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「スズランのような大和撫子」 #働くステキ女子、発見!#Chapter4 

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。


#Chapter4 「スズランのような大和撫子」

 とある食品メーカーでNさんに出会った。Nさんはアラフォーの熟練の人なのに、ものすごく腰が低い。それは媚びへつらうとか営業的なそれとかとは全然違って、もう生まれながらに謙遜という名の下に生まれた感じなのだ。謙遜オブ・ザ・イヤーを毎年とりつづけてる感じなのだ。そんな賞ないけど。
 その謙遜具合はとても香しく、お花で言うとスズランとスイトピーを足して2で割ったような人。そのNさんは、戦略事業部の名物部長をサポートする女子である。髪の毛は肩すれすれで、顔にかからないように耳にかけている。前髪も軽く揃えている。そう、クラスに1人はいた、実はモテる優等生な感じの髪型。大和撫子!でも謙虚な撫子、なのである。
 たとえば、Nさん、今日の服、オフホワイトですごい似合ってますね、と言おうものなら、
「いえいえいえいえ、そんなそんなそんな」
と、顔をぶんぶん振り、顔を赤らめて俯き加減に後ずさりしていく。
でも、仕事となるとすごく緻密。ミーティングでは、いつも私と戦略部長はざっくりトークになる。するとNさんが脇から、ちょこちょこ確認をする。そして懸念点を言う。そして部長が理性を取り戻し、
「一度検討しますね」
と言う。だから、提案する方としては手強い女子。
でも実行する際ともなると、心強い女子となる。安全にプロジェクトが進んで行く。これは現場としてはありがたい。デキるなぁと思った。それで、そのデキるところをひけらかさず、常に、存在感を消しているのだからスーパー女子。アラフォーにこんな人いるだろうか。
 よくいる、部長の横にいて、部長の反対意見を言う人、あれ、困る。どちらを向いていいか分かんない。社内でもめてる感じをどう取りなしていいやら、なのだ。それでいて、部長のイエスマンも困る。部長の横で、いいっすねぇ、そうっすねぇ、とよいしょしているだけの男子。あれはすごく不安になる。私がしっかりしなきゃ、反対意見も言わなきゃと思う。
けれどNさんは違う。じっと私たちの会話を控えめに、黙って聞いている。そして、いいタイミングで、
「あの、それは、こういうことで、いいんですかね!」
「あの、もしこういう場合はどうしましょう?」
みたいに、スズランのような空気感で諭してくれるのだ。
 ステキだ!俺の嫁になってくれ!

 ある日、事務所で菓子をぼりぼり食べていたら、私の隣に年下の部下がやってた。眼鏡男子である。彼は言った。
「Nさんってステキですよね」
私はおせんべいを口から離すと言った。
「ん?好きなの?」
すると眼鏡男子は慌てて言った。
「いや、そういうんじゃなくて、社会人としてステキだなって思うんです」
 じっと顔を見た。うむ、どうやら恋ではなく本当に尊敬しているようだ。彼はほおづえをついて言った。
「振り返ると必ず、まだ見送ってくれてますよね」
 やっぱ恋?でも、そうなのだ。確かにその見送りっぷりがすごい。

 プレゼンの帰り、ロビーまで見送りにきてくださったNさん。会議室でさよならでいいのに、と言うと、いえいえいえいえ、とまたスイトピー的な後ずさり。しっかりブラウンのスーツなのに。で、その様子に癒されながら、我々は建物を出た。
しばらくして、なんとなく眼鏡男子が振り返って言ったのだ。
「エリーさん、まだNさんが」
「え?」
まだ、ロビーの、別れたはずの場所で、小さく見えるNさんがこちらに向かって、おじぎしていらっしゃった。あたいたちが本当はもっと、遜らないといけない立場なのに。にっぽんのよき、おもてなしの精神を彼女に見た気がした。
 だから、そんな彼女からパソコンではなく初めて携帯に直にメールが来たとき
は驚いた。

