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善き羊飼いの教会 #2-6 火曜日

〈柊シュリ〉



     *

 幽霊屋敷で撮影してきた写真の読み込みを実行していたスルガさんが遅い昼食を摂りはじめたので、わたしも自身のデスクで柿本さんのツイートを閲覧しつつ、コンビニのおにぎりを頬張った。
 はっきりいって、柿本さんのツイートは見るにたえなかった。大半が自慢話で、自己陶酔にひたりまくっている感じだったからだ。
 時折挟まれる他者の発言のリツイートが興味をひく内容であっても、前後に溢れる自慢のせいで『おれが見つけた面白い話を、みなにも提供』といった、心の声が聞こえてきてしまう。
 とはいえ好意的な反応を示しているフォロワーが一定数いるので、人によっては〝楽しいアカウント〟に映るのかもしれない。耳にした様々な悪評も相まって、わたしは拒否反応を抑えきれないけれども。
 友人の名前をフルネームでツイートしていたり、未加工の写真を載せている配慮のなさも気になるところだ。ただし、そういった性格であったからこそ行方不明になる直前の行動をつかめているわけで、そのことに関してはありがたく思う。
「……はあ」思わず溜め息がでた。
 いけない。
 気持ちを切り替えなきゃ。
 柿本さんのフォロワーページから、東条さんのアカウントのページへ移動してみる。
 記された最後のツイートは幽霊屋敷へ向かうことを示唆した内容で、@ではじまる柿本さんのIDが文中に付加されていた。日付にマウスポインタをあわせて詳細な時間を調べてみると、柿本さんの一連の実況より先だった。ほかのツイートを見てみると、身の回りで起こった出来事に関するものは少なくて、好きな音楽、映画、漫画などに関するものが多くを占めている。目につくのは、東条さん自身がアイコンに使用している、女性グループに関するツイートだ。芸能プロダクション所属のアーティストで、グループ名は〈フレグランス〉。若い世代に限らず、中高年にも人気のある女性三人組のユニットである。お気に入りのメンバーはボブカットの女の子らしくて、その子に関する発言は数多くリツイートされていた。〈フレグランス〉関連のツイートは、本当にこのグループが好きなのだなと思わせる内容ばかりではあるけれども――
「はあぁあ」
 再び溜め息がもれてしまった。
 いけない。余計なことは考えず、閲覧に集中しよう……とは思うものの、画面をスクロールすればするほど、嘆息の回数が増えそうなツイートに目がとまってしまう。
 東条さんは自身のセンスが絶対基準といわんばかりに音楽や映画や漫画などを語っていて、貶すときは徹底的に叩いており、容赦なかった。タイプは違うのかもしれないが、根底は似かよっているようだ。東条さんと、柿本さんは。
 もしやと思って返信のツイートをチェックしてみると、柿本さんにあてたツイートが連続していた。ネット上では頻繁にやりとりしていたようである。
 落ちてしまった気持ちをケアすべく、ツイートを辿るのをやめて、東条さんがフォローしている人たちの一覧ページへ移動する。次は雛岡さんのアカウントページを見てみよう。そう思って画面をスクロールしてみるのだが〝ヒナアサ〟という雛岡さんのアカウント名がなかなかでてこない。どういうことだろう? フォローしていないのだろうか。
 ややあって、見覚えのあるアイコンに目がとまった。アカウント名を確かめる。『めぐねえ』。メモしたので憶えている。東条さんのお姉さんのアカウントだ。アイコンをクリックすると、風景写真が添付されたツイートが並んだ。最新のツイートは二ヶ月以上前なのでツイッターの使用頻度は低いようだが、ツイートしていないだけで、閲覧はまめにしているのかもしれない。
 めぐねえなる、東条さんの姉は、東条さんが金曜日からいなくなっていることを知っているのだろうか。
 誰とも連絡が取れなくなっていることを知っているのだろうか。
 ダイレクトメッセージを送って、尋ねてみようか。
 アカウントを教えてくれたウィルソンさんは、めぐねえと会ってアカウントIDを教えてもらったといっていたので、そう遠くない場所に住んでいるように思うのだが――どうだろう。デスクの隅に置いていたノートを引き寄せてメモをした。
