみんなから信頼される部長に向かって、酔っぱらって言い放つ。「本当は社交的じゃないのにさ、無理してるんだよ〜。不器用なヒトなのに、見てらんないよぉ〜くぅ〜」
 何度も言うが、初対面である。見てらんないどころか、見てない…。見たことない人。
慌ててみんなが、そんなことないですよ、部長は…、と偉い人フォローし始めたとき、「そうなんだ…」とぽつりと言ったからみんな、えっ、となる。
「本当の僕を分かってくれる人に会えて今日は楽しいなあ」部長はまたハイボールを飲んだ。
そ、そうなんですか?と周りの部下たち、びっくり。
 気を良くした私は、紅一点の女子、エースのSさんに向き直った。すると、何故かみんなに緊張感が走る。まさか、部長に対してと同じように、
Sさんにも何か言う?!Sさんにはさすがに、エリーさん、やばいですって!という空気、、。だが、酔っぱらいは空気を気にしない。
ずばり言った。「Sさんはさ、何歳?」前置きなしのどストレート。
するとSさんは、少し恥じらいながら、でもスポーツマンらしく(スポーツマンかどうかは憶測)堂々と、「40歳です」と言った。
「えっ…」私はびっくりして周りを見回した。みな、一様に、そうなのよ、だから言ったじゃない、というような表情をしている。ドントタッチ案件だったか⁉︎
でも酔っぱらいは気にしない。
「えー。同い年(当時わたし33歳)かと思ってましたよぉ!見えない見えない!」とりあえず見えないを連呼で気まずく垂れ込めた空気を攪拌。
そして、「伊達公子に似てる!」と言ってみた。
第一印象攻撃である。その表現はみんな”お初”だったようで、みな、えっ、と驚いた後、確かに、伊達公子だ、伊達公子、伊達公子と口々にそうだそうだと伊達公子コールで盛り上げ始めた。
なのに、私は次の爆弾を投げた
 「彼氏はいるんですか?」部長たちは、顎を下に落とすかのように、口をあんぐりさせた。声にならない、「聞いちゃったよ…」の声。
「いないんです」明るく眉をひそめる伊達公子Sさん。
「まじで!?ありえないっ!」私は驚いた。
「こんな美人で爽やかな笑顔なのに、ありえないっ!」
みんな、ありえないってそういうことね、と胸を撫で下ろす。
 彼女に今、彼がいるのかどうなのかは、誰も聞けないでいたらしい。ただ、随分いないらしいことは知っていて、とても心配していたんだという。
「もう7年ぐらいいないんです」7年...。その重みにみな、うなってしまう。
「うーん、それは、長いですね」
「エリーさんなんとかしてあげてください」と皆口々に適当に言う。私にそう言われても…。でも酔っぱらいはその場で解決したがるものである。
「Sさん!イメージが足りないんだよ。どんな人が好きか言ってみて!」私は声を張り上げた。
すると、Sさんは首をかしげたのである。
「そういわれると、どんな人が好きなんだろう」
そのとき私はSさんの肩をつかんだ。
「だからっ、ダメなんですっ!イメージ出来てないから、現れないんです!
家に帰ったら、白い紙に、どんな人と結婚したいかを、具体的に箇条書きで書いてください。いいですか?そこからですよっ!」
 いつしか、エースは、ただの少女になっていた。
「わ、わかりました。そっか、そうかも!今晩、すぐやってみます!」
ちなみに彼女は昔、バレーボール部のエースだったそうだ。その飲み会でわかった。
 半年後、ばったり山手通りのラーメン屋で会った。
「Sさん!」「エリーさん!」
きゃーと抱き合って、で、私は、ハッとして、キッとなった。
「で、その後どう⁉︎」
Sさんは頷いて言った。
「箇条書きしてイメージしながら婚活してます!」
 「商品開発もいいけど、早く自分だけの幸せを開発してね!Sさん素敵なんだからッ!男性諸君、ただちに奥手なエースを狙えだよ!!」
あれから10年あまり。どうなったかは知らない。でもきっと幸せになっていると思う。ただ私も結局、結婚しておらず、あのときのSさんと同じくらいの年になった。そしていまならわかる。結婚してなくても、彼氏がいなくても、別に不幸なわけでなく、案外幸せだということを知った。ああ、若かりし日の青い私のお節介をお詫びしたい。



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