 メールにはこう書かれていた。
「今度、突然ですが、飲みに行きませんか?携帯メール、失礼だったらごめんなさい!」
 あの人からだ!とあたかも恋する男子のような気分になった。大人の、しかも、スズランとスイトピーを足して2で割ったような人と、どこに飲みに行くんだろう!?
 待ち合わせは本郷三丁目だった。スズランとスイトピーを足して2で割ったような香しい彼女は意外と渋かった。
「東大に、バーがあるって知ってます?」
「まじですか?」
 二人で夜の赤門をくぐる。母校なのにどきどきした。
 バーは落ちつく大人の雰囲気で、でも、アカデミックさがあって、面白い店だった。落ちつく雰囲気だと、どうもアダルトで間接照明な感じになるものだが、その店は少しざっくばらんで、開放的な感じがあった。小樽の倉庫バーみたいな旅情も少しある。東大ハイボールを頼み、東大ソーセージ、があったかどうか忘れたが、とにかく幾つかのつまみを食べていたら、彼女はそわそわして言った。
「実は、実は…、明日、エリーさんのお誕生日だと思って、それで今日の予定をお聞きして、飲みにお誘いしたんですけれど、あの、そのあと知り合いに聞きまして、お誕生日、明日ではなく、来月の明日、なんですよね…すみません…」
 え?驚いた。そういうことだったのか。私の目の前にすごくしょんぼりしたNさんがいた。
「あ、でも、誕生日なんてほとんどお祝いしてもらわないので、嬉しいです!一番乗りってことでお祝いしてください!」
 そう言うと、Nさんはパッと明るい表情になり、こう言った。
「じゃあ、お祝いのカクテルも用意してあるので、飲んでいただけますか?」
「も、もちろん!」
 用意周到だけど、おっちょこちょいなのが可愛い。こそこそと誰かに電話して謝っている。
「1か月間違えてて、はい、はい、ええ、すみません、ほんと、はい、では失礼します」
 きっと部長に電話しているのだろう。
 「お祝いのサプライズ電話を頼んでいたのですが、ははは」
 そう言い照れていると、店員さんがピンク色の誕生日カクテルを運んできた。
「それから、これ、つまらないものですが…」
パステルイエローの大きなプレゼントの袋を手渡される。それから、黄色い小さなブーケも。嬉しかった。Nさんの計らいも嬉しかったけれど、Nさんが私のことをそんなに身近に思ってくれていたことが嬉しかった。
それからしっかり者の彼女の、ボケたところが見れて嬉しかった。素を私にだけ見せてくれたような…。
 その夜はたくさん飲んで話をした。彼女が大の旅好きなのが分かり盛り上がる。
「一度、一緒に旅行行きましょう!」
「ぜひ、お願いします!」
香しいNさんと、なんと、御蔵島に行く約束をした。だって、御蔵島のイルカに会わせたいって言うんだもの...。
 翌日、事務所で眼鏡男子が淹れてくれたコーヒーを飲みながらその話をした。
すると、眼鏡男子は言った。
「Nさん、そういうボケたとこありますよね」
 え?私だけが知った彼女の素なんじゃないの?驚いていると平然と眼鏡男子は言った。
「いつも打ち合わせの後、何か渡したいとおっしゃって、でも、あ、カードキー忘れた!って慌ててるじゃないですか」
「確かに」
 よく見てるなあ。男子の目ってやつは。その眼鏡で何を観察してるんだ。くわばらくわばら。でもそれは眼鏡男子だけじゃなかった。
「私、もし僻地に任務に行くとして、あと誰か一人って言われたら、Nを連れて行きます」
 それは彼女の上司、食品メーカーの戦略事業部の部長が言った言葉。
「だってね、僕が社外に出た後、Nはね、僕のデスクの周りを、ぐるぐると三周まわるらしいんです。部下が教えてくれました」
 Nさんは部長がすぐ忘れ物をするので、心配で三周まわってチェックするらしい。
「それからね、この前、少し大きな発表会がありましてね。それ、Nがリーダーで、ぜんぶ彼女がやってくれたんですけど、全然言わないんですよね。彼女の手柄なのに」
私はその発表会に招待されていた。で、そこでも控えめに微笑んでいるNさんに挨拶をしていた。
 ステキ女子は、輝きを隠しても、その輝きをみんな知っているものなのだ。



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