 ――めぐねえ。
 ――DM。
 あとでダイレクトメッセージを送ってみよう。と、その前に、リンクを見つけられなかた雛岡さんのアカウントページを閲覧すべく、アドレスバーに直接文字を打ちこんでみる。
 ページが表示された。
 見覚えのある〝本〟のアイコンが表示されて――
「ここで繋がるのか」
「うわあ! 驚かさないでくださいよ、スルガさんッ」
「ははは。ごめん。まさかここで繋がるとはねえ」
 パソコンの画面には雛岡さんがフォローしているアカウントが表示されている。ツイート数がゼロだったせいか、自動的にフォローしているアカウントが横並びで表示されていて、いずれも宗教団体〈善き羊飼いの信徒〉関連のアカウントだった。
「いつの間に、背後にたったんですか」
「いつって、結構前からいたよ。それより雛岡さんがフォローしているアカウントの一覧を表示してくれるかい」
「は、はい」
 左手で胸を押さえつつ、マウスポインタを操作して表示する。
 宗教画、宗教画、教会、宗教画。
 並んだアイコンの絵柄を見ただけで、どういったアカウントなのかわかってしまう。
「フォローしているのは〈善き羊飼いの信徒〉の信者や神父、教会ばかりのようだね。大学の友人はフォローしていないのかな」
「ウィルソンさんのアカウントをフォローしていたはずですけど――」スクロールしてみるものの、なかなかでてこない。
「大学の友人と繋がろうという意思は希薄らしいな。フォローしているアカウントを見れば、なにを目的としてツイッターを利用しているのか明白だ。アイコンに使用している本の写真は聖典を撮影したもののようだし、信仰にどっぷりつかっていたみたいだね」
「あ、わかった! わかりましたよ、スルガさん!」突然ひらめいた。今回の依頼で疑問に思っていたことのひとつ――その答えが。「謎が解けました!」
「謎?」
「柿本さんたちが、どのようにして幽霊屋敷の存在を知ったのか、わかりました! 雛岡さんは幽霊屋敷の元主人である文倉さん……と顔見知りであったかどうかはわかりませんけど、亡くなった経緯や、家の建つ場所を知っていた可能性は高いですよね? 同じ〈善き羊飼いの信徒〉の信者なんですから」
 雛岡さんだ。
 雛岡さんがなにかしらの機会に語って聞かせたのだ、東条さんへと。
 記録と記憶から葬り去られていた文倉家の話を。
 頭の中に、過去に起こったであろうシーンがパタパタと思い浮かび、ストーリーが紡がれていく――雛岡さんと東条さんとの間で、文倉家の話題がもちあがる。話に興味を示した東条さんは、さらに興味を示すであろう友人の柿本さんへ語って聞かせる。一家心中。廃屋。車で行ける距離。『ひょっとして幽霊とかでるんじゃないの?』これは柿本さんの台詞。『実際、その家に行って、この目で見てみたいな』、『行こう』、『行ってみよう』、『雛岡に車をださせて見に行こう』ふたりはそんな会話を交わしたに違いない。
 勝手な想像ではあるけれども、文倉家の廃屋が幽霊屋敷へ成り代わるのは容易だったはずだ。呼称を決めたのが東条さんと柿本さんであったなら、ネットで検索してもヒットしなかった理由の説明がつく。彼らがツイッターに書きこむまで幽霊屋敷の噂話は存在すらしていなかったのだから
「柊さん?」
「あ、すみません」かぶりを振って妄想から脱した。「つまり、えぇと、どういった経緯で文倉家のことが話題にのぼったのかわかりませんが、なにかのきっかけで、雛岡さんが文倉家のことを口にし、その話を聞いたふたりが、文倉家の探検を企画して、それも幽霊屋敷探検なんてかたちに捻じ曲げて実行したんですよ。ツイートから察するに一番乗り気だったのは柿本さんですから、柿本さん主導で決まっていったように思います。だから昼だったんです、昼の時間に訪れたんですよ。夜はバイトがあるので、幽霊屋敷の探検に行くのは昼じゃなきゃ駄目だったんです」
「ほおお。なるほど。理にかなってるねぇ」とスルガさん。
 感嘆の言葉を発したわりに、気持ちはまったく乗っていない様子だったが、構わずわたしは続ける。
 口が動く。
 調子よく動く。
