世界の終わり #3-8 ハンター
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真冬でも勘弁して欲しい、蒸し暑い防護服を着てトラックを走らせとる。運転免許をもってへんウディは助手席。おれが運転席。立場的に逆やろいいたいけど、こればかりは仕様がない。っていうか、おれがウディに運転を教えてやるべきやないか、なんてハンドル握りつつ考えとる。教えとけば後々、楽ができるやろうし。それにしても蒸す。めっちゃ蒸す。防護服は頭の部分まですっぽり包むタイプの仰々しいもので、色はド派手な黄色。グエムルで見たわ、こんな防護服着たオッサンの画。
エアコンつけても意味がないうだるような暑さは勘弁して欲しいが、防護服を脱いだらおれの人生ジ・エンドなんで渋々我慢するほかない。時刻は午前八時。涼しい時間のはずながら、太陽光線が恨めしい。あぁあ、暑いわ、ほんま。暑い。暑い。暑い。暑い。目指すは邦根町の研究施設跡。七年前の六月に爆発事故を起こして、おっそろしい伝染病の元を撒き散らした元凶の場所や。邦根町一帯はいまだに伝染病の元となる〝なにか〟が猛威を振るっとるんで、防護服は絶対。だから脱げへん。脱ぎたくても脱げへん。ところで、人類を滅亡させるかもって伝染病の元は、細菌なのか、ウイルスなのか、放射線みたいなものなのか、はたまた見えない電波みたいなもんなのか知らへんけど、おれ自身、過去に何度か邦根町辺りを車で走っても感染することはなかったから、防護服で防げるもんではあるらしい。ドライブ後は念入りに洗車するよういわれとるんで電波ではないな。まぁ、なんであれ、おれの頭じゃ理解でけんやろうから考えるのはやめにする。
さて、
トラックの荷台にのっとるのは、薬で眠らされた約二〇人の不法入国者や。見れば誰でも一目瞭然やろうけど、おれらはこの二〇人を伝染病に感染させるために邦根町へ向けてトラックを走らせとる。汚染エリア内をのろのろと走っとるだけで荷台の連中は勝手に感染してくれるんで楽な仕事や、といいたいところだが、ヘタしたらおれも感染してまうし、軍や政府の者に見つかったら即アウト。その後の人生、檻の中で過ごさなあかんくなる結構リスクの高い仕事なわけや。せやからカンバヤシは一緒にトラックに乗らんと一人で施設に戻ったに違いない。図体はでかいクセして、ちっちゃいヤツやわほんまに。
「ファン、さん、いいですか」と助手席のウディが話しかけてきたので、顔を向けた。
ウディは九州に上陸するのは今回がはじめてで、このツアーに加わるのも、勿論、はじめて。歳は二〇代前半。おれよりちょっとだけ若い。
「意味が、あるのか、疑問です」
「意味? 意味ってなんや」
「この服です。意味があるのか。本当に」
「……あ?」
ったく――なにを尋ねとるんかようわからん。ウディの話す日本語は理解し辛い。見た目からして、思いっきりインドからきました外国人ですってな感じやし、まだまだ日本語を上手く喋られへんみたいやから――ってことで、広い心をもって今日まで文句もいわず会話につきあってきたけど、わからん部分をいちいち尋ね返すのも億劫になってきたところや。しかし心優しいおれは、ウディの会話につきあってやる。ほかに喋る相手もおらんしね。
「防護服着る意味があるのかってことか? 九州にくる前にイーダさんから説明聞いたやろ。これから行くところはな、防護服を着とかな、死の病気に感染して、ゾンビみたいになってまうねん」
「ゾンビの話は聞きました。疑問は、大丈夫か、いうことです」
「大丈夫……あぁ、これで感染防げるのかって、そういうことか? 防護服の信頼性、ね。まだそんなこと気にしとったんや」
「気にしとった、です」
真似するなや。なんやねん、その喋り。
「心配あらへん。おれが、その証や。何度もこれ着てエリアに入ったけど、ピンピンしとるやろ」
「ピンピン、ですか?」
「ピンピンや」
「ピンピン……」
わからんのか、ピンピン。
「商品の連中を運ぶの三度目やねん、おれ。前回は半年前。その前は、ええぇっと、いつや。去年のいまごろよりも、もうちょっと前やったかな。防護服着とっても感染してまうんやったら、おれはとっくにグール化しとるって」グールいうのは感染者の呼称で、あんまり相応しくない言葉ではあるが、もう完全に一般浸透してしまっとる。「おれがいまもこうして健康なのが、防護服を着てれば感染せえへんことの証や。ところでお前、感染してからどのくらいで発症するか知っとるんか」