 気持ち身体が熱くなっている気がする。
「幽霊屋敷探検に関していうと、行くことそのものが目的であったというか、ツイッターで実況して、反応を楽しむことに重きを置いていたと思うんです。イチイさんのような廃墟マニアってわけでもなかったようですから、柿本さんは『こんなに楽しいことをやってるんだぞ』って感じで自慢して、悦に入っていたと思います。普段から人の関心を引いて注目されることや自慢話ばかりツイートしていますので、絶対にそうです。そうだと思います!」
「辛辣だね」
「柿本さんだけじゃなくて、東条さんもそうです。合流前のツイートを除いて実況はしていませんでしたけど、ふたりはどこか似たところがありますから」
「うん。似たもの同士が集まって、実行に移したってのはまあそのとおりだろう……だけど、雛岡さんは違うよね。文倉家と同じ〈善き羊飼いの信徒〉の信者で、信仰心はそうとう厚かったようだからさ。そんな雛岡さんが、信者だった者の家を幽霊屋敷扱いされて、さらには探検しようなんて話を受け入れ、同行するものかな」
「強引に同行させられたんだと思います」そうに決まっている。「雛岡さんは断れなかったんじゃないでしょうか。柿本さんたちにしてみれば、雛岡さんの車がなければ移動もままならなかったはずなので、強くいいくるめたに違いありません」
「……なるほど。んふふ。あぁあ、ごめん。続けて」
「?」スルガさんの表情に明らかな変化がみられた。イチイさんの名前がでてきたときによく耳にする奇妙な笑い声とセットで。
 もしやわたしの推理に感心しているのではないか。
 驚きをもって聞いてくれているのではないか。
 崇拝するイチイさんのときにみせる反応と同じ反応をわたしに示しているということは、これはもしかして、わたしのこともイチイさんに負けず劣らずの優秀な探偵として見はじめてくれているのではないだろうか――なんて考えたりして。
 調査員といわれたことも嬉しかったけど、探偵。名探偵。イチイさんと同等の名探偵として見はじめてくれているとしたら――
「え、えぇっと……」頬が綻んでしまう。喜びをどうにか内に閉じこめて、話を続ける。声の調子が変わっているのが明らかなので焦りを覚えてしまうが、元に戻そうにも、それまでどんなトーンで喋っていたのか思いだせない。
「これは、あのぅ」咳払いする。「推測ですが、車の運転を頼まれたことに対して、雛岡さんは文句をいわずに追従した可能性がかなり高いように思います。雛岡さんは過去に何度も〝足〟として利用されているんですが、毎回笑顔で応じていたようなので」
「嫌がっている様子はなかったと?」
「えぇ。聞いた範囲内では。さほど親しくない相手であっても、声をかけてくれたり、あてにしてもらえるというのは嬉しいものですからね」わたしの場合は、そう。「ひょっとすると、真実はもっとシンプルで、雛岡さんはなにも知らされていなかったのかもしれません。幽霊屋敷と名づけられたことも、中に忍びこむつもりでいたことも、ツイッターでの実況も。柿本さんが多くを語らず、『一緒に文倉家を見に行こう』とだけいって誘ったのなら、雛岡さんはなんの疑いも抱かず、素直に車をだしたんじゃないでしょうか」
「うん。んふふ。いいね。いい読みだと思うよ」スルガさんは満面に笑みを浮かべて、そばにあった椅子へ腰をおろした。「柊さんの推測は当を得ているし、実際にあったことと、さほど違っていないんじゃないかな。んふふ。うん、いいぞ。物事が繋がりはじめてきた。仮説が立てられるようになったのは好ましい進展だ」
 そのとき、スルガさんの使っているデスクのほうから、ピピン、と間の抜けた音が鳴った。
 なんだろう? 顔を向けると同時に、スルガさんが立ちあがる。
「コピーを終えたようだ。見てみようか」とスルガさん。
「見る? なにをですか」
「なにをって、写真だよ。ぼくが撮ってきた文倉家の写真と、その他もろもろのデータ。ハードディスクへのコピーが終わったみたいだ」
 あぁあ。忘れていた。わたしは推理を語ることに夢中になり、現在の状況を頭の隅に追いやってしまっていた。

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