「はい。半日です」
「違うわアホ。それは直接噛まれた場合や。普通に感染したら、発症まで大体一週間くらいかかんねん。せやから、おれら、二週間前後九州に留まっとかなあかんのやで。やっぱりお前、その辺もわかっとらんかったんやなぁ」
「感染したら、すぐに動けなくなる、聞きました」
「すぐにってわけやないけど、発熱して具合悪ゥなって動けんくなるのは、まぁそうやな。動けんなるのは本当や。ただ、あれや、頭の中ぐちゃぐちゃにされて考えることができんくなって、見た目も中身も完全にグール化してまうまでには、一週間くらいかかんねん。テレビやネットで見たことあるやろ、青白い顔して動いとるグールを。あれって感染してすぐの姿やないんや。ま、出血するほど噛まれたり、引っ掻かれたりして感染させられたら、脳が侵されてあっという間に顔色悪ゥなって喋れんくなって、動きもゾンビみたいになるらしいけどな」
「噛まれた人は、いない、ですか」
いやいやおるからこそ、こうして噂になっとるんやないかい――って一般的な話やのうて、おれの回りで噛まれたヤツはおらんのか尋ねとるんやろなと判断。なんて理解力があるんやろ、おれ。
「噛まれたやつを直接見たことはないな。っていうか、そうさせんことがおれらの仕事でもあるわ。特に連中をトラックから降ろすときは気ぃつけんと。いまは大人しく寝とるけど、降ろすころには薬切れて、目ェ覚ましとるやつもおるからな」
「触っても大丈夫、ですか」
「触らなトラックから降ろせんわけやし、防護服着とけば」大丈夫やと思う。実際、これまで感染しなかったので大丈夫やとは思う。しかしこうやってウディと話をすればするほど、おれらの怖れとる伝染病がなんなのか、その正体いうか、システムいうか、仕組みがどうなっとるんかますますわからんくなってくる。いや、大体のことはわかっとる。人の身体ん中に入りこんで、脳みそ破壊する恐ろしいウイルス――や、ウイルスであるのかどうかはわからん。わからんいうか、おれは知らん。しかし邦根町を中心とする汚染地では元となる〝なにか〟が空気中を漂っていて、それに触れたら感染してまう。空気感染するのは汚染地に限られとるんで、ほんまの意味で空気感染する伝染病ってわけではないようや。なんや自分でいうてて頭の中ゴチャゴチャしてきたけど、要するに、汚染地のみが特別な場所で、足踏み入れたらあかんっちゅうことや。
や、待った。待てよ。おれ、いまわかったいうか、めっちゃ凄いこと思いついたいうか、伝染病の正体、わかった気がする。汚染地に漂っとるのは〝グール化させる元〟やのうて、〝グール化させる元を体内で作りだすモノ〟やないやろか。そう考えたら辻褄あうやん。つまり二種類の〝元〟があるってことや。〝体内で作りだすモノ〟は空気感染するけど、遠くまで移動できへんのかもしれん。や、空気感染やのうて、さっきまでは違う思っとった電波的なものなのかもしれん。事故を起こした研究施設から、いまだに漏れ続けとるいうか、放出され続けとるから、汚染地のみ、足を踏み入れただけでグール化してまうのやないやろうか。うん、そうや。きっとそうや。専門的なことはようわからんけど、汚染地から離れたら、グールと接触せん限り感染せんしな。我ながら納得や。電波的なものやったら届くエリア限られとるから、話の筋はとおると思う。けど防護服って電波も防げるんやったかな? ようわからんけど、電波やのうてウイルスみたいなもんやったら、トラックのあちこちに付着しとるはずやしな。でも、それなら、日本全国に感染広まっとらな辻褄あわんし。や、待った。ウイルスが空気中では数時間しか生きられへんとかなら、わからん話でもないやん。ややや、おれ、凄いわ。めっちゃ頭冴え渡っとる。まさかの真相究明をしてしもうたんやないの?
とか考えとる間に〈ようこそ邦根町へ〉の看板設置場所に到着。自衛軍と出会(でくわ)さんかったし、通行不能な道もなかったしで、幸運の女神に微笑みまくられとる気がする。三〇分くらいトラック走らせたら、早いとこ引き返そ。長時間滞在すると、〝なにか〟が防護服とおり抜けてくるとかやったら嫌やもんね。
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